8 やっと見つけた
「エミリアっ!」
その数日後、特徴的な足音を響かせ、再びサロンに現れたのは怒り心頭のジュリアンだった。
彼が突然このサロンを訪れるのは最早日常となっている。
「殿下、淑女科のサロンはマナーを学ぶ場でもあります。いくら人目が無いからと言ってそのような無作法をするものではありませんわ」
ジュリアンはその言葉を無視してさっとサロンを見渡した。
視界に入るのはフェリシアとサロン付きの侍女だけで、既にここに愛しい女性はいないようだった。
──今日も、婚約者の魔の手から彼女を救い出すことが出来なかった……
ジュリアンはその行き場のない怒りと無力感を、目の前に悠然と座る婚約者に向けた。
「貴女は私の言葉など聞く耳を持たぬらしいな! どこまで馬鹿にすれば気が済むのか!」
いくら過剰な行いであっても、フェリシアがやっていることはあくまでも『貴族社会に慣れていない男爵令嬢に対するマナーの指導』だ。
それはジュリアンが主導で行ってきた取り組みであり、罪に問うことはできない。
ジュリアンがエミリアに会いたいがために行動して来たことが裏目に出た形だ。
フェリシアもそのことをよくわかっているのだろう。涼しい顔でジュリアンに語りかけた。
「殿下、折角ですからお茶でもと言いたいところですが、私はこれから所用がありますので、直ぐにここを出なくてはなりませんの」
「貴女との茶など、義務の茶会だけで十分だ!」
己の悪行を王族に詰め寄られているにもかかわらずその佇まいを崩さず、寧ろ余裕すら感じる婚約者の立ち居振る舞いに、ジュリアンの苛立ちは募るばかりだった。
──ジュリアンの言う『茶会』とは、会話もなく、彼がティーカップに口を当てただけで、義務は果たしたとばかりに立ち去る『あれ』のことだろうか……
フェリシアが先日の『お茶会』を思い出している間に、ジュリアンはいつの間にかその場から立ち去っていた。
一体誰に聞いているのか、ジュリアンはレッスンのたびにやってきてはエミリアに関わるなと怒り、エミリアがいないことに怒る──という、意味不明な行為を繰り返していた。
紳士科は淑女科に比べて履修科目が多く、終業時間が遅いため、放課後のエミリアの予定は同じ淑女科のフェリシアが握ることになる。
そのため紳士科のジュリアンがエミリアに確実に会うには昼休憩しかない。
しかし今更ランチタイムの語らいを止める訳にもいかないジュリアンは、相変わらず不特定多数の令息令嬢と共に昼休憩を過ごしていた。
いや、正確にはひとつだけ変わったことがある。
(──私の指導が効いているようね)
──それは、ジュリアンとエミリアの座席の距離だった。
冬。
卒業式まで一月を切ったある日の放課後のことだった。
卒業が近付き授業もほぼ終了したため、ジュリアンに回ってくる公務も増えてきた。
今日はその合間を縫い、久しぶりに学園に来ることができたというのに、学園のどこを探してもエミリアの姿が見当たらないのだ。
「フェリシアか……っ!」
すぐにそう思い至り、ジュリアンは淑女科のサロンへと向かった。
サロンにたどり着くと、ちょうど部屋から出てきたフェリシアと鉢合わせた。
フェリシアはジュリアンの姿を見るや否や、
「まぁ、殿下。お久しぶりですわね。せっかくお会いできましたのに、私はこの後所用がございますの。──残念ですわ」
と、悪びれもせず口にした。
「今は、冗談など聞いている気分ではない! エミリアをどこにやった!?」
「……ベルモンド男爵令嬢なら、先に退室されましたが──お会いになりませんでしたか?」
フェリシアは口元によく手入れの行き届いた指を添えて小首を傾げると、薄気味の悪い作り笑いを浮かべた。
ジュリアンは婚約者が他の令嬢を迎えにきたというのに、何食わぬ顔でそんなことをいうフェリシアの態度に、今更ながら違和感を覚えた。
思えばエミリアと会えなくなった頃から、フェリシアの印象はガラリと変わったような気がする。
以前は穏やかでジュリアンをたて、一歩引いて歩くような令嬢だった。
しかし現在は、権力を振りかざして下位貴族を甚振り、王族であるジュリアンの意に背き、何より嫉妬に狂い自らの欲を優先する悪魔のような令嬢に成り果ててしまったのだ。
──おかしい。
「そういえば、明日はいよいよ御前会議ですわね。一年後の私たちの婚姻について、話し合われる予定です」
フェリシアはそう言って自らの手でサロンの扉に鍵をかけると、再度施錠を確認し、その鍵を後ろに控えていた侍女に「よろしくお願いいたしますわ」という短い言葉と共に手渡した。
そして、ジュリアンのほうに向き直ると美しいカーテシーを披露した。
「──では明日、王城にて──……失礼致しますわ」
ジュリアンは馬車止めの方に向かって歩いていくフェリシアの後ろ姿を見送りながら、違和感の正体を探った。
(──何か、企んでいる?)
いくら身分差があるとはいえ、人一人を亡き者にすれば罪に問われる。が、明るみにさえならなければ罪に問われることはない──そして、公爵家にはそれを、実行できるだけの力がある。
(──嫉妬でそこまで? いや、嫉妬だからこそ……)
ジュリアンはエミリアと出会って知った、自分が自分でなくなるような、湧き上がる熱い想いを思い出した。
──エミリアが危ない。
エミリアがまだ学園内に居ることは分かっている。
ジュリアンはエミリアを探すため、フェリシアと逆方向に歩きだそうとして、足を止めた。
これまで何度も足を運んだにも関わらず、一度しかサロンでエミリアを見なかったのはなぜか。
「待て」
ジュリアンは振り返ると立ち去ろうとする侍女を呼び止めた。
「第一王子として命ずる。
先ほどフェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢が使用していたサロンの扉を開けよ」
侍女は、少し躊躇う素振りを見せたが、ジュリアンの「何があろうと其方に罪は問わぬ」という言葉に安心してか、大人しくサロンの鍵を開けた。
「あぁ、やはり──、やっと見つけた。もう、怖がらなくていい。助けにきたよ……」
ジュリアンの思った通り、そこには青い顔をしたエミリアの姿があった。
翌日──ジュリアンとフェリシアの婚姻の儀について話し合われる御前会議の開始予定時間となった。
「ただいまより、御前会議を執り行います。──国王陛下、王妃殿下のご入場です」
外務・財務などの主要閣僚、公侯爵家の当主など主だった貴族が一堂に会すこの場に、この国の宰相を務める侯爵閣下の声が響き、この場に集まった者たちが一斉に起立した。
末席に座るフェリシアもそれに倣う。
本来ならばフェリシアのような令嬢が出席できる会議ではないのだが、当事者であることから特別に列席を許されている。
「では、本日の議題、ジュリアン・ハズレット第一王子殿下とフェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢の婚姻の儀についての話し合いを行います」
儀礼的な挨拶が終わり、皆が着席すると、宰相は早速本日の議題を述べた。
婚姻の儀は約一年後。
今日は細かな日取りの決定と、周辺国の情勢をみて、大まかな招待客を決める予定だ。
王族の婚姻ともなると、招待客も王族かそれに連なるものとなるため、早めに招待状を出す必要があるのだ。
「陛下、発言をよろしいでしょうか」
その時、上座のほうから声が上がった──ジュリアンだ。
「何事だ」
国王が、会議の進行を妨げた息子を一瞥し、その真意を尋ねた。
「ありがとうございます」
ジュリアンは立ち上がり礼をすると、集まった貴族たちに向かって高らかに宣言した。
「昨日学園内で、フェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢の資質を疑う出来事が起こりました。
従って、私はこの場で令嬢との婚約解消の必要性を進言致します!」




