6 余計な手出しは私が許さない
秋。
「フェリシアに聞きたいことがある。見回りこの際にベルモンド男爵令嬢を見なかったのだが、何か知らないだろうか」
公務で一週間ほど地方にでていたジュリアンは、無事に視察を終え数日前に帰ってきたばかりだ。しかし、学園に登校しても婚約者であるフェリシアに会いに来ることはなかった。
そして迎えた本日、王城でのお茶会──婚約者同士の決められた逢瀬の日、ジュリアンはフェリシアの顔を見るなり開口一番そう尋ねた。
「ええ、存じ上げておりますわ。
ベルモンド男爵令嬢は現在、私の元でマナーのレッスンに勤しんでおります」
フェリシアがそう答えると、ジュリアンは眉根をよせ、その美しい顔を歪めた。
「──マナーなら淑女科の授業で十分だろう。なぜ貴女がその様なことをする必要があるんだ」
ジュリアンはそう尋ねるが、フェリシアが口にしたのは彼の求めた答えではなかった。
「あら。殿下は卒業後に立太子を控えた身。彼女のことはお気になさらず、公務に注力してくださいませ。
第一王子ともあろうお方が、無関係の令嬢を気に留めるなど、万が一にも噂に上るような行動は慎んでいただきたく存じますわ」
その言葉で、ジュリアンは敢えてフェリシアがエミリアにマナーレッスンをしているのだと察した。
貴族社会に慣れない男爵令嬢にマナーを教えるという大義名分を免罪符に、嫉妬に狂ったフェリシアが自分とエミリアを引き離すための策略を講じたのだと。
でなければ、ジュリアンに会いたかったとあんなに嬉しそうに駆け寄ってきていたエミリアが、自分よりマナーレッスンを選ぶはずがないのだ。
「やはり貴女が元凶だったのだな!
エミリアが私の寵愛を受けていることを知っていて、彼女に手を出したのだな? 嫉妬もここまでくると醜いぞ!
──今後エミリアに対する余計な手出しは私が許さない!! いいなっ」
ジュリアンは、フェリシアの言葉に食い気味に答えると、席を立ち、フェリシアの返答を聞くことなくその場を去ってしまった。
「……人払いをしていて正解でしたわね」
ジュリアンのこのような一面を、いくら口が堅いとはいえ護衛や侍女に見せるわけにはいかない。
恋は盲目というが、ここまで人を変えてしまう力があるというのか……
フェリシアはそんなことを考えながら、ひとり、淹れたての紅茶を楽しんだ。
「美しくないわ。もっと背筋を伸ばしなさい。片足を斜め後ろに引き、優雅にドレスの端をつまみ、腰を落とすのです──」
サロンにオリビアの叱責が響く。
王城でのお茶会から数日、エミリアがマナーレッスンをはじめて一ヶ月が経った。
木登りをするだけあって足腰は強いらしく、エミリアはカーテシーの不安定な体勢でもふらつくことが少なくなった。
「スカートを持ち上げすぎです。はしたないわ」
「は、はいっ」
学園の制服は上着のみ指定のものが存在し、各々その上着にあわせて学園通学用に仕立てたドレスを着用している。
しかし、下位貴族向けに制服一式も準備されており、男爵令嬢であるエミリアはそれを着用している。
その為あまりスカートを広げすぎると、必要以上に足が見えてしまうのだ。
エミリアが上体を伸ばしたまま、頭を下げた。
オリビアは美しさにこだわりがあるため、対象の動作の一つ一つを細部まで良く見ており、指示が的確だ。
そんな二人の様子を横から見ていたフェリシアが、手にしていたティーカップをソーサーに戻してエミリアに声を掛けた。
「ベルモンド男爵令嬢。上体が傾いていますわ。上半身は伸ばしたまま動かしてはなりません。頭を垂れて視線を下げるのではなく、頭の高さを下げ優雅に視線を落とすのです。
このように──」
そう言うと、フェリシアは立ち上がり、自ら手本を見せた。
「……っ」
オリビアの息を呑む声が聞こえた。
フェリシアがカーテシーをする機会があるときは、後ろに付き従っているオリビアも共に視線を落としているため、この様に間近でフェリシアのカーテシーを目の当たりにする機会など皆無といっても過言ではない。
フェリシアはオリビアの視線を感じながら体勢を戻す。
一方フェリシアの手本を見ている間、どうしたら良いのかわからずカーテシーの体勢を崩さずにいたエミリアの足は、そろそろ限界を迎えそうだった。
しかしエミリアはそこから根性でフェリシアの見本通り、目を伏せたまま上体を起こした。
「いいでしょう。楽にしてください」
崩れ落ちる寸前、オリビアから待ち望んだ声がかかった。
「社交界では制服のような軽い素材ではなく、ドレスでカーテシーをしなければなりません。ドレスは重く、この程度で震えていては到底耐えることはできません」
サロンには高位貴族が使うことの出来る個室がある。その一つで、エミリアはフェリシアとオリビアにマナー指導を受けていた。
エミリアの椅子も用意されているが、これまで体重を掛け続けていた右足がプルプルで、左足でやっと立っている状態だ。転けずに歩く自信がない。
「生粋の貴族令嬢であれば幼い頃からレッスンを受けるから、ここまでの指導を受けることはないのですけれど──やはり幼少を市井で過ごした弊害かしら……」
フェリシアがそう口にした時、勢いよくサロンの扉が開いた。
「エミリアっ!!」
「あら、殿下。このような場にいらっしゃるなんて──「私は貴女にエミリアに手出しをすることは許さないと言ったはずだ」
ジュリアンはフェリシアの言葉を遮ると、迷わずエミリアの元へ歩み寄り、その腕を掴んだ。
片足に体重をかけて立っていたエミリアは簡単にバランスを崩し、飛び込むようにジュリアンの胸に収まった。
その顔色は、悪い。
「他者の目の届かぬ密室で、市井だなんだと彼女を辱め、この様になるまで甚振るとは……っ!
いいか、フェリシア! 私は同じことを言うのは好かぬ! 二度とこのようなことをするな!!」
ジュリアンはフェリシアにそう告げると、足に力が入らずうまく歩けないエミリアを抱き抱えるようにして、さっさと出ていってしまった。




