5 とりあえず、話をしてみましょうか
あの後、フェリシアは二人に気付かれぬよう立ち去ると、ジュリアンに撒かれたらしい側近に二人の場所を告げ、オリビアと共にサロンへと場を移した。
「本当に愚かですね。美しさは王族として相応しいものをお持ちですが、あれで次期王太子とは先が思いやられます」
そう言い放つオリビアはいっそ清々しい。
オリビア・ベルフェール侯爵令嬢は本来、藤色の髪に瑠璃色の瞳が美しい、まるで妖精のように儚げで可愛らしい印象の令嬢だ。
現宰相であるベルフェール侯爵を父に持つ彼女はその外見とは裏腹に、自身にはもちろん他者にも厳しい清廉潔白な才女である。
ただ、オリビアにも『難』がある。
彼女は美しいものをこよなく愛しており、その為ならば多少の無茶は厭わないところだ。
中でもジュリアンとフェリシアの並び立つ姿を眺めるのが一番の至福であるらしく、いつその時が訪れても良いように、普段からその美しい髪をシニヨンにまとめ、好んで眼鏡をかけることで気配を消し、フェリシアの美しさを邪魔しないよう日々、心掛けている。
そこまでしなくとも、と思ってはいるが、本人は好きでやっているようなので、フェリシアも咎めることはしていない。
一風変わっているが、公爵令嬢であるフェリシアにも忖度すること無く意見を言える、数少ない人材である。
そんな彼女は、高位貴族の令嬢であるにも関わらず婚約者を持たずにフェリシアの側近となる道を選んだ。
未だ婚約者を決めない理由を本人が明かしたことはない。
そのため、そのお眼鏡に叶う令息がいないのではないか、夫人となり貴族家を動かすことより王妃の側近として国政に関わることの方に魅力を感じているに違いないなどと、好き勝手言われている。
事実は後者、第二子であることから侯爵家を継ぐことも出来ず、女性であることから父の跡を継ぎ宰相の職に就くことも出来ないオリビアが国政に関わるには、フェリシアの側近になることが一番確実な方法であったからだ。
加えてジュリアンとフェリシアという美の競演を、特等席で堪能したかったからに他ならない。
「──ですが二人の距離を縮める結果となったのですから、フェリシア様の策は愚策としかいいようがありません。
その結果が婚約者でない異性との密会。その上名で呼び合うなど……──これは、殿下の問題でもありますが、フェリシア様の問題でもあります」
妙な気遣いなど持ち込まず、フェリシアの非も口にしてくれる。フェリシアがオリビアに信頼を置く理由はこのようなところである。
「そうですわね。まさか殿下にあそこまでの情熱がおありとは思いませんでした」
フェリシアは感心したようにそういうと、落ち着いた所作でティーカップを手に取った。
婚約者の不義の現場に居合わせたというのに表情ひとつ変えないフェリシアに、オリビアは苛立ちを隠さなかった。
至福の時間の危機である。
「どうするおつもりですか? まさか男爵令嬢如きに侮られたままで良いとお考えではありませんわよね。わたくし、殿下の隣はフェリシア様以外、認めることは出来ませんわ」
ジュリアンとエミリアの件はオリビアも把握していた。
貴族のとる行動として、美しくない──あり得ないことだ。
しかし、婚約者の側近というだけの立場では、手出しはもちろん口出しもできない。
できることといえば、こうしてフェリシアを焚きつけることだけなのだ。
オリビアに言われるまでもなく、フェリシアもこの状況が好ましくないと理解していた。
ジュリアンは変わらずランチタイムは大勢の令息令嬢と共に過ごしており、側近が必ず付き従っていたため油断していた。
浅慮なところはあれど、自身の立場を忘れて軽率な行動をとるような方ではなかったはずなのだが……
本来であればジュリアン自身が自制すべきことである。
しかし本人にそのつもりがなく、他人の感情を制御する術がない以上、噂になる前に他者がその行動を制限する必要があるとフェリシアは考えたのだ。
流石に公務で逢瀬の時間が取れなくなれば、次期王太子としての立場を思い出し、その責任を自覚してくれると思っていたのだが……ジュリアンを買いかぶり過ぎていたようだ。
「第一王子殿下は面立ちだけは本当に素敵な方ですもの。令嬢が最上の蜜を蓄えている美しい花に惹かれるのは仕方がないことです。
ですが、不釣り合いな男爵令嬢が花に集るのを黙って見ているわけには参りません」
オリビアは美しくないモノに対する評価は厳しい。それが『人』であっても、『策』であっても。
「──殿下に相応しいのは、フェリシア様だけですわ」
その言葉に、フェリシアが静かにオリビアを見た。
「──少しはやる気になりましたか」
「──そうですわね。とりあえずベルモンド男爵令嬢と話をしてみましょうか」
ジュリアンが公務で早退した日の放課後、フェリシアはエミリアを呼び出した。
「ええっ! ジュリアン様って王子様だったんですか?!」
信じられないことだが、エミリアはジュリアンが我が国の第一王子であることを知らなかったらしい。と、言うことはジュリアンが話していない限り、公爵令嬢であるフェリシアが彼の婚約者であることも、知らないのかもしれない。
もう、暑い夏が終わろうとしている。
二人が出会ってから数ヶ月。会える日は限られていただろうが、相手の身分も知らないなど一体どんな心持ちで、どんな話をしてきたのか──
そもそも初対面時、フェリシアはジュリアンのことを『殿下』と呼んでいたのだが、この様子では彼女の耳に届いていなかったのだろう。
もしかしたら他者からの忠告も、彼女はこの調子で受け取らなかったのかもしれない。
ジュリアンはジュリアンで、まさか自分のことを知らない者がいるとは思っていなかったに違いない。当然婚約者がいるということも。
ならば、彼が自身やフェリシアの存在を改めて口にすることはないだろう。
フェリシアがそんなことを考えていると、エミリアが信じられないことを口にした。
「わぁ! ジュリアン様が王子様なら、私は将来お姫さまになるのね!」
「……第一王子殿下は王族であり、卒業後の立太子が決まっております。一貴族がその名をお呼びするのは不敬です」
さすがのフェリシアも、自身の立場を脅かすその言葉に理解が追いつかず、思わず聞き流してしまった。
「でも、ジュリアン様が名前を呼んでいいって言ってくれたんですよ。
王子様ってことは、彼が一番偉いってことでしょう? だったらあなたの言うことより、彼の言うことを聞いた方がいいってことですよね?」
エミリアは、以前側近を黙らせた暴論をフェリシアにも振りかざす。そして──
「あ、もしかしてローゼンバーグ様もジュリアン様が好きだったりします?
あ、そっか、そうですよね。彼、格好いいですもんね。
気付かなくてすみません。
でもごめんなさい。彼はあたしのことが一番好きなんだって! 求婚だってされているの」
フェリシアは耳を疑った。指摘しなければならないことが多すぎて、言葉が出てこないのだ。
「絶句する」という言葉があるけれど、実際に体験したのは初めてのことだ。
「だから、こんな風に私に嫌がらせをしに来るのはやめた方がいいと思う。──彼が黙ってないと思うから」
エミリアが上目遣いでそう言った。ヒールを履きこなし、高い位置に視線があるフェリシアを見上げる形ではあるが、その瞳には優越感があふれ出ている。
しかし、穏やかで優しいと評されるフェリシアにも、公爵令嬢としての矜持がある。
「──殿下の婚約者は私のはずですが──?」
フェリシアの発した声は、思いの外、低かった。




