4 あなたみたいなタイプ、好きじゃないです
「あなたの言うことより、ジュリアン様の言うことを聞く、で、正解ですよね」
側近がエミリアの勝手な理論に呆気に取られていると、彼女は更に、何かを考え込むように呟いた。
「ジュリアン様のいない時に呼び出して彼の名前を呼ばないで、彼に近付かないでって──」
そして、何かに想い至ったように「あっ」と声を上げると、
「もしかしてあたしが可愛いから好きになったとかですか? ごめんなさい! あたし、あなたみたいな気難しそうなタイプ、好きじゃないです!」
一方的にそう捲し立て、ガバリと頭を下げた。
第一王子の側近である彼は当然高位貴族である。
彼女が本気でそう思い、謝っているのだと分かるからこそ、礼儀知らずの令嬢に下に見られたこの屈辱は筆舌に尽くしがたいものだった。
しかし、ここでエミリアに対して高位の者への不敬で制裁を加えては、ジュリアンの行動を正当化したフェリシアの策に──ひいてはジュリアンの考えに反することになってしまう。
幸いジュリアンは辛うじてフェリシアの立場を脅かす一線を越えておらず、非常識な言動のエミリアだけが悪目立ちしている状態だ。
こちらの意図を汲まない者は一定数いる。
その最たるものが言葉の上げ足を取り、のらりくらりと交わす貴族だが、彼らはこちらの言いたいことを理解したうえで対応している。
しかしエミリアは相手の言葉を理解しようとせず、自身の価値観に当て嵌め、都合のいいように決めつける。そしてそれが真実であると思い込み言葉を紡ぐ。
──言葉が通じないのだ。
これ以上エミリアの相手をしていては、フェリシアの献身を台無しにしてしまう。
側近はエミリアから与えられた屈辱をグッとこらえ、彼女へ忠告することを諦めた。
フェリシアは最近、ジュリアンがエミリアを含む下位クラスの令息令嬢たちに囲まれ、語らっているのを目にするようになった。
意識して二人を見ていると、ジュリアンの隣を陣取るエミリアの瞳は明らかに彼への熱を孕んでいるし、エミリアを見つめるジュリアンの眼差しは愛しい者を慈しんでいるかのような甘さを含んでいるのがよく分かる。
今もジュリアンの言葉に感嘆の声をあげるエミリアに、笑みで応える彼の誇らしげな姿が衆目にさらされていた。
世間一般の令嬢の言葉を借りれば、ジュリアンは『素敵な方』である。
あの日、二人が見つめ合った瞬間。気持ちの差はあれど、お互いに好意を持っただろうことは、色恋に疎いフェリシアでも容易に察することができた。
しかしジュリアンの立太子が見直されることがこの国の隙となるように、次期国王と王妃の不仲も同じように隙となる。
エミリアが『素敵な方』に特別な感情を持つのは仕方のないことだとフェリシアは思っているが、エミリアの人目をはばからない積極的な態度は問題だ。
公の場での二人の距離がこれ以上縮まり噂になる前に、なにか手を打たねばならなかった。
幸い令息が所属する紳士科と令嬢が所属する淑女科では履修時間が違う。
加えてジュリアンには王族として放課後に公務が入ることも多く、エミリアと過ごすことができる時間はそう多くない。
ランチの後の時間は、人目も多く、複数で過ごしているため過度な接触や二人きりの時間はとれないはずだ。
ならば手を打つべきなのは放課後のみ。
人の感情が関わると──こと色恋沙汰に関しては、問題が深刻化しやすいと聞く。この件に関しては慎重に、そして早急に対応する必要があった。
しかし、フェリシアが直接働きかければジュリアンの反感を買う可能性があり、婚約者同士の不仲に繋がるため本末転倒だ。
フェリシアは仕方なく学園での問題回避のためと王城に働きかけ、ジュリアンの公務を調整することで二人が接触する機会を奪い、その距離を保てるよう画策した。
夏。
ある暑い日のことだった。
フェリシアにはジュリアン同様側近の令嬢がいる。
フェリシアが本格的に執務を行うのは婚姻後であるが、信頼関係を築くため彼女──オリビア・ベルフェール侯爵令嬢と行動を共にすることは多い。
本日のランチを彼女と共にしたフェリシアは、花の香りに誘われ、中庭で夏薔薇を鑑賞していた。
すると、大輪の薔薇で作り込まれたアーチの向こう側から人の気配がしたのだ。
あちら側には花壇はなく、足を踏み入れるのは庭師くらいのはずだ。そして、彼らは貴族である学生の目に触れないようにするため、この時間は姿を見せない。
丁度背の高い植え込みで仕切られておりその姿は見えないが、パタパタと誰かが駆ける足音が聞こえたため、フェリシアはふと足を止めた。
すると、信じられないことにフェリシアのよく知る声が聞こえてきたのだ。
「エミリア……っ!」
「ジュリアン様っ!!」
フェリシアは、自身が講じた二人の間に距離を置くための『策』が『障害』となり、二人の気持ちを盛り上げ、加速させる火種になるのだとは思いもしなかった。




