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ある日男爵令嬢が婚約者の上に降ってきました  作者: Debby


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3/21

3 えへっ、頑張りますね

ジュリアンが何を考えて行動しているのかは分からないが、フェリシアは、この一連の出来事を不問とすることに関しては異論などなかった。


不可抗力とはいえ男爵令嬢が王族を下敷きにしたことが知られてしまえば、エミリアにその気がなくとも第一王子に危害を加えたということになり、非常に面倒なことになるからだ。

それに、エミリアは王族に対する言葉遣いが考えられないほど酷い。許可なく語りかけた挙句その手に触れ、今もジュリアンが立ち上がれずにいる一因となっている。


これは不敬であり、本来ならばベルモンド男爵家の存続に関わる大事だ。


ジュリアンは深く考えずに露骨な褒め言葉に舞い上がっているだけなのだろうが、今回はそれに救われた形になった。


フェリシアは密かに胸を撫でおろすと、再びジュリアンとエミリアのやり取りに意識を戻した。


「すまない。君の名前を聞いても良いだろうか……」

「あ、ごめんなさい。言ってなかったね。ベルモンド男爵家のエミリアっていいます」


「エミリア……可愛らしい名だ。私のことはジュリアンと……」


婚約者でもない異性にファーストネームを呼ぶことを赦すなど、あり得ないことだ。

そのことが理解できないジュリアンではないはず──一体何を考えているのか。


フェリシアは午後の授業の準備を理由に、二人を速やかに引き離した。

ジュリアンは「もうそんな時間か」と、大人しくフェリシアの言葉に従ったが、


「ジュリアン様……」


エミリアは、ジュリアンに熱い視線を送り、その背中が見えなくなるまでその場で見送っていた。











「フェリシア、今日の昼食は所用があるため共に出来ない」

「……承知いたしました」


これまでジュリアンはフェリシアに対し、きちんと婚約者としての責務を果たしていた。

公務で欠席することも多いジュリアンだが、登校した際は必ずフェリシアをランチに誘っていたのだ。このように断りを入れてくることなど、これまでに数えるほどしかなかった。


しかしジュリアンがエミリアに会ってから、フェリシアは彼と昼食を共にした記憶がない。


ジュリアンは、婚約者との逢瀬を蹴ってまで手に入れた余白の時間を所用(見回り)に充て、王都から離れた領地から出て来た貴族やエミリアの様にお家事情のある者──いわゆる『貴族社会に不慣れな者』に積極的に声を掛けることにしたらしい。


ジュリアンが声を掛ける顔ぶれは日々変わるが、必ず声を掛けるのがエミリア・ベルモンド男爵令嬢だ。

ジュリアンが見回りを始めると、あちらの方からやって来るのだ。


「あぁ、ベルモンド男爵令嬢、変わりはないか?」


「ジュリアン様~! ごきげんよう、です! ──えへっ。今日はマナーの講義があったんです」


エミリアはスカートをつまんでペコリと頭を下げると、直ぐに顔を上げてジュリアンに満面の笑みを向けた。

日頃から王族であるジュリアンにこのように話しかけてくる者などいない。

マナーの講義後にしてはお粗末だが、ジュリアンはエミリアの笑顔に眩しそうに目を細めた。


「そうか、日に日に令嬢らしくなっていくな。頑張りなさい」




誰にでも平等に接していた第一王子が、一部の生徒を気に掛けている──ジュリアンの行動に疑問を持つ生徒は当然出てくる。


正式に決まった以上ジュリアンの立太子は予定通り成されなくてはならない。国同士の関係が良好とはいえ、他国に付け入る隙を与えないに越したことはないからだ。


そのため若気の至り──学生時代の中途半端な火遊び如きで生徒たちに不信感を持たれ、国の方針とその未来を脅かすわけにはいかない。

すでに『一部生徒が慣れぬマナーを笠に着て第一王子に不敬を働いているが、彼はそれを不問としている』との噂がちらほらと聞こえはじめている。


あくまでも婚約者でしかないフェリシアがどこへ行くにもジュリアンに付き従い、エミリアをはじめとする不敬を働く令息令嬢たちを牽制するのは危険だ。別の噂を呼ぶ可能性がある。

そこでフェリシアはジュリアンの側近にその対応を任せることにした。


そして、フェリシアはジュリアンの不可解な行動に意味を持たせるため、その印象が『貴族社会に慣れない学生を気にかける第一王子』となるように周囲を誘導することに尽力した。

ジュリアンの私欲にまみれた一部生徒への不自然な行動に『皆が貴族社会に慣れぬ者に声掛けと助力をすることにより、貴族全体の品格の底上げを目指す』──という高尚な意味を持たせたのだ。


その結果、ジュリアンの言動が正当化され、他の者もそれに倣うようになっていった。

ジュリアンが国王になる頃には各貴族家の当主や夫人になっているであろう学園生を心服させる──。

また一つ、ジュリアンが立太子するに相応しい理由が積み上がった。











「ジュリアン様~!」


ジュリアンがたまに空き時間ができた時に、側近を従えて見回りをはじめると、いつもエミリアが駆けてくる。


「ベルモンド男爵令嬢。淑女がそう走るものではないよ」

「えへっ、ごめんなさい。ジュリアン様に少しでも早く会いたいって思ったら、足が勝手に急ぐんです」


エミリアはまるで逢瀬の約束でもあったかのような口ぶりで、ジュリアンに語りかける。


「しかし、()けて怪我でもしたら大変だ」


そういう問題ではないのだが、ジュリアンはそのことに気付けない。


「ふふ。ジュリアン様が心配なら、気を付けるように頑張りますね」


ジュリアンはそう言って自分を見上げるエミリアに得も言われぬ愛おしさを感じ、その頭に手を伸ばし──「殿下」


控えていた側近の声で、ジュリアンは今、無意識にエミリアに触れようとしていたことに気付いた。


自身の手を見つめたまま動かなくなったジュリアンに、エミリアが一歩近付き「ジュリアン様?」と首を傾げてその顔を覗き込んだ。


今にも触れそうな二人の距離。


何かが満たされる感覚にジュリアンはエミリアに対する気持ちを自覚し、不快感を隠さない側近の眉間には深い皺が刻まれた。




ジュリアンが見回りをはじめた当初、側近はエミリアの言動を問題視し、ジュリアンにその危険性を進言した。


「そんな、学園での言動に神経質になることは無い。彼女も日々学んでいるようだし、そのうち淑女に相応しい所作になるだろう」


ジュリアンは側近からの指摘に感情的になることもなく、軽く答えた。些細なことであると認識しているからだ。一介の男爵令嬢の言動が、国の未来に関わるなど考えてもいないのだ。

何を言っても流されるだけ。

ジュリアンには、立太子を控えているという自覚がないのだ──




彼が浅慮であることは分かっていた。


側近は仕方なくエミリアに接触し、「婚約者でもない異性のファーストネームを口にするべきではない」「安易に異性との距離を詰めるべきではない」と密かに忠告を行った。


しかし、エミリアの反応は側近令息の神経を逆撫でするようなものだった。


「えー? だって、ジュリアン様が名前を呼んでいいって言ったんですよ。

見たとこ、ジュリアン様はあなたより偉いんでしょ? だったらあなたの言うことより、ジュリアン様の言うことを聞く、で、正解ですよね」


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