2 羽根のように軽かったから
王家特有の金髪碧眼、誰もがため息をつきたくなるほどの美貌に、愁いを帯びた瞳は儚げだが、何処か得体のしれない余裕を感じる。
潤った唇の左下にあるホクロは彼が柔らかい微笑みを湛えるたびに動きを見せて過剰な色香を放ち、令嬢は皆『素敵な方』だと見とれ、顔を赤らめ遠巻きにし、ため息をついている。
そんな彼に正面から見つめられているエミリアの頬が、顔が、耳が、見る見るうちに朱に染まっていき、とうとう空気を求め水面に口を出す魚の様に口をハクハクとさせはじめた。
「あっ……、あ……」
ジュリアンを見て頬を赤らめる令嬢など珍しくはないが、ここまではっきりと顔色を変える令嬢は珍しい。
「あぁ、失礼。令嬢を見つめるなど不躾なことをしてしまったね。ふふ、ゆっくりでいいから、落ち着いて深呼吸をしてごらん」
これほどの反応は初めてだが、自身にみとれ言葉を失う令嬢には見慣れている。
ジュリアンはエミリアの反応を見て落ち着きを取り戻し、笑みを浮かべて優しく語り掛けた。
その言葉にハッとしたエミリアは、堰を切ったように話し出した。
「あなた、とってもハンサムね! 今まで見た誰よりも格好いいからつい、見とれちゃったわ!
それだけでも十分素敵なのに、あたしのピンチを救ってくれたなんて、まるで物語の王子様が現実に現れたみたい!!」
実際ジュリアンは『王子様』なのだが、そのことを伝える隙などない。
「あたし、お父さん──じゃない、お父さまから学園を卒業するまでに嫁ぎ先を見つけるって言われているの。
貴族は子供の相手を決めるのは親の仕事みたいね。あたしの希望が通るなら、今すぐにでもあなたがいいって伝えたいくらいよ!」
フェリシアは驚きのあまり言葉を失った。
少し前まで平民だったエミリアがジュリアンの顔を知らないというのは十分にあり得ることだ。
しかし、相手が王族であろうと貴族であろうと、いきなり手を握り、感じたことをそのまま口にするなどあり得ない。
しかもその内容が、なんと奔放な……!
「貴女……」
王族の前ではあるが、あまりにも下品な発言に、フェリシアはその場で注意をしようとした。
しかしジュリアンはフェリシアを諭すようにその名を呼び、その苦言を止めた。
「フェリシア──」
「……」
ジュリアンはきっと、これまでのエミリアの言動から彼女の出自を察したのだろう。それを踏まえ、今回は大目に見るつもりなのだと──彼がそのように考えを巡らせることなど無いとはわかってはいるが──フェリシアは仕方なくそういうことにして、その場は言葉を飲み込んだ。
エミリアは何かを言いかけて引いたフェリシアを不思議そうに見たが、直ぐに興味をなくし、その視線をジュリアンに戻した。
「あたし、とっても重かったよね? 大丈夫?」
「──気にしないで、羽根のように軽かったから」
(一体何をおっしゃっているのかしら──)
一国の王子が地面に座ったまま令嬢に手を握られ、何事でもないかのように微笑みをかけている様子に、フェリシアは心の中で呟いた。
そもそも木の上から落ちてきた令嬢を無防備に受け止めたのだ。ジュリアンはかなりの衝撃を受けたはずだ。
それを平然と『羽根』だと言えるこの対応──彼が天よりも高い矜持を持っているのか、打ち所が悪かったのかのどちらかに違いない。
「そ、そんな! 天使の羽根みたいだなんて……あなたって、とっても優しいのね。
それに落ちてきたあたしを抱きとめるなんて、すごく鍛えているのね──」
ジュリアンの言葉を若干歪めて受け止めたエミリアは、『抱き止めた』辺りを強調し、恥ずかしそうに彼からその潤んだ瞳を逸らした。
そして、数瞬ののち、彼女は再びジュリアンと視線を合わせると、
「誰にでも出来ることではないわ。本当にありがとう」
そう言って、ジュリアンに満面の笑みを向けた。
恥ずかしがってはいるが、もちろん握った手を放すことはない。
天然とも計算ともとれるその仕草と言葉にジュリアンは何を思ったのか、その手をそっと持ち替え、握り返した。
「──男として当然のことをしたまでだよ」
婚約者であるフェリシアとですら適切な距離を保っていた彼は、これまで女性とこのように至近距離で語らった経験がない。
そして、秋波を送ってくる令嬢は何人もいたが、ここまではっきりと好意を伝えてくる令嬢もいなかった。
フェリシアは立場上、ジュリアンが令嬢と手を取り合い長い間地面に座り続けることも、この状況を彼が受け入れていることも良しとするわけにはいかない。
しかし、ジュリアンを諌めようにも、先ほど口出しは無用だと言われてしまったため、指摘することも出来ない。
ただ、婚約者が他の女性と手を握り、見つめ合う姿を見守ることしか出来なかった。




