1 グフッ……!!!
「発言をよろしいでしょうか」
国王、王妃をはじめとする外務・財務などの主要閣僚、公侯爵家の当主など、主だった貴族が一堂に会する場に、凛とした声が響いた。
──ジュリアン・ハズレット第一王子だ。
「何事だ」
国王が、会議の進行を妨げた息子を一瞥し、その真意を尋ねた。
「ありがとうございます」
ジュリアンは立ち上がり礼をすると、集まった貴族たちに向かって高らかに宣言した。
「昨日学園内で、フェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢の資質を疑う出来事が起こりました。
従って、私はこの場で令嬢との婚約解消の必要性を進言致します!」
事前の根回しも何もないジュリアンの発言に、会場内が騒然とした。
その様子にジュリアンは満足げに微笑むと、会場の末席に座る一人の令嬢を指差し続けた。
「フェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢!
貴女は私とエミリアの関係に嫉妬するあまり、私が忠告したにもかかわらず、彼女を呼び出してはマナーレッスンと称し陰湿な嫌がらせを繰り返した。
更には私とエミリアの逢瀬を邪魔せんと、彼女を拉致監禁していたことも分かっている! いくら公爵令嬢とて、これは犯罪だ。
大人しく罪を認め、罰を受けよ!」
その言葉を受けて、銀髪翠眼の美しい令嬢が立ち上がった。
冬暁の、凍てつく、それでいて神聖な空気のような印象を受ける佇まい。
彼女──フェリシア・ローゼンバーグは王族である婚約者からの断罪の言葉にも動じず、その視線をジュリアン……の後ろにある豪奢な壁紙へと投じた。
「──私は自分に恥じる行為はしておりません。
それとも男爵令嬢が私に無理強いされたとでもおっしゃいましたか?」
明確な否定はしない。
フェリシアはそう言葉を紡ぐと、意味ありげに微笑んだ。
それは、日頃穏やかだと評されている彼女から想像も出来ないほど、冷徹な笑みだった。
奇しくもそれは、二人の婚姻の儀について話し合われる予定の、御前会議での出来事だった。
★★★
「きゃああああっ!」
ガサガサ、ドサッ!!
「グフッ……!!!」
春。
この国の第一王子であるジュリアン・ハズレットが、人生の二大イベント──立太子を一年後に、婚姻を二年後に控えた、ある晴れた日のことだった。
フェリシアがジュリアンと共に中庭の散策をしていると、悲鳴と共に誰かが降ってきた。
「イタタタタ……」
そう言って腰を押さえて立ち上がったのは、見慣れぬ令嬢だった。
「ごきげんよう。貴女は一体、木の上で何をなさっていたのかしら」
降ってきた令嬢を背中で受け止め、その重さに耐えかねて静かになってしまったジュリアンを横目に、フェリシアは彼女に尋ねた。
彼の一歩後ろを歩いていたため被害を免れたが、タイミングが違えばフェリシアが彼女を受け止めていたかもしれない。
一瞬、誰かを呼んできてジュリアンを医務室に運ぶべきかとも考えたが、学園で王子殿下が気絶なんて大問題。学園中が大騒ぎになることが目に見えている。
(──……そうね、見なかったことに致しましょう)
フェリシアがそう判断するのに、時間は要さなかった。
(穏やかに流れる学園の時間をご自分の事で乱すなんて殿下も本意ではないと思いますし、なにより令嬢を受け止め損ねて気を失ったなど、殿下にとって不名誉でしかありませんもの)
そう判断したフェリシアの心中など知らず、その令嬢は乱れた制服を整えると、エミリア・ベルモンドと名乗りペコリと頭を下げた。
「巣から落ちた小鳥の雛を戻してたんです。そしたら足を滑らせてしまって……ビックリしましたよね。ごめんなさい」
エミリアはエヘヘと笑うと、クッションにしたジュリアンの事など全く気にならないといった様子で、自分は男爵家の庶子で、男爵家に引き取られたばかりであるという身の上を話して聞かせてくれた。
エミリアは暖かな風を感じさせる桃色の髪と瞳の、とても可愛らしい容貌の令嬢だった。男爵家としても引き取るメリットがあったということだろうとフェリシアは納得した。
しかし──
(ビックリ? あぁ、驚いたということね。孤児院の子どもたちが使っていた用語だけれど……この方は貴族社会でやっていけるのでしょうか)
下位貴族とはいえ満足にマナー教育も出来ていない様子に、フェリシアは彼女の行く末が心配になった。
「う……」
エミリアが身の上話を終えたタイミングで、ジュリアンの呻き声が聞こえてきた。
(あら。無事?に目覚められたのね……よかったわ)
ジュリアンの意識が戻ったことでフェリシアが安堵のため息をついた時、エミリアがその場から飛び退き叫んだ。
「え?! なんでこんなところに人が寝てるんですか?!」
まさか、彼女はジュリアンの上に落ちたことに気付いていなかったのだろうか……これにはさすがのフェリシアも驚いた。
「──木から落ちてきたあなたを受け止められましたから、休んでおられたのですよ」
「ええっ!? あたし、あなたの上に落ちたんですか?! ご、ごめんなさいっっ!!」
エミリアはジュリアンの横に跪くと、体を起こしたばかりの彼の手を握りしめた。
王族に許可なく話しかけることも、その手に触れることも、本来ならば不敬だ。
庶子とはいえ、学園に通う令嬢がまさかそのような行為に出るとは思わず、フェリシアは咄嗟に止めることが出来なかった。
「えっ! 君は、その、手を──……っ」
目覚めたばかりのジュリアンは、いきなり握られた手に動揺したようだ。そして、無理に払うことが出来ずに、離して貰おうとエミリアに視線を向け──そして、言葉を失った。
眉目秀麗で文武に優れ、貴賤を問わず誰にでも平等に接し、驕っているところもない──そんなジュリアンを、将来の国王にと望む声は多い。
しかし、彼には一部の貴族にしか知り得ない『難』がある。
彼には物事を深く考えず行動する、浅慮なところがあるのだ。
次期国王としては不安要素が大きいが、彼は人の意見を聞く耳は持っている。
そして現在は他国との間に火種もなく平穏な治世であり、そもそも国は王が一人で動かすものではない。
そういった理由から、彼の欠点による弊害より人気──平民と中位下位貴族に限る──を優先し、先日学園卒業後の立太子が正式に決まったばかりだ。
彼を王太子として置き、国王と王妃、未来の妃をはじめとする周囲の者が政務を支えた方が国益につながると判断されたのだ。
決して学園の中庭で男爵令嬢に手を握られ、見つめ合ってよい立場ではないはずだ──
エミリアは続ける。
「あなた、とってもハンサムね! 今まで見た誰よりも格好いいからつい、見とれちゃったわ!
あたし、お父さん──じゃない、お父さまから学園を卒業するまでに嫁ぎ先を見つけるって言われているの。
あたしの希望が通るなら、今すぐにでもあなたがいいって伝えたいくらいよ!」
二人の様子を傍観していたフェリシアは、エミリアの奔放な言動に、驚きのあまり言葉を失った。




