20 その『策』が本当に成るのならば
「陛下。発言をよろしいでしょうか」
その時だった。
フェリシアの父──ローゼンバーグ公爵が声を上げた。
「もちろん構わぬ」
ローゼンバーグ公爵はフェリシアの父親だ。当然この婚約に口を挟む権利がある。
フェリシアの気持ちも公爵の意向も全く疑っていない国王は、快くその申し出に応じた。
娘の一大事であったというのに、これまで成り行きを静観していた公爵は、立ち上がると、一礼をして国王に尋ねた。
「陛下、それは、我が娘に殿下の意向を無視してこのまま婚約者として過ごすのか、殿下の望みを受け入れて婚約の解消を進めるのか、その判断を任せる、とおっしゃっていると受け取ってよろしいのですかな?」
国王もローゼンバーグ公爵も、婚約の継続か解消、どちらを望むのかとフェリシアに問うているのだが、同じ質問でも言葉の選び方で受ける印象はかなり違う。
「……その通りだ」
国王は、そのトゲのある『言い方』に片眉を上げた。
「ありがとうございます」
手出しは無用と言われているが、口を出すなとは言われていないからな、とでも言いたげに口元を緩ませて座る父の姿に、フェリシアは自身の目論見がバレていることを知る。
(お父様、ありがとうございます)
フェリシアは心の中で父に礼を言うと、悲しげな表情を作り国王を見た。
「──恐れながら陛下。
殿下と私の婚約は、国益を第一とした政略でございます。
しかし今回、殿下は私に相談も確認もなさらずに、私の排除──この場での断罪を選ばれました。
──私は殿下の信用に値しないのです。
信頼関係のない妃が立てば、また今回のようなことが起こり、その時は国益を大きく損なう事態になる可能性もございます」
貴族の婚姻は個人の感情でどうこうして良いものではない。
しかし、ジュリアンとフェリシアの関係はすでに破綻している。
国益を損なう婚約であれば、それは意味をなさない。
幸いまだ招待状を出してはいない。今更王太子の変更は出来なくとも、その婚約者に関しては『国益を考えて』という前提のもと、挿げ替えることは可能ではある。
「──そうなっては本末転倒。私では、殿下の足枷にしかなりません。
──力及ばず、申し訳ありませんでした」
まさかフェリシアが婚約の解消を望むとは思っていなかった国王は渋っていたが、採決の結果、二人の婚約の解消はその場で認められた。
あのやり取りを見ていた面々は、フェリシアの言い分を尤もであると受け入れたのだ。
その後、というか、その御前会議の場で、ジュリアンの新しい婚約者はオリビア・ベルフェール侯爵令嬢に決まった。
もちろん『王室典範』に示されている条件を満たしていたことは当然だが、その他にも理由はいくつかある。
──婚姻の儀が一年後に迫っていること。
──元々ジュリアンの婚約者候補の次点としてオリビアの名前が上がっていたこと。
──現時点で婚約者がいないこと。
そして、オリビアの父親である宰相・ベルフェール侯爵はもちろん、オリビア本人が会場におり、意思確認がすぐにとれたことである。
「ふふ。だってわたくしの身分では国政を司る会議の場に足を踏み入れることなど、一生に一度もなかったはずなのです。
その場に大手を振って足を踏み入れる機会を逃すことなどできませんわ。
それに並みいる貴族の重鎮の見守る中、立ち上がり殿下を打ち負かすフェリシア様の勇姿を拝めるのであれば、多少の無理は致します」
フェリシアが御前会議の翌日、何故あの場にいたのかとオリビアに尋ねたところ、返ってきた台詞がこれだった。
『だって』、ではない。
フェリシアはあの時、確かにオリビアにサロンの鍵を託したが、ジュリアンが勘違いをしていることなどオリビアは早々に気付いていたはずだ。
訂正する時間など、いくらでもあっただろう。
『侍女』としてオリビアが姿を現した瞬間のあの空気……宰相は咳で誤魔化していたが、動揺して挙動不審になっていたのだ。
「は? 侯爵令嬢? 侍女ではなかったのか?」
ジュリアンは、自身が証人として呼び込んだ『侍女』が侯爵令嬢であると知り、目を丸くして驚いた。
オリビアは、フェリシアの美しさを邪魔しないため、普段から目立たぬように地味な装いを心掛けている。
もしかしたらそんなオリビアのことに気付いていないのでは──とは日頃から思っていたが、気付いていないだけでは飽き足らず、侍女と認識していたとは……
上着だけとはいえ制服も着ていたのだが、一体何を見ていたのだろうか──
フェリシアを含め、会場の貴族たちは更に呆れる結果となったが、この件でジュリアンの浅慮なだけではない一面を知った一同は、穏やかでジュリアンの一歩後ろを歩くフェリシアより、自身にも他人にも厳しいと評判のオリビアの方がジュリアンの伴侶としては向いているのでは、とも思われたのも婚約者交代がスムーズに進んだ一因だ。
今回、ジュリアンとの婚約解消を目論むにあたり、次の婚約者がオリビアになるであろうことは容易に想像できた。
それが強制になっては第二のフェリシアを作るだけだ。フェリシアは『策』を実行に移す前にオリビアにその全貌を話した。
「私が殿下の婚約者ですか?」
オリビアは眉間に皺をよせ、フェリシアの言葉を復唱した。
ジュリアンとフェリシアの並び立つ姿をこよなく愛する彼女は、フェリシア自身に瑕疵をつけて婚約解消に持って行くという『策』を聞いてかなりの難色を示した。
「フェリシア様、その『策』は美しくありません。
殿下の隣にフェリシア様以外の者が立つなどあり得ないからです。それに、なぜフェリシア様が瑕疵を負う必要があるのでしょうか」
オリビアがそう言うであろうことは予測済みだ。
「今まで秘密にしておりましたが、私、殿下のことが生理的に受け付けませんの。今までは私さえ我慢すればと思っておりましたが、もう、耐えられそうにありません」
「は? 生……り……???」
後にも先にもオリビアのあのような顔を見るのはあの一度きりだろう。
「今よりずっと間近で、様々な表情の殿下を堪能出来ましてよ」
「……っ!」
「それに、『妃の側近』ではなく、『妃』になれば、国政に関わり放題ですわ。御前会議への出席も認められておりますもの」
──オリビアは、フェリシアに我慢してまでジュリアンの隣に立ち続けて欲しいとは言わなかった。
「……………………その『策』が本当に成るのならば、その時はお受けいたしましょう」
フェリシアは自分さえよければ、あとがどうなろうとも構わないとは思ってはいない。
オリビアがジュリアンの美しさを好いてなければ、そして国政に関わることを望んでいなければ、このようなことを実行しようとは思わなかった。
国益のことだけを考えて取り繕ってきたフェリシアより、美しいものを愛し、国政に関わることを望むオリビアのほうが殿下の隣に相応しいと心から思えたのだ。
季節はめぐって、春。
学園の卒業式を最後に、ジュリアンとフェリシアの接点は、ほぼ無くなった。
ジュリアンとフェリシアが並び立つことが無くなった代わりに、ジュリアンの隣に立つ機会が増えたオリビアは、自身の地味さが殿下の美しさを損なわないために、本来持つ可愛らしさを全開放した。
元々可愛らしい令嬢が好みだったのだろう。ジュリアンもまんざらでもなさそうだ。
オリビアは常にジュリアンの補佐に回っていたフェリシアと違い、飴と鞭を巧みに使い分け、ジュリアンがなにも考えずに行動している時は厳しく指摘し、婚約者として余暇を過ごす際はその可愛らしい容姿を利用しているようだ。
藤色の髪と瑠璃色の瞳が織りなす儚げで可愛らしい魅力に、日に日に落ちていくジュリアンの様子が興味深いと、甘さと厳しさの絶妙な最適解を研究しているらしい。
彼女とであれば、きっとジュリアンも国王というお役目をこなしていけるに違いない。




