21 穏やかで一歩後ろを歩く令嬢
一方、淑女科の合同授業でオリビアが説いたように、第一王子を名で呼び続け、付き纏っていた男爵令嬢に、国内での嫁ぎ先などなかった。
そのため、エミリアは学園卒業を待たずに退学し、隣国で商会を営む裕福な平民の元へと嫁ぐこととなった。
これは、オリビアが探し出してきた婚約話だ。
彼女は自身の婚約者となったジュリアンが未練を残さぬよう、エミリアを文字通り彼の視界から排除した。
これはフェリシアにはなかった厳しさであり、強かさである。
見知らぬ男の元に国を追われる形で嫁ぐという罰を受けることになったエミリアであったが、隣国は一夫一妻制であることと物理的にジュリアンと距離が出来るということで、それを受け入れ、喜んで旅立って行った。
フェリシアがエミリアに施した教養は、その商会が貴族相手に販路を広げようと考えたときに、必ず役に立つはずだ。
それに、恋の相手が王族であると知り『王室典範』を読もうとするような機転のきく一面もあるのだ。意外と上手くやっていくのではないかと、フェリシアは思っている。
一方で、フェリシアがエミリアと出会った時、彼女に貴族社会の知識がなく、マナーも全く身についていなかったことは一目瞭然だった。
この状態の彼女を学園に通わせた男爵にも当然責はある。
隣国に支度金という習わしは無い。
一年間とはいえ学園の高額な授業料を払いエミリアを学園に通わせつつ、彼女をそれ以上の高値で引き取ってくれる裕福な貴族を探していた男爵にとって、これはかなりの誤算だっただろう。
エミリアが第一王子と公爵令嬢の婚約解消の一因となった割には軽く感じる罰だが、ジュリアンの『難』を国民に知られるわけにはいかないため、これが、今回男爵家に与えられた罰ということで落ち着いた。
──ちなみにフェリシアと共に在学中にマナー教育を施した次期王太子妃からの縁談ということで話を進めたため、一連の出来事を男爵は知る由もない。
そして、フェリシアはというと、学園を卒業した翌日から王城でローゼンバーグ公爵の専属文官として仕事を手伝っている。
高位貴族はその真相を知っているとはいえ、王族との婚約解消という瑕疵の付いてしまったフェリシアの立場は微妙だ。
国内で婚約者が見つからなければ、他国へ嫁ぐことになるだろう。
これもフェリシアへの罰であるというのなら、受け入れる所存だ。
「フェリシア。悪いがこの書類を騎士団長室に持っていってくれるか」
「はい。かしこまりましたわ!」
公爵は自身の言葉でフェリシアの声が若干高くなったことに気付き、片眉を上げた。
「どうされましたの?」
早くそれを渡せと言わんばかりに両手を差し出すフェリシアの手に、分厚い書類を載せると、公爵は歯切れが悪そうに呟いた。
「いや……」
生来、明るく活発な娘の評価がいつの間にか『穏やかで、殿下の一歩後ろを歩く令嬢』となった頃から、公爵はフェリシアがいつの日か婚約解消を望むのではないかと感じていた。
(まさかあのような場で、あの様な形で決着するとは思ってもみなかったが……)
「騎士団長は本日会議に出ておられると聞き及んでおりますから、副騎士団長のヴィクトール・バークレイ様にお渡ししておきますわね」
そう言って、書類を大事そうに抱きしめ、スキップでもしそうな勢いで部屋を出て行く娘に、唖然とする。
(あれが穏やかで一歩後ろを歩く令嬢か?)
彼女があのように明るい声と表情を見せるのは、いつ以来だろうか。
「……」
瑕疵のあるフェリシアの婚姻の条件は比較的緩やかだ。
「ヴィクトール・バークレイ……確かバークレイ伯爵家の三男坊か──」
出来るなら、フェリシアを国内に留めたい。
もとより手持ちの伯爵位をフェリシアに与える予定であった。
ローゼンバーグ公爵は執務の手を止めると、彼が愛娘の伴侶に相応しい男なのか、どのようにして試してやろうかと、その策を講じるのであった。
王城の廊下を颯爽と歩くフェリシアに視線が集まる。まるで信じられないものを見たとでも言いたげな様子に、フェリシアは苦笑した。
フェリシアは婚約解消になったおかげで、自身の新たな一面を発見した。
ジュリアンのように、色香を振り撒くウェットな印象の優男が生理的に受けつけなかったフェリシアの好みは、がっしり逞しい精悍な男性だったようなのだ。
ヴィクトール・バークレイ副騎士団長をはじめて見たとき、胸が高鳴り、まるで時が止まったかのように感じた。
ジュリアンとエミリアが出会ったあの日、このような気持ちを抱いていたのであれば、あの様な行動に出たのも頷け──
(……ませんわね。私は貴族ですもの。彼らのマナーを無視した、人目も憚らない言動は理解できませんわ)
騎士団長室の前に到着したフェリシアは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、その大きな扉をノックした。
「はい」
扉の向こうから聞こえた男らしい低い声に、心が動く。
しかし、フェリシアは令嬢として瑕疵はついたが、ローゼンバーグ公爵家の娘としての矜持を捨てたわけではない。
たとえ木の上から人が降ってこようとも、想い人が視界に入り心が乱されようとも、いつでも淑女として気品のある笑みを浮かべて──
「フェリシア・ローゼンバーグです。ローゼンバーグ公爵の使いで参りました」
来訪の名乗りに応じて内側から扉が開かれる。
フェリシアは視線の先に想い人の姿が見えると、書類を片手に美しいカーテシーを披露した。




