18 唯一でない時点で駄目なのです
昨日、フェリシアは公爵令嬢自らサロンの施錠をするというあり得ない行為をすることにより、これでもかというほど不審な令嬢を演じた。
それもこれも、ジュリアンにフェリシアを疑って貰い、エミリアを見つけてもらうためだ。
その後、保護などと言って王城に連れて帰った挙げ句、この場に引き出すなどとは思わなかったため、現在の状況は完全に誤算だが、ジュリアンにフェリシアに対して疑惑を抱かせることは計画通りだ。
しかし、学園で別れてから御前会議までに聞き取り調査の時間は十分あったはずだ。
きちんと調査をしていればこの様なことにはならなかっただろうに……ジュリアンは何故、なにも知らないのか──
「はっ! 何を! 嫉妬のあまり血迷ったな? その様に訳の分からぬことを口走るとは……」
フェリシアは、自身を悪だと思い込み、鼻で笑うジュリアンの声を聞き、悲しそうにその瞳を揺らした。
「──時間が限られていますので手短にお伝えさせていただきますわ。
──殿下は彼女が庶子であることをご存知でしたか?」
「貴女はまたそうやってエミリアを侮辱するのか!」
その質問には答えず、ジュリアンはフェリシアを怒鳴り、睨みつけた。
先程からジュリアンが感情的に声を荒げるたびに、エミリアが怯えていることに何故、気付かない。
「いいえ、その様なつもりはありません。
ただ、殿下はその事情を知りながら、なぜご自分の身分をベルモンド男爵令嬢にお伝えにならなかったのですか?」
「は? そのようなことをわざわざ口にせずとも、貴族に私のことを知らぬ者などいないだろう」
「……先ほど宰相閣下がおっしゃられたように、王族の妃となる者には身分に制限がございます。
しかし、例外として、王族の寵愛をうけた者の中で、妃になれぬ身分の者は寵妃となることが出来ます。
──なぜ殿下はその事をベルモンド男爵令嬢に伝えなかったのですか」
「私が王族である以上、男爵令嬢が妃になれないこともまた常識だ。そのような制度を、あえて口にすることではない。無粋ではないか。
それに、正妃には理解のあるものを選出し、エミリアに不自由をさせるつもりはない。──彼女が一番であることに変わりはないからな」
「一番、ですか……──殿下。彼女にとって、唯一でない時点で駄目なのです」
そうだろうとは思っていたが、やはりジュリアンは学園に自分のことを知らぬ者がいるとは思っていなかったようだ。
そしてフェリシアが誘導したとはいえ、エミリアのために彼女に厳しく接するフェリシアとの婚約解消を目論んだというわけだ……
口を挟むことなく話を聞いていた会議出席者の面々も、呆れ果てているようだ。
「何を勝手なことを! エミリアもその辺のことは当然理解している! そうだろう? エミリア──」
先程突き付けられた事実を忘れたのか、ジュリアンが熱と、期待のこもった瞳でエミリアを見た。
フェリシアが矢面に立ったことで完全に気を抜いていたエミリアは、突然振られた自分への言葉に、怒りと極度の緊張から、思わず素で答えてしまった。
「あたしは殿下が王族であることも、婚約者がいることも知りませんでした! もちろん『寵妃』のことも……!
もしもはじめから知っていたら、殿下の求婚に頷いたりしませんでした!
これまでだって、昨日だって、散々説明したのに、『なぜ、自分に相談してくれない』とか『脅されて言わされている』って決めつけて、話も聞いてくれなかったじゃないですか!
今だって何も悪くないローゼンバーグ様を責めて……あたしの意志なんて関係ないってことですよね? 騙してまであたしを『寵妃』にしようとするなんて──怖いし、気持ち悪いですっ!」
「き、きもっ……?? フェリシア! 彼女に何を吹き込んだんだ!」
エミリアの発言をフェリシアが言わせていると断じるジュリアンを横目に、フェリシアは会場に集う貴族を見渡し、国王でその視線の動きを止めた。
「陛下、そしてご臨席の皆様。
先ほどのベルモンド男爵令嬢の不適切な発言は私の教育が行き届いていないためでございます。
まさかこのような場に引き出されるとは思っておりませんでしたので、彼女自身、心の余裕を失っております……どうかご容赦くださいませ」
この面々の前でジュリアンのことを『気持ち悪い』と言い放ったエミリア。
甚だ同意であるし、長年フェリシアが言えなかったことを代弁してくれたように感じ、聞いていて胸がすく思いだった。
本来御前会議は、下位貴族はもちろん一介の令嬢が足を踏み入れることなど出来ない場である。
国王に王妃、宰相──、本来エミリアが一生に一度も言葉を交わす機会などないはずの面々の前に強引に引き出されたのだ。
今回の暴言は見逃して欲しいとフェリシアは集う貴族に訴えた。
エミリアもフェリシアの様子から自身が何か好ましくないことを言ってしまったのだと理解し、両手で口を押さえて黙り込んでしまった。
「構わぬ。本来なら事前の申請もなく部外者を招き入れてよい場所ではないのだ。
令嬢の背景からも先ほどの発言は致し方ないものとし、この場での発言に不敬は問わぬものとする」
それに国王が答えたことで、この場でのエミリアの発言が不敬に問われることはなくなり、フェリシアはほっと息をついた。
「殿下、彼女は学園入学の一月前に市井から男爵家に引き取られました。
長い時を平民として過ごしてきた彼女が、王族である殿下の顔はもちろん、『王室典範』にしか記されていない制度を知っているはずがないとは思われませんか?」
フェリシアの主張はもっともで、ジュリアンは言葉を失った。。
「殿下の身分も、婚約者である私の存在も知らされていなかった彼女は殿下に不信感を持ち、自ら『王室典範』を手に取ったのですわ。
私はそこではじめて彼女が何も知らされていないことを知り、寵妃について説明いたしました。
彼女はその時点で『寵妃』となることを拒否し、私に教えを請うたのです。
ベルモンド男爵令嬢はこれまでも二度ほど殿下に寵妃を辞退するというお話をしようと試みたそうです。
しかし殿下は私に言わされていると聞く耳を持たず、レッスンの度にその場に現れ、私を叱責し、強引に彼女を連れ去るという行為を繰り返されました。
愛は囁いてくださるのに自身の言葉は聞き入れてくれない……王族である殿下のそのような行動は、彼女にとって恐怖ではありませんでした。
とうとう彼女は殿下の気配を察しただけで、怯え、物陰に隠れるようになってしまったのですわ。
それが、殿下が『拉致監禁』だとおっしゃったことの真実です。




