17 美しい『策』であれば……
「──……状況を説明して頂いても?」
サロンの扉を開けてすぐにエミリアの姿を認めたオリビアが、不快そうに眉間に皺を寄せた。
オリビアにとってのエミリアは、美しく、芸術品のようなジュリアンとフェリシアが並び立つ様式美を台無しにする『悪』でしかないからだ。
「──好都合ではありませんか。自ら戦線離脱を望んでいるのです。第一王子殿下とフェリシア様──やっと正しい形を取り戻せます」
事の顛末を知ったオリビアは、蛇に睨まれたカエルの様に縮こまっているエミリアを一瞥すると、紅茶を一口飲んでそう言った。
ジュリアンに纏わりついていたエミリアがよほど気に入らなかったらしいオリビアは、その辛辣な言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
高位貴族にとって、第一王子の浅慮さはそういうものだとして認識されている。
そのため、何事においても美しさ優先のオリビアには、ジュリアンの言動は全く気にならないらしい。
どちらかと言えば、エミリアを排除してでもジュリアンの寵を取り戻そうとしないと、フェリシアに対して厳しかったように記憶している。
「婚姻の儀は一年後。一日も早く殿下の寵をフェリシア様の手に取り戻さなければなりませんね──あぁ、フェリシア様が再び殿下の隣にお立ちになる至福の日々がやって来るのですね──」
国民のほとんどがジュリアンの美しさを認めている──それはオリビアも例外ではない。
フェリシアが彼らの考えを理解できないように、彼らもフェリシアの気持ちなど理解できないだろう。
現に、フェリシアがジュリアンのことをどう思っているのかなど考えたことすらないであろうオリビアは、両手を組んで何かに祈りを捧げている。
「……フェリシア様?」
オリビアが、不意に黙り込んでしまったフェリシアに気づく。
瑠璃色の瞳が心配そうに、覗き込んでいる。
隙を作らないため、これまでは他人の前では相思相愛のふりをしていた。
一歩後ろを歩き、出来るだけ視線を合わせず、作った笑みを浮かべて。
これまで演じてきた他人の思う理想の婚約者像を、フェリシアは思い出せなくなってしまっていた。
覚悟を決めていたとはいえ、一度悩みから解放されたフェリシアは、もう以前の様に心を保つことが出来なくなってしまったのだ。
もう、戻れない。フェリシアは行動を起こすと決めた。
「オリビア、その事で相談と、協力して欲しい策があるのだけれど……」
オリビアが目を見張る。
フェリシアがこのように不安気に相談を持ちかけてきたことなど、これまで一度もなかった。
「もちろん、喜んで協力させていただきますわ。
──美しい『策』であれば……」
オリビアはフェリシアに初めて頼られたことが嬉しくて、顔を紅潮させて、頷いた。
「──殿下、お二人とも私を庇ってなどおりませんわ」
フェリシアはそう言って、ジュリアンを真っすぐ見た──と見せかけて、彼を視界に入れぬよう変わらず後ろの豪奢な壁紙を見ていた。
『策』の成就を目前に控え、自然と笑みがこぼれる。
「──私は本人了承のもと、ベルモンド男爵令嬢にマナーを指導しておりました。市井での生活が長かったため、その指導が厳しくなる旨は最初から本人に説明しております」
「彼女にはマナーレッスンなど必要はない!」
「淑女科の令嬢がマナーを学びたいと望んでいるのに、なぜ殿下が一令嬢の学びを妨げられますの?
ベルモンド男爵令嬢本人は、厳しいレッスンでも構わないと受け入れておりましたわ」
エミリアは男爵と平民だった母の間に生まれた庶子である。
そして、母が帰らぬ人となったことをきっかけに男爵家に引き取られたため、当然貴族としての生活より市井での生活が長い。
当然すべてを詰め込むことなど不可能であった。
そのためフェリシアは、カーテシーを含む王族や高位貴族に遭遇したときのマナーを重点的に叩き込むことにした。
カーテシーの所作、場で一番高位の者の赦しがあるまで体勢を崩さないこと、王族がいる場では言葉を発することにも許可がいることなど、それを破ると不敬に問われ、命に関わるマナーを優先し、エミリアの失敗が、エミリアと男爵家全員の命を脅かすことを繰り返し伝えた。
カーテシーはまだバランスが悪いが、エミリアが一年前まで市井で生活していたことを考慮すれば及第点だろう。
「現に、本日の彼女のマナーは完璧とは申せませんが、問題はなかったのではないでしょうか」
披露されたカーテシー、ジュリアンに何を言われようと顔をあげず、口も開かなかった。
今日、この場に現れてからのエミリアの所作が、フェリシアが正しく指導していたことの証明となった。
それについてはぐうの音も出ないジュリアンは話を逸らした。
「……っ! ならば度重なる監禁についてはどう説明をするんだ!」
「ですから、その様な事実はございません」
「嘘をつけ! 昨日お前が退出した後のサロンには、確かにエミリアが閉じ込められていたのだ。私が助け出したのだから間違いはない!」
「ですから、その認識が間違っておられるのです。ベルモンド男爵令嬢は閉じ込められていたのではなく、隠れていたのですわ」
「は? 適当なことを言うな! 一体何から隠れていたというんだっ!?」
フェリシアは頬に手を当てると、困惑したように、ジュリアンに告げた。
「──もちろん殿下からです」




