第七章(3)
義父は約束通りロンペル子爵家に援助をしてくれ、それを収入として帳簿に記載したところで、アーヴィンの言葉がふと思い出される。
どうやら義父は不正を働いているらしい。
それは前々から疑われていたことで、その全容を明らかにするために私も協力をしているつもりだが、子爵夫人の私にできることなど、たかが知れている。
義父には、経理に詳しい者に子爵家の財政状況を相談していると伝えており、帳簿を見せてもいい許可は取ってある。ただ、その経理に詳しい者がアーヴィンなだけで。
けれども、義父が見せてもいいと言うくらいなのだから、帳簿上に不正のあとなど残さないのではと思っているのだが。
とにかく私はアーヴィンを信じるしかないし、自分でできることをやるだけ。
そんなアーヴィンからドレスが贈られてきたのは、セリウス王子の誕生日パーティーの五日前だ。ラベンダー色の華やかなドレスは、アーヴィンの瞳を思い出させるもの。
シオドアはリンダを連れて、ロンペル子爵としてパーティーに出席するのだろう。となれば、私はアーヴィンのパートナーとしてその場に立つ。
つまり、私とシオドアの結婚生活が破綻しているのを、周知させる形になる。この結婚生活に終止符を打つために必要な舞台であるのはわかっているはずなのに、どこか怖いとすら感じてしまった。
パーティー当日、シオドアとリンダが屋敷を出ていってしばらくしたら、エマが呼びに来てくれた。
「王弟殿下がお見えになりました」
「ありがとう、今、行くわ」
笑顔を作って答えてみたものの、エントランスへと向かう足が少しだけ震えていたかもしれない。
「イレーヌ、迎えにきた」
シオドアがいないからって、私の姿を見た瞬間に、そんなに大声をあげなくても。
かっと頬に熱がたまったのがわかった。
「お預かりします」
ヘルナントに恭しく声をかけるアーヴィンを、誰もがほぅと見惚れている。
冷静に考えれば、おかしな話だろう。この屋敷の女主人を、夫ではない者が迎えにきてエスコートしているのだから。だけど、この屋敷の者は誰も何も言わないのだ。
ヘルナントだってアーヴィンに向かって丁寧に頭を下げ「よろしくお願いします」とまで口にするくらい。
エマは介添えとして同行することになっているけれど、そこに護衛としてマルクスを指名したのはアーヴィンだ。彼はエマとマルクスの恋の天使にでもなるつもりなのだろうか。
それはさておき。
「イレーヌ、もしかして緊張しているのか?」
アーヴィンの指が私の頬に触れた。
「ちょっ……な、何よ」
「いや? 顔が強張っているみたいだからな」
馬車の中は二人きりではない。エマだっているのにと、彼女に視線を向けると、にっこり笑顔で返された。私は熱くなった頬を手で覆うしかない。
馬車が止まり、アーヴィンのエスコートで降りた。エマをエスコートしていたのは馬車の後ろを馬でついてきていたマルクスである。
「さてと、戦場に向かうとするか?」
「大げさよ」
私がくすりと笑えば、アーヴィンもひくりと眉を動かした。
「やっと緊張も解けてきたみたいだな。ここにいるのは君の味方だ。むしろ敵がいたら、俺が倒してやる」
「また、そういうふざけたことを言って」
それでも彼が言ったように、がちがちに固まっていた身体はふっと緩んだ。
アーヴィンと並んで王城へと入り、パーティーが開かれている大広間へと向かう。パーティーはとっくに始まっていた。
軽やかな音楽が広間へと響き、中央ではダンスを楽しんでいる人たちがいる。
「先に、兄たちに挨拶する」
アーヴィンが一歩、一歩進むたびに、視線が集まってくるような気がして、私の心臓はいつもより大きな音を立てていた。
壇上の国王がアーヴィンに気づき、さらに隣にいるセリウス王子も笑顔を向けてくる。セリウス王子とは、テロス展で会ったきりで、あのときはまだ小さな男の子という印象が強かったが、今では身長もぐっと伸びて落ち着いた雰囲気をまとっている。
「セリウス王子、本日はおめでとうございます」
アーヴィンが形式ばった挨拶をする様子に合わせて、私も淑女の礼をする。
「ロンペル子爵夫人」
セリウスが大人になりきれない声で、私を呼ぶものだからドキリとした。
「あとで、僕とも踊ってくださいね?」
「もったいないお言葉です」
どこにいても興味の視線がちくちくと刺さってくるのに、こんな目立つところのやりとりであればなおさらだろう。
そして私がシオドアではなく他の男性といて、その相手がアーヴィンなのだから、ロンペル子爵家の噂を聞いた者たちであれば、その噂が真実であるかどうか確認したいはずだ。
次は9/19更新の予定です。




