第六章(8)
エマは今の件をヘルナントに伝えるだろう。そしてヘルナントはすぐに離れへと足を運び、シオドアに苦言を呈しつつ、私が呼んでいると言うのだ。となれば、シオドアがここにやってくるのは早くても一時間後。そして機嫌はすこぶる悪い。
シオドアと話をするのは疲れるが、仕方ない。
もう一度、帳簿の数字を見直しながら、私は紅茶をすすった。
「いったい、なんなんだ!」
一時間。私の予想通り、シオドアは不機嫌をまき散らしながらやってきた。ヘルナントは彼の後ろで澄ました顔をして立っている。
「お茶でもいかが?」
その言葉で彼が落ち着くわけはないとわかっているはずなのに、これからの話を円滑に進めるための飾りの言葉のようなもの。
「不要だ。早く用件を言え」
執務席の前に立つシオドアは、威圧的に私を見下ろしてきた。
「仕方ないわね」
売り言葉に買い言葉ではないけれど、私だって素直にシオドアの言うことを聞くわけではない。チクリと嫌みを口にしてから、マダムコールからの請求書をつきつけた。
「これは、どういうこと?」
私の言葉にうながされて請求書にチラリと視線を向けたシオドアだが、大げさなほどに肩を上下させてため息を吐いた。
「どういうことだと? リンダのためにドレスを買った。それだけだ」
「でも、これ。予算化されていないわ。私やあなたの衣装は交際費として予算化しているけれど、残念ながらリンダさんの分はないのよ」
「だったら、君の予算からまわせばいい」
「そうしたいのはやまやまだけれど……もう、予算がないのよね」
私も大げさなくらい肩をすくめて見せる。ないものはない、出せないものは出せないと、それを伝えたつもりだが。
「だったら、他の予算をまわせばいいだろう? 余っているところから費目流用すればいい」
そういった知恵だけは働くのだから、たいしたものだ。
「費目流用するにしても、流用元に十分な予算がなければ、それもできません」
シオドアが眉間にしわを寄せる。
「予算がないとでも言うのか?」
「まったくないというわけではございませんが……」
とにかくリンダのドレスや宝飾品にまわす予算はないのだ。費目流用したとしても、それは一時的なしのぎに過ぎない。
シオドアを見ていれば反省をしていないのは丸わかりで、ここで許せば彼はもう一度同じ事をする。
「予算がない、金がないというなら、集めればいいだろ? 税金をあげればいい」
「税金をあげるのであれば、それなりの理由が必要です。当主が無駄遣いしたいからと、そんな理由であげられるものではありません」
ぴしゃりと言ってのけても、シオドアには効果はないらしい。
「無駄遣いじゃないだろ? 夜会に出るにはそれなりの格好が必要だ。リンダがみすぼらしい姿をして、他の者から笑いものにされてもいいのか?」
「それは、私の知ったことではありません。リンダさんのドレスを買うなら、きちんと予算を組んでください。その分、旦那様の装飾費は削らせていただきますが」
「僕の、ではなく君の予算を削るべきだろう? 妻としての最大の役目を果たしていないのだから」
にたにたと下卑た笑いを浮かべるシオドアの言いたいことはよくわかる。だが、後継者はリンダの子と誓約書に書いたはずだから、彼が私に子作りを求める必要はない。ただの、嫌みである。
私は大げさなくらいに息を吐いてから、呆れた声をあげる。
「わかりました。では、これからはそのようにいたしましょう。それで、今回の請求はどのように処理をいたしますか? とりあえず費目流用しておけばよろしいですか?」
「金はあるところから回せばいい。話がそれだけなら、僕は部屋に戻る」
それ以外にも話したいことはあったが、シオドアが荒々しく扉を閉めて出ていってしまったため、それを伝えることはできなかった。
次は8/15更新予定です




