第六章(7)
ロンペル子爵領から戻ってきた私たちだが、これを機に私とシオドアの溝が深くなったような気がした。そしてシオドアは、以前よりもリンダとの関係にのめり込んでいる。
手元に届けられた請求書を見て、私はため息をついた。これは、マダムコールからの請求書だ。シオドアが私にドレスを贈ってくれたのは、ほんの数か月前だった。だが、今ではその贈り先がリンダになっている。
別にリンダにドレスを贈るのはかまわないが、こちらにも予算というものがあって、予算を超える買い物をするときはひと言欲しい。
それをシオドアに言うべきか否か。
「奥様、お茶を淹れましたので休憩しませんか?」
エマの声に笑顔を作って答えると、彼女は不安そうに私を見つめてきた。
「エマ、どうかした?」
「……いえ。近頃、旦那様は離れから出てきませんよね?」
「あぁ……そうね」
エマの言うとおりだ。誓約書に書いた「表面上は仲の良い夫婦を演じること」なんて、きっと忘れているのだろう。ロンペル子爵領から戻ってきてから、シオドアはリンダにべったりで、食事も離れで取るようになった。
ヘルナントなんかは、呆れてものが言えないといった様子で、シオドアに仕事を振る様子はない。その分、私がヘルナントと一緒にこの屋敷、そして子爵領のやりくりをしているのだが、その甲斐もあってか、私と使用人たちの関係は良好だ。
「エマ。離れの様子、何か聞いてないかしら?」
私が離れに顔を出すのをよく思っていないシオドアだから向こうの様子を確認するのなら、エマたちから話を聞くしかないのだ。彼女たちの噂話もなかなか侮れない。
「そうですね……。なんか、あの女が、旦那様と喧嘩したらしいですよ?」
エマが言うには、ロンペル子爵領から戻ってきてしばらく経ってから「ここを出ていく」「わたしのことなんて愛していないんでしょ!」と、派手に喧嘩を繰り広げていたらしい。
きっとそれもあって、シオドアがリンダに贈り物をしているのだろう。彼女の気を引くためには、もっとも簡単でもっとも効果的だ。
「へぇ? そんなこと、まったく聞いていないわね」
「それはそうですよ。私たち、できるだけ向こうの話は奥様の耳に入れないようにって、みんなで決めているんですから。でも、奥様から聞かれたときは別です」
その気遣いになんともいえない気持ちになる。
「そうなのね。悪いわね、気を使わせてしまって」
「いえ。できるだけ奥様の気を煩わせたくないというのは、私たち、みんなの気持ちですから」
鼻息荒く拳を握るエマを見たら、その言葉に嘘はないのだろう。
「あなたたちは、手荒く扱われていない?」
シオドアがここの主人である以上、彼らだってシオドアの指示に従う必要がある。
「ありがとうございます、奥様。えぇ、私たちは大丈夫です」
「そう、それならいいんだけれど……」
紅茶を口に含んだが、香りも味もよくわからなかった。
「もしかして、奥様……美味しくありませんでした?」
こうやって私の些細な変化を、エマは読み取ってくれる。
「ううん? 疲れてるのかな。ちょっと味が……」
「では、甘いものはいかがですか? 何か用意いたしましょうか?」
「いえ、今はお茶だけでいいわ」
「そうですか?」
エマが不安そうに顔を曇らせると、いたたまれない気持ちになる。
それよりも、シオドアには予算の件を伝えなければ。これ以上のドレスや宝飾類を買うのは、控えてほしいと。
と、そこで私は、はっとする。
シオドアが私に贈ってくれた例のドレスは、ロンペル子爵家で支払った記録がない。つまり子爵家の予算ではないところから出たものだ。
もしかしてシオドアの私費……のはずはないだろう。そうであれば、リンダにもそちらから出しているはず。いや、そちらを使い切ったから、ロンペル子爵家に請求書が届いているのかもしれない。
どちらにしろ、シオドアとは一度、話し合うべきだろう。
それを考えただけでも気が重く、頭がズキズキと痛み出す気がしてきた。
「シオドアがどちらにいるかわかる?」
「恐らく離れにいるかと……」
やはりリンダのところだ。
「シオドアにこちらに来るよう、伝えてもらえるかしら?」
「はい、承知しました」
静かに頭を下げたエマは、部屋を出ていった。私は彼女が淹れてくれたお茶で口の渇きを潤す。
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