第六章(6)
店員が離れてから「多くない?」と訪ねてみたが「大丈夫、食べられるから」と彼は笑うだけ。
空腹が最高のスパイスだなんて言い出した人は誰だろう。店員が手にする料理がちらちらと視界に入り、そのたびに香ばしいにおいがお腹を刺激する。
「それ……」
アーヴィンは自身の耳を指で示しながらも、視線を真っすぐ私に向けてきた。
「似合ってる。よかった」
私も慌てて自分の耳に触れると、そこには彼に買ってもらった銀細工の耳飾りがある。
「ありがとう」
さすがに露店で売られているようなものを身につけて社交の場には参加できないが、私が自分で楽しむには十分なものだ。
「でも、ものの割には安い印象を受けたのだけれど……」
「あぁ。やはりイレーヌもそう思ったか」
ロンペル子爵領で儲けを出すためには他のところに何かしら売る必要があり、収支は帳簿で管理されているわけだが、そのときの売価によって子爵領の物価を推測していた。
その推測値と実際の値段に剥離があったように感じられ、安いと思ってしまったのだ。
「え? もしかして、アーヴィンもそう思った?」
店内のざわめきは私たちの声をかき消してしまうため、できるだけアーヴィンに顔を近づけてから告げた。
「まぁな。俺は各地の収支報告を確認できる立場にあるが、それとイレーヌからもらった情報、そして今日、目にした状況にちょっと違和感を持っている」
違和感と呼べるような何かは、ずっと胸をざわつかせていた。
「実際、イレーヌとシオドアの婚約が決まった前の年に、ポーレット公爵家の利益はがた落ちだった。一時期は国への支払いも滞るかもしれないと言われていたのに、蓋を開けてみたら、そんなことはなかった。あの状態からどうやって持ち直したのかと、一部では話題になっていたくらいだ」
だからそこでシオドアの婚約によって、ロイル侯爵家との結びつきを強化したいのだろうと思っていた。狙っているのは鉱山による利益。大臣への登用の見返りに共同権利を主張されたら、と父は勘ぐっていたようだが、その心配は杞憂に終わったわけだ。
「だけど、今日ここに来て、その原因をつかみかけたのかもしれない」
それが違和感としてアーヴィンの心に巣くっているのだろう。
「お待たせしましたぁ」
女性店員の元気な声で、私たちは弾かれたように姿勢を正した。料理の品を口にしつつ、店員は料理をテーブルの上に並べていき、最後に取り皿を用意してくれた。
こうやって料理を目の当たりにしたら、私のお腹も刺激され、すぐにでもぐぅと鳴りそう。でも、鳴ったとしてもこれだけにぎやかな店内なら、アーヴィンには聞こえないはず。
「美味しそうだな、早速、いただこうか」
「えぇ。だからさっきから言ってるでしょ? 私、お腹がぺこぺこなのよ」
早速、目の前のつやつやしたお肉に手を出そうとしたのだが、どうやって食べたらいいのかわからない。フォークはあってもナイフはないからだ。
アーヴィンはそんな私にすぐに気がついたようで「こうやって、食べる」と、肉に手づかみでかぶりつく。彼があまりにも美味しそうに食べるものだから、私も真似をして同じように手づかみで勢いよく食いついた。
「んっ、美味しい!」
「だろ? 値段も良心的で、料理が美味しいっていう評判の食堂だからな」
指についたたれをペロリと舐めるアーヴィンの姿に、鼓動が少しだけ乱れた。
「だから、行列もできるのね」
正解! とでも言うかのようにアーヴィンは薄く笑みを浮かべた後、残りの肉にぱくつき、あっという間に骨だけにしてしまう。
「ほら、イレーヌ。こっちも食べてみろよ」
次から次へとすすめられる料理を食べていくうちに、お腹がいっぱいになってしまった。いったいいくつの料理を食べたのか、覚えていないくらい。
「もう、お腹がいっぱいだわ」
「最後にデザートがある」
いつの間に頼んでいたのか、彼の言葉どおりデザートが運ばれてきた。それは、さわやかなレモンのシャーベット。こってりした口の中が、すっきりする。
「もう、これ以上は食べられないわ。こんなに食べたの、初めてよ」
シャーベットだから食べられたようなもので、これ以上の食べ物を詰め込んだら、お腹が破裂しそうだった。アーヴィンが次々と料理をすすめるから、それにのせられてしまったのだ。
「俺も、こんなに楽しい食事は初めてだ」
そう言ったアーヴィンは、輝くような笑みを浮かべた。
次回は8/1の予定です。




