第六章(5)
アーヴィンと手を繋いで二人で町中を歩けば、夢の世界にいるのではと心がふわふわとしてしまう。
「……イラ? 何か気になることでも?」
彼はそんな私の様子を敏感に察して、笑みを浮かべたまま顔を向けてきた。そうするとまた、胸の奥にチクリと棘が刺さったような微かな痛みが走る。
こうやってアーヴィンと二人でいる時間が永遠に続けばいいと、願ってしまう自分がいる。今が楽しければ楽しいほど、なおのこと。
「ううん? あなたとこうやって町中を歩けるなんて、夢みたいだなって……」
私が本音を口にしたとたん、アーヴィンが力強く手を握り直して、歩調を少しだけゆるめた。向こうから忙しなくやってくる人たちをうまくよけながら、どこかに向かって歩き続けるが、そのどこかがどこかは私にはわからない。
彼の足が向くまま、私もそれについていくだけ。
しばらく二人でゆっくり歩き続けると、木造の二階建ての建物の前で立ち止まった。その建物からは、賑やかな声と美味しそうなにおいが流れてくる。
「たまには、こういった人が多く集まるような食堂もいいかなと思ってね」
木の扉を押し開くと、カランコロンとベルが鳴るものの、それよりも店内はにぎわっている。
「いらっしゃいませぇ~」
女性の明るい声が私たちを迎えてくれた。
アーヴィンはすかさずぴっと指を二本立てて「二人」と伝える。
「お二人ですね」
女性はさっと店内を見回した後「窓際の奥から二番目のテーブルにどうぞ」と案内する。
「こっちだって」
がやがやとした店内に圧倒された私は、さっと帽子をとって、アーヴィンについていく。
テーブルが規則的に並んでいるが、その八割くらいには人が座っていて、食事を楽しんでいる。
窓際の奥から二番目は二人がけのテーブル席。
「すごくにぎわっているのね」
「ちょうど昼時だからな。もう少し遅かったら、並ぶ羽目になっていたかも」
テーブルの上にはメニューやら水差しやらが用意されていた。他にも調味料なども。
「イレーヌ、どれがいい?」
急に本当の名前を呼ばれて、ドキリと鼓動が乱れた。
「私のことをイラと呼ぶのはやめたの?」
「ここに俺たちを知っているような人たちはいないだろう?」
片目をつむってみせるアーヴィンは調子がいいと思いつつも、私も慣れない偽名を口にするよりは、慣れ親しんだ彼の名を呼びたい。
「相変わらず、あなたって調子がいいのね」
「それは褒め言葉だと思っておくよ」
「褒めてないわよ」
そんなやりとりも楽しいものだ。
「もう、私、お腹が空いたわ。ここに来たからなおさらね。どれがいいのかわからないから、アーヴィンにまかせるわ」
「イレーヌは昔からそう言う」
「何が?」
「いつも俺に選ばせようとする。そうやって、俺の好きなものでも探るつもり?」
何も言い返せない私は、彼をじっと睨みつけるだけ。
だけどそのとき、料理を運ぶ店員の姿が目に入り、その手にある料理がとっても美味しそうに見えたのだ。たれをつけて焼いた肉のようだが、表面がつやつやしていながらも、ところどころ焦げ目がある。
「じゃ、私はあれにするわ。だからアーヴィンは違うものにして、二人で分け合って食べましょう?」
「なるほど、それは良い考えだ」
アーヴィンが店員を呼んで注文を伝えるが、それを聞いただけで、いったい何人前の料理を頼むのだろうと不安になってしまう。
次回は7/25更新予定です。




