第六章(2)
だが、帰りの馬車ではシオドアが眉間にしわを作り、何か言いたそうに私のほうを睨みつける。
「どうかされました?」
その言葉がきっかけとなり、うっぷんを封じ込めていた蓋が外れたのだろう。シオドアは「先ほどの食事の場は、なんなんだ」と、文句を言い始めた。
「僕は君と町の視察に行く気はない」
「ええ、存じ上げております。だから、代表の誘いをお断りしたじゃありませんか」
「だが君は、こっそり行くと言った」
「はい。ですからこっそりです。あなたと一緒でないのなら、こっそりのほうがいいのでは?」
やっと私の言葉の意味を理解したようで、そこでシオドアは口をつぐんだ。シオドアには、リンダと一緒に屋敷で留守番でもしてもらったほうがいい。いざとなれば、得意の体調不良を使ってもらえばいいのだ。
子爵領の本邸では、使用人たちが屋敷の維持に努めてくれている。だから、突然、私たちが訪ねる予定を立てたとしても、難なく受け入れてくれた。
彼らは新婚の私たちに気遣って部屋を用意していたようだが「遊びに来たわけではなくて、仕事をしに来たの」と言えば、夫婦に別々の部屋をすぐに準備してくれたのだ。
シオドアと別れ、エマを連れて部屋に戻ると、やっと息をつけた。
「旦那様には困ったものですね」
エマは苦笑しながらも、お茶を淹れてくれた。さわやかな香りが漂うハーブディーは、ふっと心を軽くしてくれる。やはりシオドアと一緒にいると、弱みは見せてはならないという気持ちが働いて、どこか緊張しているのかもしれない。
「いいのよ、私は納得しているわけだし。それに、私がやろうとしていることに反対するわけでもないし」
あれはダメ、これはダメといちいち言われていたら、手間がかかって仕方ない。それがないだけマシだと思っている。
ただ私とシオドアには、互いの愛人との関係に口を出してはいけない約束があるから、彼もそれを忠実に守っているだけなのかもしれない。
「それでね、エマ。明日は町を見て回りたいのよ。あなたにも付き合ってもらいたいのだけれど、いいかしら?」
「はい、もちろんです」
「それから、護衛としてマルクスも連れていくわ」
マルクスはいつも私が出かけるときに同行してくれる護衛であり、エマとも仲がいい。
「そうですね。外を歩くなら、きちんと護衛を同行させてください。私一人では、何かあったときに対処できませんから」
「でも、今回はあまり大ごとにしたくないの。私がぞろぞろとあなたたちを連れて歩いたら、何ごとだって思われるでしょ?」
「ぞろぞろというほどの数ではありませんが……そうですね、少し距離を取って歩きましょうか?」
それから、と私は言葉を続ける。言うべきか言わぬべきか、悩んでいた。
「実は、アーヴィンと一緒なの」
「まぁ、王弟殿下とご一緒ですか?」
エマが口に手を当て、大げさに驚く。
「ちょっと。そんなに驚かないでよ……」
「驚きますよ。それに言ったじゃないですか。私は奥様と王弟殿下の味方ですから! てことは……二人きりになる時間を作ったほうがいいですよね?」
私よりもエマのほうが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「そんなに気を使わなくていいわよ。前のお茶会のときのように、少し離れた場所で私たちの様子を見ていてもらえれば」
それに変装していくから、私とアーヴィンが一緒にいても、誰も気づかないだろう。
それゆえのこっそり視察なのだ。
「アーヴィンとはゆっくり話がしたくて……」
頼まれていた帳簿の件、そしてそこにあった違和感。それを彼に相談したいのだ。
「わかりました。ではマルクスには、私のほうからうまく言っておきますから」
「えぇ、マルクスのことは頼んだわよ?」
エマがニヤニヤして言うものだから、私も同じようににやけて答えると、なぜか笑いが込み上げてきて、二人で声をあげて笑い出してしまった。
アーヴィンには、こちらに来る前に手紙を出し、数日の間、領地に滞在する旨を連絡していた。すると彼のほうから、領地を一緒に見て回らないかと誘いがあったのだ。
私も一度は領内をこの目で見ておきたかったし、シオドアは乗り気ではなかった。となれば、アーヴィンの誘いにのって、こっそり領内を見て回ろうと考えたのだ。
次回は7/4更新の予定です。




