第六章(3)
若草色のエプロンワンピースに身を包み、顔が隠れるほどのつばの大きな帽子をかぶる。
「まぁ、奥様。素敵です」
エマは大げさに褒めてみせるけれど、鏡に映った自分を見て、私自身もまんざらではない。
私だけが変装しても、エマとマルクスが付き人のような格好をしていたら、怪しい一行だと思われてしまうだろう。だから二人にも町中を歩いている領民のような格好をしてもらったが、それとなくエマのワンピースとマルクスのシャツの色を合わせてみた。
どこからどう見ても仲睦まじい恋人同士、もしくは夫婦に見えるだろう。
部屋に閉じこもっているシオドアには扉越しに「町の視察に行ってきます」と声をかけたが、うんともすんとも返事はなかった。
私はエマとマルクスと一緒に町へと向かった。この屋敷は町を見下ろすような位置に建っており、町への入り口までは歩けない距離でもないが、馬車で向かうことにした。
昼は町のレストランで食事をし、あとはぶらぶらとどんなところかを見て回るだけ。気になる場所があればよく見たり、話を聞いたりしようと思っているが、予定しているのはそれくらい。むしろ、アーヴィンと話をするのが一番の目的だったりもする。
町への入り口で馬車を降りると、その近くでアーヴィンが待っているはずなのだが、声をかけられるまで気がつかなかった。
「イレーヌ」
「アーヴィン?」
その人がアーヴィンなのかと疑いたくなるような、いつもと雰囲気の違う姿に、私は思わず目を丸くする。
「ああ、俺だが……。もしかしてイレーヌは、俺を無視して三人で町へ行こうとしていたのか?」
彼の視線が、私の後ろにいる二人に注がれると、エマとマルクスはバツが悪そうに顔をしかめた。
「そんなことないわよ。ただ、あなたがいつもと違っていて、驚いただけよね?」
私が二人に同意を求めれば、エマたちもこくこくと小刻みに首を振る。
いつもおろしている前髪は、ツンツンと元気に上を向いているし、それだけでも雰囲気はガラリと変わるというのに、少しくたびれた派手なシャツにトラウザーズという姿だ。
「どこからどう見ても……遊び人……」
思わず心の声が口から出ると、エマも顔を逸らして笑いを堪えている。
「それは、褒め言葉として受け取っておくよ。今日は身分をバレないようにして町中を歩くのが目的だからな。俺の変装もなかなかだろ?」
「そうね……」
できれば一緒に並んで歩きたくないと思ってしまうような姿だけれど、中身がアーヴィンだとわかればその気持ちも薄れていく。
「イレーヌだって、その辺の町娘と変わらない。ここはおとなしく俺にナンパされたってことにしておけばいい」
「そうね、せっかくのダブルデートかと思っていたけれど……私は、遊び人にナンパされた町娘ってことね。あっちの二人は恋人同士みたいだけど」
揃いの服を着ているエマとマルクスを見やると、二人は肩を丸めている。
「しまった、イレーヌはそう考えていたのか。失敗したな」
アーヴィンは悔しそうに顔をしかめたが口元がにやついており、それが心からの気持ちには見えない。つまり彼は、この状況を楽しんでいる。
「まぁ、いいわ。あなたが魅力的だから、ナンパされたことにしてあげる」
「そうか。だったら、お嬢さん。名前を教えてくれないか?」
「失礼な方ね。人の名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗ったらどう?」
後ろでマルクスがヒヤヒヤしながら私たちを見守っているのは、やはりアーヴィンの身分が原因だろう。
マルクスは、私とアーヴィンの関係をよくわかっていないようだから仕方ない。その辺はエマに任せよう。
「失礼、お嬢さん。俺はアーヴ」
偽名なのか愛称なのか、微妙な名前だ。
「私はイラよ」
同じように偽名なのか愛称なのか、微妙な名前を口にすると、アーヴィンはとうとう耐えきれず、ぷっと吹き出した。
「それよりも、私たちの三文芝居に付き合わされている二人のほうがかわいそうでしょ? さっさと行きましょ」
私からアーヴィンの腕にくっついて、二人並んで歩き出した。
次回更新は7/11の予定です。




