閑話:ポーレット公爵(1)
ポーレット公爵は、久しぶりに息子を呼び出した。
先日、ミュゲ伯爵家で行われた夫人の誕生日パーティーに足を運んだのがきっかけだった。
ミュゲ伯爵は昔から懇意にしている仲であるため、ポーレット公爵も久しぶりに撞球遊びを堪能した。しかしシオドアとイレーヌが結婚して三か月が過ぎ、息子にはちらほらとよくない噂がまとわりついている。
「父さん、今日はいったい、なんの用ですか?」
久しぶりの父子二人だけの対面だというのに、シオドアは不機嫌をまき散らしている。あまりにもわかりやすく、ポーレット公爵は苦笑を浮かべるしかない。
「シオドア。もう少し、自分を隠しなさい」
まだ日も高いが、ポーレット公爵は、ボトルから琥珀色の液体をグラスへと注ぎ入れ、それを半分ほど飲み干した。どうせ今日は、これ以上の仕事はないのだ。
「シオドア。おまえも飲むか?」
うんともすんとも言わない息子にも、酒を注いだグラスを渡す。しばらくは琥珀色で満たされたグラスをじっと見つめていたシオドアだが、何を思ったのか、それを一気にあおった。
そしてすぐに、自分でボトルから酒を注ぎ入れると、解けずに残っている氷を人差し指でちょんちょんと押し、指についた液体をペロリと舐め取る。
「それで? 自分を隠せってどういうことですか?」
酔いも回ってきたようで、シオドアの頬が赤味を帯び始めた。
「イレーヌの他に、女がいるのだろう?」
指摘されるとは思ってもいなかったのだろう、唇の端をひくりと歪める。
「別に咎めているわけではない。それをやめろとは言っていないだろう?」
公爵はグラスに口をつけると、濡れた唇で不気味な笑みを作る。
「やるなら、もっとうまくやれと言いたいだけだ」
傾いた太陽が差し込む室内は橙色に染まり、穏やかな時間が流れているはずなのに、公爵の周囲だけは冷たい空気が漂う。
「父さん……?」
何を言われたのか理解できていないのか、シオドアは不安げに眉根を寄せた。
「愛人を持つなとは言わない。浮気するなとも言わない。女遊びについて咎めるつもりもない。ただな……」
息子と同じ宝石のような青い瞳が、薄気味悪くゆらりと揺れると、シオドアは思わずゴクリと喉を上下させる。
「他の者にはバレないようにうまくやれ。もしくは、金を握らせて口止めするか……母さんのようにな」
シオドアの表情を見れば、母親のことを何も知らなかったというのは、一目瞭然だ。
「母さん……ですか?」
「あぁ。今だって、若い医師を部屋に引き込んでいるんじゃないか? 知らなかったのか?」
尋ねるまでもなく答えはわかっているというのに、息子のその驚愕の表情が見たかったのかもしれない。
「だからおまえも、周囲に知られないようにうまくやれと言っている」
息を呑んだシオドアを横目に、ポーレット公爵はちびちびとグラスを傾ける。
妻の火遊びは今に始まったわけではないし、ポーレット公爵だって妻一筋というわけでもない。愛のない結婚であったが、さらにやっかいなことに、互いに自尊心だけは高かった。
だから表面上は仲の良い夫婦を演じつつも、それぞれの愛を自由に謳歌しているだけ。
妻は息子を三人も産み育て、何も文句はない。若い男性にふらふらと心を持っていかれるところはあるが、それだって周囲に悟られずにうまくやっているのだから、注意する必要もない。
そのかわり、ポーレット公爵自身も好きにさせてもらっている。
「おまえは、女を離れに住まわせているのだろう?」
息子はわかりやすすぎる。愛人を離れに住まわせ、夜な夜なそちらへ通っているというのはヘルナントから情報が入っていた。イレーヌは何も言わないようだが、妻が口うるさくなければいいというわけではない。妻だけでなく、周囲の口も閉ざさなければ、意味はない。




