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第五章(5)

「食事の時間までこちらを確認してるわ。時間になったらエマを寄越してもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 ヘルナントは、手本のようにきちっと頭を下げると、執務室から出ていった。


 アーヴィンはここ五年のポーレット公爵家の収支を気にしていた。私とシオドアの結婚の話があがったのは約二年前。学園を卒業する数か月前だった。


 その前からポーレット公爵家の資金繰りについては噂になっており、私だっててっきりこの結婚が、ロイル侯爵家からの援助と財務大臣の推薦が裏にあるものだと思っていた。


 しかし、実際のところ、ロイル侯爵家はポーレット公爵家に援助はしていないわけで。となれば、二、三年前に何かしら転換期があったと考えていいだろう。


 そう思って過去の収支決算書にざっと目を通すと、やはり三年前からロンペル子爵領の収入がぐっと増えている。つまり、納める税金もそれに伴って増えるはずだが、その税金は公爵領と国への支払いを合わせて、収入から支出分を引いた二十パーセントと国で決められており、その内訳は半々だったと記憶している。公爵領へ十パーセント、国に十パーセント。


 だからロンペル子爵領が潤えば、ポーレット公爵領の収入も増えるはずだが、公爵家の収入と比較すれば子爵領なんて微々たるものだろう。


 どのような施策をして子爵領の収入を増やしたのかと、今度はそれを細かく見ていくことにした。

 これからは子爵邸で働く使用人たちに給料を支払わなければならないため、支出が増える。今まではポーレット公爵家が払っていた給料が、今度は子爵家から支払われることになるだから。


 となれば昨年よりも、今年に支払う税金は昨年より少なく見積もれるわけだが……。


「あら?」


 昨年と今年の帳簿を確認していると、なぜか違和感を覚えたが、それがなんなのかはわからずもやっとした気持ちが生まれる。


 気持ちを切り替えるために両手を組んで手のひらを上に向けて、大きく伸びをする。


 違和感として残る数字にピンとこない。となれば、行き詰まり。


 ただ、今年も支出より収入のほうが多そうであり、それだけでもほっと息をついた。下手をすれば支出が上回る場合だってあり、そんなときは私財をなげうってでもという話になるが、ロンペル子爵にはそこまでの資産がない。頼るところはポーレット公爵となるわけだ。


 扉が叩かれ、エマの声が聞こえてきた。


「奥様、食事の用意が整いました。こちらにお持ちしましょうか? それとも食堂になさいますか?」

「シオドアは? まだ離れで休んでいるのかしら?」

「はい。まだ具合が悪いそうで……今日は向こうでお休みになられるそうです」


 今日は、ではなく、今日もだけど。


 心の中でぼやいた私は「食堂へ向かうわ」と返事をする。

 シオドアがいないのであればどこで食べようが同じだが、私が食堂に姿を現すことに意味がある。





 体調を崩したシオドアだが、義父に誘われた夜会では元気な姿を見せてくれたことに、義母の表情がほっと緩んだ。


「シオドア、大丈夫なの?」


 母が息子を案じるのは、何もおかしなことではない。


「ええ、ご心配をおかけしました」


 公爵夫人に笑顔を向けるシオドアだが、私は真相を知っているだけに気持ちは複雑であり、顔が引きつりそうになってしまった。義母を騙すのは心苦しい。


 夜会では、シオドアから離れず義両親の後ろをついて回った。ちょうど蜜月を終えた私たちが外に顔を出し始めたと、そういう時期らしい。結婚式にも出席してくれた人たちにはお礼を兼ねて挨拶をするが、その間、私もシオドアも笑顔の仮面をピタッと貼り付けていた。


 夜会が終わって安心したのか、それとも偽りの結婚生活に疲れてしまったのか、今度は私が熱を出して寝込んでしまった。



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