第五章(2)
「そうだな」
「私をあの家から奪ってくれるのよね?」
上目遣いで問いかけると、アーヴィンは驚いたのか、わずかに耳を赤く染めた。
「君がそれを望むなら、俺は喜んで君を奪うつもりだよ?」
「私がポーレット公爵家の人間でなくなったとしても、父は今の地位のままでいられるかしら? でも、他に適任者がいればそれはそれでいいのよ? 例えば、あなたとか……」
「残念ながら、俺にはその荷は重いな。何人か心当たりはいるが……まだ、みんな若い。せめて、次の世代が育つまではロイル侯爵にはそのまま大臣を続けてもらいたい」
アーヴィンの言葉は、私に微かな希望の光を与えた。
「それに言っただろ? 必ず君をシオドアから奪うって」
「うん……」
「ロイル侯爵の件は俺にまかせてほしい。君があの家から離れたとしても、ロイル侯爵は悪いようにはしない。いや……むしろもっと活躍してもらいたいくらいだ」
そう言って艶やかな唇をひとなめするアーヴィンの姿に、胸がとくっと音を立てた。
「それよりも、私はあなたの質問に答えたわ。次のあなたの番よ? トリアスのこととか教えてちょうだい」
それを条件に私はシオドアと結婚した理由を教えたのだから。
「あぁ……まずは俺がトリアスに行った理由だが」
やはりアーヴィンは文官として国王を支えるために、他国の状況を見て回っていたようだ。
「今の俺なら自由が利くからな。他の国を直接この目で見て、兄上にいろいろと報告していたんだ。兄上を支え、セリウスへと繋ぐのが俺の役目だと思っている」
「あなたって……欲がないのね」
「欲……?」
「俺が国王になってやる! っていう欲」
私が冗談めかして言えば、アーヴィンは呆れたように肩をすくめる。
「俺だって欲はある。だけど、それは国王になりたいとか、そういったものじゃない。どちらかといえば……」
そこでアーヴィンは、やわらかな紫眼を向けてきて、私の視線を絡めとった。
互いに言葉を呑み込み、風に揺れる草花の音が耳を通り過ぎていく。生ぬるい風が庭園の香りを運んできて、この場をいっそう甘くする。
しばらく言葉もなく、互いの鼓動が聞こえるのではないかと思えるくらい、二人で見つめ合っていた。
その羞恥に先に負けたのは私だ。弾かれたように顔をそむけ、口を開く。
「それで? 他の国をぶらぶらとしただけの成果は得られたの?」
「当たり前だろ? 君は不思議に思ったことがないかい?」
「何を?」
脈絡もなくそのようなことを尋ねられても、なんのことやらさっぱりわからない。
「ポーレット公爵だよ。資金繰りが悪化しているという噂を聞いたことはないか?」
「えぇ、そうね。だからポーレット公爵家がロイル侯爵家に縁談を打診したものだと思っていたわ。そのかわり、こちらは財務大臣への力添えを期待していたわけど」
「それで、君がポーレット公爵家に嫁いで、実際はどうだった?」
アーヴィンは底光りするような疑いの眼差しを見せた。
「そうね。ロンペル子爵領に関しては、私のほうでも帳簿を確認したけれど……これといって困窮しているようには見えないわ。むしろ、あの領地の規模に対しては収入がよいのよ。私、感心してしまったわ。きっと領民に恵まれているのね」
「イレーヌ。それを五年分、確認できるか? できればポーレット公爵家の収支。もし無理ならロンペル子爵領の分だけでもかまわない」
「えぇ。ロンペル子爵の分ならすぐに確認できる。だけど、公爵家のほうは……ちょっと難しいかも。もしかして、そこにあなたがトリアスに行った件と関係があるの?」
「それはまだわからない。可能性の話をしているだけで。不確かな情報を与えて、君を混乱させたくない。だけど、ロイル侯爵家は悪いようにはしない。それだけは覚えておいてほしい」
私は小さく頷き、カップに手を伸ばした。胸につかえたもやもやも一緒に流し込むように、紅茶をコクリと飲んだ。




