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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
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宿命編23-双刃 天を仰ぐ-



「結局、陛下は如何いかがなさるおつもりなのでしょうか?」

「我々には「二王国を予定通り陥落せよ」と仰せなのだ」


 魔王軍、エーデルタニア間の国境付近森林地帯では仮設拠点内が設けられており、ケーニヒ指揮下の部隊が待機していた。

 現在、エーデルタニア側前線基地爆撃から五日が経過し、その間この拠点は場所を変えながら、作戦を継続していた。その目的は当然、裏切り者であるルークの抹殺である。


 そこにはケーニヒの他に『光の捕食者(イクリプス)』リーダー『ギャレッド』と魔王軍幹部『不動のシュナイダー』、伝達役の隊員、そして壁際に五名の若年隊員が居た。


 ケーニヒは左手を常にポケットに突っ込みつつ、もう片方の手でテーブルの上に地図に指を刺しながら、それを元に伝達役に指示を出していた。


「では、ルークはどうなされるのでしょう?まさか放置では?」

「違う。そもそも陛下は……

 ……陛下は『対ルーク戦』において、我々を戦力として数えていないのだ」

「兵はどれだけ死んでも構わないと?」


 そのケーニヒの答えに顔を顰めるシュナイダー。

 彼は警備部門の統括も務めており、両国境付近基地は彼の指揮下で守備体制を構築していた。つまりは彼の部下にあたる者達であった。

 魔王軍としては、上下関係はあくまで命令と服従。それ以上の情は持たない者が多いが、『蚊帳の外』ならまだしも「無意に殺された」とあっては良い顔も出来無い。


「それは違う。作戦目標は飛空挺による王国の壊滅。

 であれば、直接対決になる事はない……我々が余計な手出しさえしなければ被害は基地だけだった。

 どう転んでもルークは必ず陛下の元へと現れる。そこを叩けば良いと考えているのだ。

 故に本作戦の責任は全て私にある。それはお前も『ゼファーレン』も理解した上で参加を決めたはずだが?」


 静かに頷くと彼はそれ以上異を唱える事はしない。元々言われずとも承知の上だという事だ。 

 そして、この場には居ない幹部『雷帝-ゼファーレン』は既にエーデルタニア側前線基地、飛空挺艦隊と運命を共にしていた。


 ケーニヒは一度全員を見回す。

 そこには五名の若年隊員も含まれていた。

 彼らは、訓練校から上がったばかりでまだ年端もいかない者ばかり。だが、それぞれが真っ直ぐに前だけを見据えていた。その堂々たる姿にケーニヒの方が逆に顔を顰め、視線を逸らした。


「……だが、それを良しとは出来ん。

 ルークの行動もそうだが、奴と陛下の一騎打ちだけは絶対に阻止しなければならない」

「それは……戦えば、ヤツが勝つと?」

「違う。万が一にも勝算など産ませない為にだ。

 確実な勝利があるというのに、わざわざ対等に戦ってやる必要など皆無だ」

「では、なぜ陛下はそのような手段お選びになったのでしょうか?」


 その問いはシュナイダーではなく、ギャレッドからであった。


 『光の捕食者』部隊隊長ギャレッド。

 彼とケーニヒはグラサダ王国時代、主従関係にあった。

 それは魔王軍である今も変わらず。一度は最強部隊から降格されたが、以降も作戦部でその職務を任され続けた。彼はケーニヒの一番の忠臣である。


 その男がケーニヒに自身の謎を打ち明けた訳だ。

 陛下がなぜルークとの一騎打ちを望むのか?

 だがそれはケーニヒにとっては聞かれずとも当然の話であった。


「手持ち無沙汰なのだろう……

 このままでは何も労する事なく、戦争に勝利してしまうからな」

「それは……失礼ながら、それは喜ばしい事なのでは?」


 それは至って当然の反応。誰だって苦労なく戦いに勝つ事が出来るなら、その選択をするだろう。

 ケーニヒであってもそれは変わらない……だが、それは自分達が常人だからそう思うだけだった。


「我々からすればな。

 だが陛下は闘争をお望みなのだ……」

「ならば、尚更宜しいのでしょうか?

 陛下のご意志に背く事になるのでは?」

「良い。自力で辿り着けないのならそこまでだ」


 ケーニヒはその後も自身の職務を全うし続けた。

 だが、ギャレッドはその姿に違和感を感じていた。

 一見、今までの彼と大差なく見える。軍神として的確に指示を出し続けているが……

 その内は真逆。まるでグラサダ王国時代の燻っていた『剣神』と呼ばれていた男に戻っている。


 ギャレッドはそれを強く感じながら、何も言わずに彼の指示に従い続けた。

 一抹の不安を胸に抱いて……


———————————————


「……どうした、ルーク?疲れたか?」

「んな訳ねーだろ、バッーカ!

 糞魔王アンタケツ、見飽きただけだっつーの!」

「なら、前を歩くか?」

「木のが見飽きた」


 もう一ヶ月以上は、この糞魔王と共に魔王領北側の森林を彷徨っていた。

 とはいえ、遭難した訳ではない。所謂、『フィールドワーク』と言う奴だ。


 普段は魔王軍城塞都市内で訓練をするが、二年に一度程度、こうして外で訓練をする事がある。

 魔物や野党を相手につまらない戦闘を繰り返しつつ、たまに糞魔王が襲ってくる。

 一番の強敵が側に居て、いつ襲ってくるか分からない状況でのサバイバル。「誰が前を歩きたいのか?」という話。


 ……これが夢なのは分かってる。

 なんの面白味も無い。昔の思い出ってヤツだ。

 

「飽きるのは良いが周辺への警戒を怠るな?」

「わーてるっつの。

 アンタこそ、拾い食いして腹壊しても助けてやんねーかんな?」

「お前でもあるまいし……

 昔、私は助けてやったのだがな?心の小さい事だ」

「んな事ぁあったっけなぁ〜?

 昔の事ぁは忘れちまったなぁ〜?」


 以前のフィールドワークの時の事をネチネチと……

 掘り下げたのはお前だろって?知らねーな?んなの。


 夜になり、食事の為に焚き火をする。

 本日の夕食は川で捕まえた魚だった。 

 食事中、チラチラと敵意を感じた。


 ……糞魔王め。隙あらば攻撃を仕掛けようとしてきやがる。

 なので、こちらも「お好きにどうぞ」と隙だらけの態度をする。

 流石にあからさま過ぎて、奴は乗って来なかったけど。


明日あす、城塞都市へ帰還する。

 そして次に与える試験を突破したなら、今後もうお前に訓練を課す事はしない」

「え?マジ?

 やり〜。良い加減、おっさんと2人旅は気色悪ぃと思ってたんだよな〜」

「お前は、私の持ちうる技能の全てを習得した。

 正真正銘、魔王わたしの後継者となったのだ。訓練の必要はない。

 だが、今までの経験は私が用意した物だ。故にお前はまだ何一つとして自分で選択した物などありはしない。

 しかし、これからは違う。お前が選び、お前が決める。ここから先は自分自身の力で生きてゆくのだ」

「言われなくても、そのつもりだっつーの。

 ……良いのかよ?んな事、ハッキリ言っちまって?」

「構わん」


 この時の事は良く覚えている。魔王軍を出る少し前の出来事。

 結局、魔王の最後の試験とやらは聞けず終いだった。

 この後は特に会話はなく、そのまま就寝し、翌朝城塞都市に帰還した。

 ……はずだった。


「……俺がアンタに牙を向くとは思わねーのか?」 


 ……この言葉は記憶に無い。

 俺は言わなかったはずだ。特に何も言わなかったはずだ。

 聞くはずが無い。既にこの時、魔王軍を抜ける事を考えていた。

 故にわざわざそれを仄めかすような事をするはずがない。


「違うだろう?お前の本当に知りたい事は」

「……何、俺が?何を?」 


 魔王はこちらへ視線を向ける。

 強く何かを訴えるかのような眼差し。

 その眼には俺が反射して映り込む。

 お互いに、お互いだけを見据えていた。

 だが、そこに殺気は無い。敵意すらも。

 魔王アンタは一体……俺に何を伝えようとしている?


「全てを知りたくば、早く起きる事だ。

 そして私の元へ来い。ルーク」


———————————————


 ……………。

 ……………。

 ……『五人』か。


 木陰から音を立てずに静かに立ち上がる。

 右手には意識せずとも黒い刀身の短剣が握られていた。

 既にここでの戦闘が始まって五日が経過していた。


「……全く、血気盛けっきさかんな事で。

 位置が分かったなら報告に戻れよ?そうすりゃ、後三十分は寝れたのに」


 約一時間程度の仮眠の後、敵の接近で目が覚める。

 敵は五人。こちらの大体の位置は分かっているようで真っ直ぐに向かってきていた。



 王都でマーティスの死を偽装した後、早馬に魔法と鞭を打ちまくり、寝る間を惜しむ事で一日半で国境線まで走破した。

 そこからは今度は徒歩で目的地へと向かう事にする為、馬を放した。……流石に悪い事をしたな。だが、出来る事といえば、感謝とせめてこれ以上は戦いに巻き込まれない事を祈るばかりだった。


 俺の目的は魔王軍エーデルタニア側前線基地。もちろん投降ではなく、破壊の為に。

 ここまでの道中で飛空挺と爆撃音……その爆炎を見た。つまり、『ラディーティア』は落ちた。

 元々、おまけのような物だった為、作戦の失敗には繋がらない。若干の恩讐と共に予定通り、前線基地の破壊に向かった。

 概ね作戦通りだった。運が良かったのは、ここに『雷帝-ゼファーレン』が居た事。

 この爺さんとケーニヒだけは、魔王を倒す前に片付けておきたかったので、願ったり叶ったりではあったのだが……

 だが老いぼれても、流石は『雷帝』。かつて『大陸最強の魔法使い』と謳われた男。それが一筋縄では行く訳も無く。

 徹底した遠距離戦法と熟練の魔法は苦戦するのには十分。【蛮勇化】の使用は致し方なかった。


 ……問題はその後。


 『雷帝』を殺し、前線基地を後にしようとしたが……一歩遅かった。

 上空には『グラサダ王国』へと差し向けられ、補給中だったはずの飛空挺部隊の姿があった。

 その爆撃からなんとか逃れたが、その先には魔王軍地上部隊が待っていた。


 なぜグラサダに向けられるはずの部隊がこちらに向けられたのか?

 答えは簡単だ。なぜその事を考えなかったのか不思議なくらいに。

 ヒントはあった。なぜ魔王軍が大半の兵力を両王国間の国境封鎖に向けたのか……

 友好国のど真ん中で挟撃される形になる圧倒的不利な状況。飛空挺という切り札があれば、やらなくてもいいはずの作戦。その目的はグラサダの情報隠匿。つまりそれは……


 —『既にグラサダは魔王軍に降伏したという事』—


 そもそもあの国には既に最大戦力が欠けている。

 今のグラサダには『史上の騎士』も『剣神』も居ないのだから。

 『魔王サタン』を止められる存在が居ない以上、降伏は止む無し。

 むしろ、エーデルタニアが健在である内に交渉した方が有利に進む。

 

 ……本当になぜその事を考えなかったのか。

 とはいえ、仮にそれを知っていたとしても、俺に取れる策はこれ以外に無かったとは思う。

 つまり、状況を自分に都合良く考えてしまった訳だ。そしてそれは作戦自体にも言える。

 どうやら魔王軍は、俺が思っていた以上に俺の事を殺したくてしょうがないらしい。それはもう……王国以上に。


 そして今も魔王軍の地上部隊との交戦は続いていた。 


 敵がこちらが居るであろう木陰に歩み寄り、確認しようとした瞬間に飛び出す。

 すぐに一人を片付け、二人目を……と、思ったのだが……

 首を狙った短剣を受け止められ、鍔迫り合いになってしまう。


「噂通りの腕前だな」

「……へぇ、少しはやるじゃん?」


 俺の一撃を防いで見せた魔王軍の戦闘員。

 中々に良い腕をしている。

 ……と思ったが、逆だな。俺の体力が落ちている。攻めが安直過ぎた。


 距離を取ろうと思ったのだが、他の連中がこの隙に気かけてこない。

 むしろ、こちらの姿を確認すると、すぐに撤退を始めた。


 ……くっそ、またかよ。


 そちらに気を取られ、一瞬反応が遅れてしまった。

 鍔迫り合いの状態のまま、腹部に蹴りを貰ってしまう。

 が、おそらく狙いは距離を取る事。逃走の為に蹴り飛ばそうとした訳だ。

 なので、蹴りを貰いつつ、短剣を相手の探検に引っ掛けつつ、身体を回転させ、勢いを殺し、回し蹴りで相手の横頬を撃ち抜く。


「うぐっ!?」


 相手の蹴りの勢いをそのまま乗せた一撃は首の骨を砕き、その身体は力無く、大地に伏した。

 敵が全員撤退した事は確認済みだった為、手早く死体の衣服や持ち物を物色する。

 本来はすぐにこちらも場所を移動しなければならないが、そうしなければならない理由がある。


「……ちっ、しけてんな?カンパンだけかよ……」


 食べ物があるだけマシだが、出来れば別の物が良かった。

 なにせここ数日、これしか食べていない。まぁ、魔王軍でも甘味は貴重だから携帯食にはしないか。

 とりあえず、飲み物確保の為、背中のバックパックを漁り、水筒を抜き取る。中身は十分入っている。

 

 毒の心配もあるが……うん、大丈夫そうだ。


 少しだけ舌をつけるが特に痺れたり、味に問題は無かった。

 乾いた喉に流し込む。一気飲みは良くはないが、二本あると邪魔だし、一本は飲み干しても問題無い。

 食料と飲み物はこうやって確保している。


 だが、問題は敵が積極的には攻めてこない事だ。

 先ほどのように基本的にこちらの位置を把握したらすぐに撤退し、位置情報を地上の魔法部隊と飛空挺で共有して爆撃で追い込みと炙り出しを繰り返している。

 『兵糧攻め』のような物だろう。包囲網を構築し、こちらの食料や水分の補給を断ち、更に体力を削り続ける。

 俺が強引に包囲網を突破しようとすると、火力を集中し、空中からの爆撃と魔法による集中砲火で後退を余儀なくされる。

 本来なら徹底的に食料を断ちたい所だろうが、兵士だって人間だ。水と食べ物を最低限持っていないと敵と戦う所では無い。


 現状は、絵に描いたような『孤立無援』。……いや『孤軍奮闘』の方か?

 どちらにせよ、俺ほど『孤』という言葉が似合う男も他にいないと言う訳だ。

 ……だが、正直に言うと余裕のある状況ではない。


 ここに来て、『雷帝』との戦闘で【蛮勇化】を使ってしまった事が仇になっていた。

 まともな休息が取れない状況では、体力の回復は見込めない。既に体の節々の痛み、頭痛と眩暈。不調を数えればキリがない。この状況では【蛮勇化】は発動は出来ても、期待通りの強化は見込めない上に、一分も持続できないだろう。睡眠が取れている以上、『五日五晩』とは言わないが、疲労困憊ではある。

 もってあと二日。そこまでで攻めに転じられなければ、体力的に攻勢に出る事は困難になる。

 この状況を維持するだけなら一ヶ月程度はいけるだろうが、それはあくまで惰性で続けるだけ。どこかで攻勢に出れなければ、この包囲を突破する事は出来ない。


 この五日間、様々な方法で包囲網を掻い潜ろうとしたが、その悉くが失敗に終わった。

 最初こそ強引に突破を試みていたが、途中からは逆に相手側が攻めてくるのを待つスタイルに変更した。

 それが良く無かった。連中は五日間、一度として攻勢に転ずる事はなかった。やる事と言えば、嫌がらせと炙り出しの爆撃と、検索のみで発見し次第すぐに撤退を繰り返す。中には単騎で功を焦る奴もいたが、数人倒したとしても、全体の一割にも満たない。

 その癖、爆撃で右往左往させられるは、碌に休憩も睡眠も出来無いはで疲労しか蓄積しなかった。

 体力的に次がラストアタックだ。それが失敗すれば死ぬ以外の選択肢は無い。


 まさか糞魔王と戦う前に、ここまで追い込まれるとは思ってもみなかったな……

 いや、軍隊をまともに相手すればこうなる事は想像出来ていたはずだ。

 欲を出し過ぎた。ゼファーレンを始末し、後はケーニヒをと。そしてこの包囲網の先に奴が居る事もわかっていた。そこで欲が出た。それが良く無かった。奴の土俵で戦うのは愚策だった。


 だが、ここまで来た以上、ここから退く事は出来ない。

 目的を完遂する。この状況からでも全てをひっくり返せば良いだけだ。

 少しでいい。少しでいいから包囲網に穴が、チャンスが生まれれば……


 その場を移動しながら、ラストアタックの時期を見計らうのだった。



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