宿命編24-双刃 天を仰ぐ-
王都出発から四日後。
予定通り、国境付近に到着したクロノア達は揺動作戦の為に部隊を展開させていた。
「では、シルヴィアさん?準備は宜しいですか?」
「は、はい……」
「学院長、あんまり圧をかけるのは止めてあげてください」
魔王軍戦闘区域より、南東千五百メートル地点、森林地帯。
クロノア、シルヴィア、学院長の三名が森の中に仮設銃座を氷魔法で造形し、そこでシルヴィアが寝そべりながら杖を構えていた。
クロノアはその上を跨がるように待機。学院長は後方から圧をかけている。
「安心してください。
シルヴィアさんが失敗しても、連れてきた部隊が爆撃で吹っ飛ばされるだけですから、お気楽に♪」
「いや、責任重大過ぎて吐きそうです……」
「止めるなら今の内ですよ〜?」
「……や、やれます」
当初、クロノアが立てた作戦には飛空艇への対応策は無かった。
補給の間隙に作戦を行う物とし、飛空艇が確認出来た場合は即撤退。
……のはずだったが、学院長がそこに「待った」をかけた。
そして彼女が立案したのが「『宝杖-セレスティアル-』による遠方からの狙撃」だった。
「学院長の言う事は気にしないで下さい。
どう転んでも揺動にはなります。失敗したら尻尾丸めて逃げれば良いんです。
だから……お気楽に♪」
「……やっぱり吐き気が」
シルヴィアが狙撃手、そしてクロノアが観測手。
シルヴィアだけでなく、クロノアにも狙撃経験などある訳もなく、謎の余裕があるのは学院長だけ。
クロノアの役割は狙撃時の調整。飛空艇は上空千五百メートルを飛行する。その為、直下地点から千五百メートル離れ、そこを銃座とし、四十五度の角度に真っ直ぐに魔法を放てば命中する計算にはなる。
だが、重力や風の影響と魔法の威力で更に角度を上げる必要がある。更には飛空艇が本当に千五百メートルで飛行しているのか分からない。
シルヴィアが狙撃に集中出来るように、その役割をクロノアが担う事となった。
とはいえ彼女自身、魔法狙撃など経験がある訳もなく、出来るのはあくまで距離の測り方と風向きを考える程度であった。
しかし、不思議なのは学院長の様子だった。
どう考えても、成功確率の低いはずの作戦。
失敗した場合、真っ先に爆撃の標的となる危険過ぎる役割。
なぜか、彼女はこの狙撃に自信があるようなのだ。……自分は殆ど何もしないと言うのに。
と、考えていたクロノアだが、先に自分が口にした通り「揺動にはなる」例え少しでも包囲網に穴さえ開けば、作戦は成功と言っていい。
「初弾はいつでも大丈夫です。
シルヴィアさんのタイミングでどうぞ」
「う、うん……」
腹を括ったクロノアがシルヴィアへと指示を出す。
今だに全く自信のないシルヴィアだが、宝杖へと魔力を充填する。
杖の先に白く輝く魔力が収束され、その先端に球体状の魔力が高圧縮されてゆく。
数秒の後、準備が完了した為、そこで深く一呼吸。それを完全に吐き切る前に止める。
そして……
「ふぎュュゅッ!?」
ズドンッ!!と、ついでにシルヴィアの間抜けな声色と共に、光の砲弾が一直線に空高く舞い上がってゆく。その弾道は途中で弧を描つつ、飛空艇艦隊目掛け飛翔し、そして見事艦隊の一つに命中する。
……が、魔王軍の魔法使い達が展開した障壁に衝突するのみで消えて無くなった。
クロノアはこの砲撃に正直、度肝を抜かれていた。
学院長が提案した以上、「ある程度の威力はある」とは思っていたが、「飛空挺を破壊出来るほどの物か?」と疑問を感じていた。だが、その不安は今の一撃で完全に払拭された。
初弾は命中。しかし、狙いより大幅に外れ、狙った船と別の船に命中していた。とはいえ初にしては上々の戦果だった。
千五百メートル先で下方向へ戦艦二台分のズレ。更に左方向へ一台半程度のズレが生じた。
艦の横幅が大体四十メートル程だと考えると最大で八十メートル程度。大したズレではない。
そして、命中はしたが魔力障壁を貫通出来ていない。つまりそもそも威力が足りていない。加えて、魔法発射の衝撃で銃座が完全に崩壊して狙いが少し外れた。
それを考えればむしろ「上手く行き過ぎ」とも言える。
クロノアは学院長が作戦前に『言った事』を思い出していた。
この砲撃案が出た時にクロノアはそれに反対した。成功確率があまりにも低過ぎると考えたからだ。
だが、学院長は一言「シルヴィアさんが出来ると思えば出来ると思いますよ?」との事だった。
理由は全く論理的ではないが、『宝杖』は物理法則を完全に無視し、所有者は握っただけでその使い方を感覚的に理解出来る。
聞いた時は理解不能だったが、こうして実際に見て、ようやく意味が分かる。
こうなると、下手にクロノアが調節するよりシルヴィアの感覚に任せた方が良いまである。
……のだが、問題は本人が自信無さげな所だ。
「シルヴィアさん。射角そのまま。威力上げてください。
後は少しだけ右へ移動を…はい。そのぐらいで大丈夫です。
杖の角度を前と同じで保持してください。……このぐらいです」
「う……うん」
「学院長、ここで杖を固定してもらえますか?」
ある程度、知識として狙いの定め方をレクチャーするクロノア。ただしこれは形だけだ。
学院長の「出来ると思えば出来る」という言葉が本当であるならば、どういう状況でもシルヴィアに自信さえあれば、「当たる」という事になる。
つまり、クロノアに要求されているのは狙撃補助ではなく、彼女の不安材料を排除する事にこそあったと言う訳だ。
そして二発目の発射準備に入る。
先ほどと同じ工程をへて、杖へと魔力が充填される。
「んぎゅっ!?」
二発目の砲撃は逆に上方向へズレたが狙った艦の魔力障壁を僅かに掠める。横方向のズレはほぼ無し。
ただやはり障壁を破壊するには至らず、つまりまだ威力が足りない。
「シルヴィアさん?今どのくらいの威力で撃っていますか?」
「はぁ……はぁ……
えっとぉ……八割強くらい、かな?」
「射角を少しだけ落とします。……この位置で固定お願いします。
次は全力で打ってください」
「う、うん……」
「シルヴィアさん。自信を持って下さい、ほぼ狙い通りです。
次は当たりますよ。絶対に」
「……うん!」
三度、杖へと魔力が充填される。
そして放たれる砲撃。今度は間抜けな声を上げる事なく、砲弾は上空を飛翔する。
そして……
「当たったっ!」
三発目。狙い通りの船に命中。
……だが。
「流石に硬いですね〜」
だが、まだまだ威力が足りなかった。
障壁を貫通するも、そこで威力が激減。魔鉱石製の艦艇を撃墜するには至らず。
艦はバランスこそ崩しはしたが、一度下降するとすぐに体制を立て直してしまう。
「はぁ……はぁ……。ごめん威力、足りなかったね……」
「いえ。十分です」
飛空挺艦隊が北側方面へと撤退し始める……というよりは魔王領へ一時後退しただけであろう。
クロノアはこの展開を予想していた。撃墜の可能性だけでも示す事が出来れば、一先ず撤退するだろうと。
魔王軍としては、ここで飛空挺艦隊の損耗は避けたいはずだからだ。
それに魔王軍には、砲台を破壊出来るであろう、優秀な地上部隊がある。
「退いていきましたね?」
「向こうからすれば、この規模の魔力砲撃を個人で行なっているとは思わないですよ。元々当てる必要は無かった。近づけないようにさえ出来れば、一先ず成功と言って良いと思います。
……でも、大変なのはここからです。地上部隊が砲台排除に出て来ます。次は学院長に頑張って頂く番ですね」
「全く……あんまりロートルをこき使わないで頂きたいですね?」
「鞭でも打ちましょうか?」
「もう打ってるでしょう?それは?」
「シルヴィアさんも休ませないとですし」
クロノアがシルヴィアの体調を心配する。
顔がやや青ざめ、肩で息をしている状態だった。
「はぁ……はぁ……
私ならまだ大丈夫だから」
「……まぁ、そうでしょうね」
「平気だ」と返事をするが、クロノアにはとてもそうは思えなかった。
だが、学院長は冷静に…いや冷徹にその言葉に同調する。
その時、学院長が魔眼を使っている姿をクロノアは初めて見ていた。
シルヴィアの方向を見ているから、体内の魔力量を計測していると思われる。クロノアが見る限り、彼女は軽度の魔力欠乏症状が出ている。あれだけの砲撃を三発打った後にしては元気ではあるが。
……しかし、学院長の評価は違ったようだ。
「今まで大分甘やかされていたみたいですね?
まだ、魔力量半分以上は残ってますから、そこまで消耗はしていないはずですよ」
「……え?」
「そう……なんでしょうか?」
「『魔眼使い』は心臓だけでなく、脳からも魔力を生成出来る。
今まで体だけから魔力を使ってきたから、慣れていないだけですよ」
その二人の姿を見て、学院長は「この二人、結構相性良いかもしれない」と考えていた。
シルヴィアは今口にした通り、圧倒的に経験が足りていない。それをクロノアがカバー出来る。というのもだが、【レイディアント】の派手さは、クロノアが隠密に徹するのに都合が良い。
更に彼女の目には、普段ルークの側に居るクロノアはやや頼り無く映っていた。しかし、シルヴィアや他の者との会話を見ていると、堂々とした印象を受ける。
先輩後輩という関係性もそうだが、戦闘においてルークにクロノアのフォローが必要ない。その所為で一歩退き気味になっているのが原因。逆にルークが居なければ、頼りになる印象すら受ける。
「そちらは貴女達にお任せしますよ。
先に言っておきますが、最悪の場合は撤退を最優先して下さい」
ここからの動きはクロノアが当初立案した通り。
後方に下がり、平野で学院長の氷結魔法を中心になるべく後方から戦闘を行い、可能な限り時間稼ぎを行う。幹部クラスはルークの囲い込みに回るはずなので、すぐに迎撃には来ないと考えてはいるが、状況が長引けば話は変わる。むしろ、少しはこちらに引きつけなければルークが確実に包囲網を突破出来る時間を稼げない。
つまり幹部か、それに類する実力者が出てくるか、飛空挺が引き返してくるまで時間稼ぎを行い、後に速やかに撤退するという作戦だった。
三人は一時後退し、平地地帯で魔王軍を迎撃する準備に取り掛かった。
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「なんだ、ありゃ?」
魔王軍の包囲網内で逃げ…いや、移動を続けながら、飛空挺の動向を逐次確認していた。
だが、まさか地上から砲撃が飛んでくるとは思いもしなかった。
三度の砲撃は魔力障壁を貫通するも撃墜には至らず。しかし、撤退には追い込めたようだ。
にしても、飛空挺は上空千メートル以上を飛んでいるのに、そこまで届くほどの魔法砲台を王国が所持しているなんて話、聞いた事が無い。おそらく魔王軍も知らなかったはずなので寝耳に水であっただろう。
状況的にこちらの救援に来たと考えて良いはずだが……
もちろん、王国の正規部隊であるはずがない。これは俺が失敗して死ぬ事が前提の作戦。とすれば、来たのは学院長指揮下のクロノア含めた寄せ集め部隊だろう。
問題は砲台が「本当に砲台なのか?」という点だ。一度学院長にも飛空挺対策を聞いた事があるが、回答は当然「NO」だった。それを考えると、学院長ではなく、エーデルタニア王国でもない別勢力である可能性も出てくる。というより、その可能性の方が高い気すらする。
とはいえ、砲撃の方向や状況を鑑みるに、やはり学院長の部隊であろうとは思うが……
……いや、今はそれを考えている場合では無い。
そう。今はこの七日間待ち続けた千載一遇のチャンスだ。
とにかく、一度包囲網を突破する。考えるのはそれからでいい。
そこからすぐに魔王軍方面へ移動しようとする。
元々、向かう方向がそちらだという理由もあるが、現在飛空挺艦隊が南西にいるのも理由の一つ。
飛空挺の下を通れば当然爆撃の危険がある。砲撃が南東から撃たれている事を考えれば北上して射程から逃れようとするだろう。つまり東か北かに逃げるのが無難だ。ならばやはり北が良い。東に言っても何も無いのだから。
だが実際にそちらへ走り出そうとすると、後ろ髪を惹かれる感覚があった……理由はわかる。砲撃の事だ。
確証がある訳ではないが、収束された魔力が気になった。あれは詠唱と陣を介した『魔法』ではなく、純粋な魔力を圧縮放出したものに見えた。魔力圧縮自体は一般的な技術なので不思議は無いのだが……
あれだけの魔力出力を出せる人間に学院長以外に一人、心当たりがあった事だ。
「……いや、まさかな」
その考えを自分で否定する。
そして決める。あれがなんであれ、今自分がしなければならない事は一つ。包囲網の突破だけだと。
俺はその為にすぐにその場から動き始めた。
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一方、魔王軍仮設指揮所では……
「よろしいのですか?」
「良い。飛空挺は南東から圧迫をかけさせろ。
地上部隊は二分し、一つは今まで通り爆撃魔法による圧迫を西から。
もう一つは砲台の破壊に向かわせろ」
飛空挺艦隊が砲撃を受けた事で部隊を再編していた。
突然の事と言うのもあるが、予想していなかった攻撃に動揺もあった。
動じていない訳ではないが、その中でもケーニヒ、シュナイダー、ギャレッドは冷静に指示を出し続けていた。
「では我々は北側でルークを迎え撃つと?」
「……」
シュナイダーからの言葉に指示を詰まらせるケーニヒ。
通常であれば、そちらを優先する。本来なら今暫くこの状況を続ける予定だったが、それは横槍が入らない事が前提だった。この作戦はルークの体力だけでなく、自分達も徐々に疲弊してゆく事になる。その状況で後背から攻撃を受けるのは避けたいと思うのは自然な事。ましてや、その奇襲の所為で標的に逃げられては元の木阿弥だ。
故に、『砲台の破壊』と『ルークへの詰め』を同時に進行する必要があった。
「ギャレッド」
「はっ」
「お前は部隊を率い、北側から圧迫をかけつつ、ルークを足止めしろ。
『死守』だ。……わかるな?」
「はっ!」
ギャレッドは部下を率いてすぐに持ち場へと移動を始めた。
その様子を黙認していたシュナイダーだが、その指示を疑問に感じていた。
「ご自身で向かわれるものかと思いましたが?」
「状況が状況だ。
砲台は王国にとって飛空挺に対抗出来る秘密兵器だ。魔王軍に情報が流れなかった以上、大量生産には至っていないはず。ここで確実に叩いておきたい。
標的の相手をしながら後背の心配などしたくはないからな」
「それだけならば、ギャレッド殿に任せても良かったのでは?」
「話はそこまで簡単ではない。
ラディーティアに投入しなかった兵器を今ここで使ってきた。単純に時間的な問題かもしれんが、連中としても秘密兵器をここで失いたくはないはず。
来ているだろうな。魔女が。となれば、ギャレッドには荷が重い」
『冷血の魔女』。その名に強く反応するシュナイダー。
彼が個人的に、魔女との対戦を望んでいたからであるが、それは本作戦には関係のない話。
だが、シュナイダーの目からはケーニヒも同じように。いや、それ以上にルークとの決戦を望んでいるように見えていた。だから、それをギャレッドに任せた事が意外であった。
「今のルークであれば。と言う話でしょうか?」
「違う。例え一ヶ月続けても、アレではルークに勝てん」
「……」
シュナイダーの言葉に一瞬、苛立ちを覚えるケーニヒ。
先に「死守」という言葉を使った事から察すると考えていたからだ。
だが……ケーニヒの苛立ちの理由がそこでは無かった事に自分自身で気がついてしまった。
シュナイダーは幹部の中でも前大戦を経験していない為、まだまだ部下への甘さが目立つ。それは元から知っていたはずだからだ。
故に自信の苛立ちの理由は……「ルークがギャレッドに負ける」と言われた事にこそあったのだと。
— あれを殺せるのは陛下以外に私以外ありえはしない。いや、あってはならない —
それが分かると、それ以上の言及を止め、すぐに自身も出陣の準備を始める。
「五分で肩を付ける。
だが魔女はあくまで前座だ。あまり魔力を使い過ぎるな?
我々の戦略目標は魔王の後継。その抹殺だ」
「はっ!」
ケーニヒのその後ろに追従するシュナイダー。
二人は南東エーデルタニア側、国境付近へと移動を始めるのだった。




