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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
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宿命編25-双刃 天を仰ぐ-


「さて、初手はこんな物でしょうか?」


 【アブソリュート・ゼロ】によって、凍土と化した平原を眺めながら呟く学院長。

 氷の平原には何人もの魔王軍兵士の氷像が出来上がっていた。

 仲間の亡骸を掻き分けるようにその後ろから次々に敵部隊が学院長へ向かって来る。


「【ダイヤモンド・ダスト】」


 迫り来り多数の兵士に対して放たれる魔法。だが、見た目には特に変化は無かった。

 しかし、数秒後には彼らは膝から崩れ落ち、苦しみ出すと、動きが完全に沈黙する。


 氷結魔法【ダイヤモンド・ダスト】

 【アブソリュート・ゼロ】による広域氷結という工程を踏み、中域に自身の魔力を飽和状態にする事で、中域内に侵入した者に魔力を吸引させ、体内から凍りつかせる魔法。


 魔王軍もその魔法に気がつきすぐに氷結地帯から退く。

 そこから体制を立て直す為に隊列を組もうとしていたが……


「【グレイシャル・ブラスト】」


 退避した兵士の体内から、氷塊が迫り出し、近くにいた他の兵士の体を貫く。

 先の【ダイヤモンド・ダスト】を吸い込んだ者を時間差で発動。今度は遠隔で魔力を更に送り込み、氷結魔法を炸裂させた。


 これによって敵陣は完全に崩壊。

 他にも魔法が仕込まれた仲間がいるのではないかという疑念は隊列の再編成の妨げとなるには十分だった。


 魔法使いにも関わらず、最前線で戦う学院長。

 その後方に控えていた味方部隊が行動を始める。


「豪快ですね。

 まぁ、目立ってくれる分にはこちらは楽で良いんですが」

「マリア先輩は昔から情け容赦ないですから。……味方にも」

「でも、あんなに魔力使い過ぎて大丈夫なのかな?」

「大丈夫では無いでしょうけど、そもそも長時間の戦闘は想定していないので。

 バンバン撃って、バンバン敵を減らして、バンバン時間を稼ごうって作戦ですね」

「略して『BAN×3作戦』だね!」

「……いや、別に略さなくて良いです。

 元気になったようで何よりです」


 砲撃から体力を回復させたシルヴィアはまるで何事も無かったかのように平然としていた。

 学院長のいう通り、彼女のキャパシティにはまだまだ余裕があるようだった。


 などと呑気に話していた所、颯爽と氷の崖に立つ、学院長が振り向かずに圧をかける。


「貴女達〜?特にイルミナさ〜ん?

 楽しくおしゃべりしている暇があるなら、右翼の敵を片付けに行きなさい。

 陣形を崩されたら即席の部隊は全滅しますよ?」

「はい、ただいま!

 喜んで行って参りますッ!!」


 イルミナは一度敬礼をすると、北東側へすっ飛んでいった。

 その姿を呆然と眺めてしまう二人。なにせ、数秒前までは頼り甲斐のあるお姉さん的なポジションだったのに学院長に指示された途端、この転身っぷり。エルビーが幻滅気味なのもわかるという物だった。

 

 クロノアも左翼防衛の為に準備に取り掛かろうとする。元々、イルミナ、シスベルトの両名に右翼を。クロノアが左翼を担当する予定であった。


「クロノアちゃん?」

「はい、どうかされましたか?」


 そのクロノアを引き止めるシルヴィア。

 やや小さめの声で問いかけるその様子から内密の話がある事を感じていた。


「クロノアちゃんはどうするつもりなの?」

「えーと……作戦の事でしょうか?」

「ルーク君は包囲網を突破して、そのまま北上しちゃうんだよね?

 だとしたら、ここでなんとか追い付かないと、もう会えないかもしれないんだよね?」

「……」


 クロノアも考えていた。その為に部隊を引き連れてきたと言っても過言では無い。

 彼女は元々この部隊を囮にするつもりだった。「ルークを逃す為に」というのは全員が周知しているが、それと目的はもう一つ。クロノア自身が国境を越える為だった。

 部隊の撤退に合わせて、それを囮とし、彼女自身は逆に北上するつもりなのだ。しかし、もしシルヴィアを加えたなら……

 クロノア一人なら隠密行動は慣れている。現状、国境線付近は警備体制が厳重である事が予想されるが、この策なら突破は容易。

 問題はルークに追いつけるかどうかだが、七日間魔王軍に追い回され疲弊している為、休養をとる必要がある。十分に追いつけると踏んでいた。


 つまりシルヴィアには何も伝えるつもりは無いという事だ。


「私達だけでは国境すらも越えられない。魔王軍に捕捉されてそこで終わりです。

 今は先輩が包囲網を脱出する事を優先に動くしかないと思います」

「でも……多分、なんだけどね?

 ルーク君、帰ってくるつもり無いんだと思う。説明は難しいんだけど……」


 シルヴィアの不安はクロノアも感じていた。

 何も告げる事なく、居なくなった事もそうだが、飛空艇上での決戦というのが引っかかっていた。

 まるで、自身が死んでも魔王を道連れに出来ると考えているようで。


 だが今、彼女の一番の疑問はそもそも「なぜシルヴィアがルークの事をここまで気に留めるのか?」という所にあった。確かに何度か命を助けられた恩はあるだろうが、それは「敵地まで赴くほどなのだろうか?」と。

 ルークよりもクロノアの方がシルヴィアとの関係は深く、自分ならばとは思うが、王国で生まれ育った彼女がなぜそんなことをする必要があるのだろうか?

 二人の間に何か……と考えるが、考えても無駄だ。ルークはクロノア以外との関係が浅過ぎる。

 しかし、ルークのシルヴィアへの接し方は他の者と比べて特別には感じていた。その理由がここにあるのかもしれないとも。


 ……でも、それを知りたくない気持ちがクロノアにはあった。


「二人の間に何があるのか、今は詮索しません。

 仮にシルヴィアさんの言う通りだったとしても、信じて待つ以外に無いんです」

「でも……」

「特にシルヴィアさんやエイマンさんは、自信の立場をもっと自覚すべきです。

 王国内の情勢が学院長に逆風である今、もしもの場合誰が責任を取らなければならなくなるのか。

 ここを乗り越えれば全て終わりでは無いんです。仮に先輩が魔王を倒せても、それで終わりでは無いんです。そこから停戦に持ち込めなければ、どちらにせよ王国は滅びます。

 その為には学院長の力が絶対に必要なんです」

「……う、うん。

 それは分かってるつもりだけど、でも……」


 全然納得していないシルヴィアに追い打ちをかける。


「でも、では無いんです。

 ……これ以上は言いません。シルヴィアさんならご納得頂けると思いますので」

「……わかってるよッ!

 そんな事、転生してから耳にタコが出来るぐらい言われてきたんだからッ!

 今更クロノアちゃんに諭されなくてもわかってるッ!」


 シルヴィアの怒号に一瞬狼狽えてしまうクロノア。

 普段温和な彼女が激怒するとは思っていなかったからだ。


「な、なら、尚更……」

「だから、頼もうとしたんじゃないッ!

 そもそも邪魔者みたいに言うけど、私が来たおかげで飛空挺を撤退させられたんじゃんッ!」

「元々、飛空挺は相手しない予定でした!

 居てもいなくても作戦に影響は出ていません!」

「ちょっ!?シルヴィー!?

 クロノアも、落ち着いてって!?」


 シルヴィアの声に周りが「何事か?」と騒ぎになり、エルビーが慌てた様子で駆け寄ってくる。

 流石に「マズイ!?」とクロノアは思ったが、当の本人は全く退くつもりが無い様子だった。


「嘘つきッ!一人でルーク君と合流しようと考えてたのわかってるんだからッ!」

「え!?いや……

 ……そっ、そんな事、考えて無いですよ…?」


 まさか、シルヴィアにバレているとは……

 あまりにも図星を突かれてクロノアは狼狽えてしまった。

 その様子を見て「やっぱり!」と言わんばかりに体を乗り出して、追撃しようとするが、その足元に冷気が走り、地面を凍り付かせた。

 それが学院長の怒気である事は言われるまでも無い話である。


「あの二人とも?

 戦場で喧嘩するなら帰ってもらえます?邪魔なんですが?」


 見るに見かねて、というより本気で目障りだったのだろう。学院長がいつにも増した圧でそう言ってきた。

 それ以前に戦場で口論など、とクロノア本人も反省はするも、かと言ってシルヴィアの要求を飲む訳にもいかない。

 今の会話は聞かれたのは「マズイ」と、クロノアは明らかに気まずい表情を浮かべる。

 

 エルビーやエイマンに宥められ、シルヴィアはそれ以上は口にはしなかったが、クロノアの方を強い眼差しで見つめ続けていた。

 だが、それ以上に厳しい視線を向けていたのは学院長の方だった。 


「クロノアさん?」

「はい……なんでしょうか?」

「貴女も葛藤はあるでしょうが、軽率な行動はしないようお願いします」

「……はい」


 口論の件か、ルークと合流しようとしている件か。

 おそらくはその両方だろう。学院長から釘を刺されるクロノア。

 だが、彼女の中では「状況が混乱すれば、誰にも止められる事はない」と考えていた。



 クロノアは予定通り、左翼防衛に就く。

 そこにはシルヴィアも部隊内に居たのだが、今更編成を変える訳にもいかない。


 クロノアは粗方の指示を終えると、黒いマントを羽織り前進する。

 彼女の幻惑魔法【擬似不可視迷彩ニア・インビジブル・ジャケット】と【不可視迷彩インビジブル・ジャケット】の併用効果で相手に限りなく気配を探りずらくさせている。


 この【擬似不可視迷彩】は【不可視迷彩】のように完全に姿を消せる物では無く、あくまで気配を誤魔化す事の出来る魔法だ。

 【不可視迷彩】は他者へ発動する事が出来ない魔法では無いが、発動中姿を消すには、本人の技量を要する。

 その為事実上、他者へと付与する事は出来ない。

 だが、この【擬似不可視迷彩】は逆に対象者の気配を高める効果を持っている。

 今クロノアは、学院長へ魔法を付与し、敵に対してその存在を強調する事で、結果として周囲の自分達へ注意を向きづらくしている。学院長ほどの存在感が有って、初めて成立する魔法。

 

 とはいえ、個人で突出した今のクロノアは目立ち過ぎている為、全ての敵からの視線を掻い潜る事は難しい。

 先行したクロノアへと左翼の敵が集中する。学院長の援護が右翼に集中気味の為、今の内に距離を詰めようと敵も前進してきたのだ。つまり右翼側に敵が集中している。ここまでは予想通り。


 背後からシルヴィアによる砲撃が次々に放たれる。

 魔王軍からすれば、完全に予想外の攻撃。なにせ、注意が学院長とクロノアに分散し過ぎている為、後衛部隊からの攻撃に対して警戒が薄れている。でなければ、切り札の砲撃を敵に捕捉されるような形で使ったりはしない。

 とはいえ、砲撃が単調すぎる為、流石に回避はされてしまう。だが、その隙にクロノアが【不可視迷彩】で身を隠すには十分過ぎる時間だった。

 何もない平地では隠れる場所は無いが、敵と肉薄すれば話は変わる。砲撃と敵の気配の中に紛れ込めば、効果は十分に発揮出来る。


 クロノアはシルヴィアの砲撃から逃れた敵の首元を次々に斬りつけてゆく。

 迫り来る敵、その全ては無理だが、可能な限り倒してゆく。取りこぼしは他のエイマン率いる騎士団一個小隊とシルヴィアと同ラインで待機する魔法師団だけでも対応出来る。


「うくっ……!?」

「そうそう容易くらせはしないっ!」


 隠れられていると思い、次々敵を屠っていたクロノアだが、中には姿を捉えられている者もいる。

 作戦部は【血塗りの猟犬】が最強部隊ではあったがそれだけではない。それに次ぐ実力者が所属している為、クロノアと実力は拮抗している。故に正面から斬り合うと、単純な体格差で不利になる。

 

 魔王軍兵と斬り合いになるクロノア。

 初手の鍔迫り合いから、強引に斬り払われ体制を崩された為、数度斬り結ぶも逆転叶わず、そのまま足を掛けられて、背面から地を転がる。そこでクロノアにトドメを刺す為、短剣を振り上げる。

 流石にマズイか。まだ万事急須では無いが……

 彼女には、「撤退まで魔力を出来る限り温存しておきたい」という狙いもあったが、既に【擬似不可視迷彩】を最大稼働している為、魔法力に余分なキャパシティが無い。状況を打開する為にはそれを一時的に解除しなければならない。だが、【不可視迷彩】同様、一度魔法を切ると次発動時、効力を発揮するまで時間を有する。存在感を操作する魔法である為、目の前の敵を認識してしまうと一度それが薄れるまでは他の認識を強調しても意味が無いからだ。そうなると左翼だけでなく、右翼側の戦局にも影響を与えかねない

 

 その迷いが命運を分けた。

 既に対処出来ない状況になってしまっていた。

 せめて致命傷だけは、と逸らす準備をしていた所で……


 クロノアの直上で光弾が輝く。

 光弾は目の前の敵に命中。激しく爆ぜた……ように見えた。

 短剣が腕から弾かれ、宙を舞うも怪我は無い。見た目ほどの威力は無かった。

 シルヴィア自身が手加減をした結果なのは、飛空挺砲撃を考えれば明らかだった。


 クロノアは両手を頭上の地面に突きつつ、逆立ち状態になると、相手の首目掛けて飛び付く。

 一度、両太ももと足で相手の顔をがっちり挟み込むが、すぐに一瞬力を緩めると両腕で首の骨を叩き折る。


「うがッ!?」


 クロノアは魔法軍兵が倒れるのと同時に地面に着地する。

 だが、まさかシルヴィアが援護してくれるとは思ってもみなかった。先の口論もそうだが、彼女はそもそも人に対して砲撃をする事に否定的だったからだ。現状の砲撃は威嚇射撃前提の攻撃ではあったが、それでも抵抗はあったはず。

 そう思い、一度シルヴィアの方へと視線を向けて、その様子を確認するが、見た目には特に変化はない。体調に問題が無いのは良いのだが……


 クロノアが一時的に釘付けにされた為、想定以上の敵兵を後ろへ通してしまった。

 という事もあるが、接近された事で敵に砲撃の正体が露呈してしまった。

 後方が心配になり後退しようとするが……


「エイマン、そっち行ったぞ!」

「任せてくれ!」

「エイマン様、あまり前に出過ぎぬようにっ!?」

 

 などと、騎士団員の心配を他所にエイマン、ディーオントが大活躍を見せていた。

 その為、迎撃には成功。想定より前進し過ぎている事が、気になりはしたが。


 クロノアの予測以上に魔王軍の兵の数が下ブレていた。

 当初五百程度の部隊は想定していたが、現状二百も無い。

 それだけルーク側の包囲に敵が集結している訳ではあるが。

 

 ……この調子なら、想定よりも敵を多く無力化出来るかも。


 そう考えた所で、ようやく冷静になる。

 だが、それは「自身の意思によって」では無い。


「学院長っ!?」

「今のは……」


 一瞬の出来事。

 周囲に冷気が走ると同時に突如氷柱が発生。学院長目掛けて一直線に伸び、戦場を左右に引き裂く巨大な壁へと変貌を遂げる。丁度学院長の居た辺りでは氷塊が爆ぜたように広がり、そこから左右へ流れるように新たな氷塊が生まれていた。元々、学院長が作り出した氷の丘は形を変え、まるで王国軍の退路を囲う要塞のようになった。


「しまった……」


 クロノアはその光景を見ながら、自身の判断に毒づく。戦線が縦に伸びていた所で気がつくべきだった。

 敵に想定以上に前進してしまっていた。これは単純におびき寄せられていただけ。これにより学院長が孤立。右翼と左翼が断絶状態で連携途絶。

 そこまではまだ良い。問題は右翼側に敵が集中させ左翼側を逆に手薄にしようとした事だ。

 明らかな揺動。つまり今、一番危険な場所に居るのは……


「飛んで火に入る夏の虫が元魔王軍の人間とは皮肉な話だ。

 とはいえ、前座に時間を割く訳にはいかんな。早々に舞台から退場願おう」


 顔に黒く炎の刺青を入れた男がクロノアの前方の冷気の中から姿を現す。

 当然それが何者であるのか、すぐに判別が出来る。

 『軍神ケーニヒ』。彼女の予想より随分と早過ぎる参戦だった。


「くっ……!?」

 

 すぐに後方のシルヴィアに合図を送る。

 片手を上げ、「しっし」と手を追い払うように振る。

 その意味を理解し、彼女は空へ魔法を飛ばす。炎の魔法は空で赤く一瞬燃え、すぐに消える。

 撤退の合図。事前に決めていた物である。


「撤退するのは構わんが、砲台は破壊させてもらう」

「させないッ!」


 クロノア目掛けてケーニヒが距離を詰め、刃を抜き放つ。

 長剣のケーニヒを短剣のクロノアは更に得意の幻惑魔法を展開し、相手の網膜に自身の幻影を映し出す。

 これにより、【擬似不可視迷彩】は効果を無くすが、学院長の状況が分からない為、既に効力を失っているので関係ない。


 数度の斬り合いの後、勝敗はすぐに見える。

 クロノアは防戦を強いられた。幻惑は効果を発揮せず、彼女はチャンスどころか間合に入る事も許されない。

 だがこれでいい。せめて部隊が撤退出来るだけの時間を稼げれば。

 あとはシルヴィアが砲撃で援護しようだなんて馬鹿な事をしなければ……


 しかし、その心配は虚しく。瞬間、視界が真っ白に光る。

 目を疑った。それは今懸念していた『宝杖セレスティアル』による砲撃だったからだ。

 その砲撃を容易く避けてみせるケーニヒ。その矛先がシルヴィアに移るのは当然の話だった。


「……なるほど。あれが砲撃のカラクリか」 

「シルヴィアさん、早く撤退してっ!!」


 ケーニヒは一度クロノアを蹴り飛ばすと目もくれず、シルヴィア目掛けて突貫する。

 途中砲撃が迫るも、全て最低限の動きのみで回避し続ける。

 後を追うクロノアだが、彼女自身も砲撃を回避しつつになる為、むしろ差が開き続ける。身のこなしはケーニヒの方が上。このままでは後方部隊も撤退どころではない。


 一か八か、クロノアが幻惑魔法を試みる。

 彼女の魔法は効力がそこまで強くない。せいぜい幻影を網膜に投射出来る程度。【幻惑命令ファントム・オーダー】のように相手を操れたりはしない。故に少しだけ。視界が傾くように湾曲させる。

 ケーニヒもそれにはすぐに気がつく。が、少しづつ進路が逸れてゆく。


 そこで視線がクロノアへと向けられる。想定通り。

 こちらでケーニヒの気を惹きつけ、部隊を後退させる。そうなれば自分は魔王領側に逃げれば良い。

 がそこで予期せぬ乱入者が割って入ってくる。


「ケーニヒィッッッ!!」

「これはこれは主賓殿。息災で何よりだ」


 エイマンがケーニヒへと斬りかかる。

 それを筆頭にディーオントと騎士団数名が取り囲むように前進。


 なぜか構わず撤退しないのか?とクロノアは頭を悩ませる。

 だが、彼らは元々エイマンの伝手で集まった部隊。彼が私情に流されれば、それに吊られてしまうのは仕方がない。だから、先導者には自身の立場を本当に理解して頂きたい所。

 

 クロノアが追いつくまでの間にも、騎士達が次々に斬り倒され続ける。 

 今度はシルヴィアが杖を振り被りつつケーニヒへと向かってゆく。 

 「勘弁して」とクロノアは心の中でボヤくが、言っても何も変わらない事だけは理解できていた。


 ケーニヒにとって標的が自分から迫ってくる事は願ったり叶ったりだ。手早く片付ける為に魔法の詠唱を始める。

 放たれた魔法がケーニヒを中心に円形に広がると、騎士達はその場で悶え苦しみ始める。

 熱波を送る魔法で騎士の鎧を高音まで上昇させたのだ。あれでは着ているだけで火傷によるダメージを負い続ける事になり、戦うどころでは無い。

 その中、元々必要最低限の装備だったエイマンは高温になったプレートを外し戦闘を続行しようとするも、目の前でケーニヒが動けなくなった騎士達の首を容赦なく切り落とし、エイマンに不適な笑みを見せる。

 彼は更に怒りを煽られ、その感情のままに剣を振り上げるが……


「力任せか、全く度し難い」

「貴様がッ、口にする事かァッ……!!」


 当然、エイマンの剣は届く事なく、いなされ逆に反撃を貰いそうになるが、シルヴィアの【レイディアント】による光の盾が間に割り込む。円形に凝縮された光の魔力が剣撃を防ぎ、シルヴィアの杖による横なぎがケーニヒに迫る。それを回避する為に後方に下がるが、杖を握る彼女の表情に余裕が垣間見えた。

 完全に避けられる……だが穂先が腹部を通過する瞬間、杖の先端から、光の刃が伸びる。元々銃口である為、魔力の放出は容易。むしろ砲台よりも槍の方が形としてしっくりくるという物。

 今度は逆に完全に捉えた。……しかし衝突する瞬間にケーニヒは腰に下げていたもう一方の剣を鞘から抜き、その一撃を容易く防いでいたのだった。


「狙い過ぎだな?明け透けだぞ」

「クっ…!?」


 すぐにカウンターが来ると身構えるシルヴィアだが、ケーニヒは逆に後方へと剣を振るう。

 前方で惹きつけている内に後方からクロノアが迫っていたのだ。

 しかし、やはりそれも簡単に剣で防がれてしまう。


「言ったはずだぞ?明け透けだと」


 少しの鍔迫り合いによる硬直状態。

 前方でシルヴィア。後方でクロノアがケーニヒの動きを抑えようと互いの得物に力を込める。

 だがビクともしない。それどころか、逆に押し返されかけている事に気がついていた。


「お前の裏方に徹する姿勢は評価していた。

 が、それは表があってこそ。お前達からは脅威プレッシャーを一切感じん」

「……必要ありません。元々、目的ミッションが違うので」


 次の瞬間、鍔迫り合うその足元にカランカランと深緑色の球体が転がる。

 クロノアが倒した魔王軍兵からくすねて置いた『スモーク・グレネード』だった。


 プシューッ!と中の煙が一気に吹き出し、その場を覆い隠す。

 クロノアは体を前転し、ケーニヒの一撃を躱すと、シルヴィアの腕を掴み、一直線に煙の中を走り抜ける。


「撤退ッ!!走ってッ!!」


 その掛け声で辛うじて残った数名の騎士達も一斉に後退を始める。

 クロノアは殿の為に後退りするが……その脇を、後退とは真逆に前進していく者がいた。


「いけないッ!?」


 その姿に思わず声を上げてしまう。

 言うべきでは無かった。煙の中のケーニヒに伝わってしまうからだ。

 それで止まってくれれば良かったのだが……


 ケーニヒ目掛けて、前進したのはエイマン。

 彼は確信してしまっていた。煙幕が発生する前にケーニヒまでの距離と場所を完全に把握してした。だから、必ずここで仕留められると。「ここだ!」と振り抜いた渾身の一撃。

 ……だが、それがケーニヒに届く事は無かった。


「足音もだが、そもそも気配を出し過ぎだ。愚か者」


 ズバン!と鋭い音と共に煙幕の中から何かが飛んでくる。

 それはクロノアの足元近くで地面に突き刺さる。

 ……当然、嫌な予感はあった。が、見ない訳にもいかず、視線を向ける。

 それは一振りの剣。そしてその柄を握る切断され、血が流れ落ちる片腕。


「うあッ……くぅ……!?」

「だから不要なのだ。

 悔恨も。復讐心も。そんな感情モノが一体なんの役に立つ?

 これが答えだ。戦いに必要な物は『純粋な力』以外にありはしない」


 その声だけが煙の中から聞こえてきた。

 今だ煙幕は健在。中から外を見る事は出来ないが、外からも中の様子は見えない。

 この状況で実力差のある相手と戦おうなど愚者以外にいない。


「駄目ッ!?」

「駄目です。どの道もう……」


 シルヴィアが助けるべく、煙幕の中へ突っ込んで行こうとするが、それを体当たりでクロノアが止める。

 今無闇に突っ込んでも不必要な死体を増やすだけ。第一に「もう間に合わない」と。


 と、クロノアは諦め、撤退しようとシルヴィアを後ろへと押そうとする。

 煙幕が止む前に、彼女だけでも安全圏へと考えた。だがそれに抵抗を見せる。

 やっぱり自分の立場を理解出来ていない。と心の中で毒づく。しかしここで言い合いを始める訳にはいかない。そのままシルヴィアを強引に後退をさせようとした時だった。

 ……気がついた。煙の中の様子がおかしい事に。

 あれから、何も聞こえてこない。トドメを刺したであろう音も、断末魔の叫びも。


 煙が徐々に引いてゆく。

 そこからまず現れたのは向かい合う二人の影だった。

 そしてその二人の内、片方は予想外の人物だった。


「あんまり若い奴らを虐めてやんなよ?ケーニヒ?」

「ルーク……ッ!!」


 彼らの足元で腕を押さえながら跪くエイマン。

 ケーニヒは彼に刃を突き立てているが、その一撃をルークが鍔に短剣を当てがい防いでいたのだ。


 クロノアはこの状況を悲しむべきなのか、喜ぶべきなのか迷いがあった。

 それは、『この作戦』その物がルークを逃す為の算段。つまりここに姿を現した時点で失敗だ。

 だが、この状況をひっくり返す事が出来うるのも、また彼しか有り得ない。問題はその体力がまだ残されているかという話だ。

 そしてどちらにせよ、もうこの二人の戦いは誰にも止められないのだと。

 

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