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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
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宿命編26-双刃 天を仰ぐ-


「全く、力技が過ぎますね……」


 突如、戦場を二分するように学院長へと迫った巨大な冷気。

 学院長が魔法によって相殺しては周囲の味方を巻き込みかねない。

 その為、極力逸らすように氷壁を展開した。

 それにしても、これだけの氷結魔法を使える敵がいると彼女は想定していなかった。一体何者なのか……


 コツリ、コツリ、コツリ。


 氷の城壁と化した巨大な氷塊の上を歩く者が一人。

 氷結魔法に限らないが、魔法戦において他者の生成した物体の上を歩く事はそれ自体が危険行為だ。

 つまり、その上を平然と歩いてくる男こそが、この魔法の主である訳だ。


「冷血の魔女、マリア・レイフォードとお見受けする」

「人に名を尋ねる時はまず自分から。とか言うつもりはありません。

 育ちの悪い方とはおしゃべりしない主義なんですよ。知能が低く過ぎて会話にならないので」 

「……我が名はシュナイダー。

 氷結系最強の魔法使い。その称号を貰い受けに来た」


 シュナイダー。その名には聞き覚えがあった。

 『不動のシュナイダー』。魔王軍の幹部の一人で警備部の統括をしている人物。

 ルークやクロノアからは、「面識が無いのでわからない」と聞いている為、情報が殆ど無かったが、相手が氷結魔法の使い手であれば、戦う上で情報の有無は問題では無い。


「そんなものが欲しいなら、どうぞ差し上げますのでお引き取り願えます?」

「そうはいかない」

「そう。ならお望み通り……」


 お互いほぼ同時に魔法陣を展開した。

 時間のかかる細々した魔法戦を繰り広げる必要は無い。同じ魔法特性であり、相手は直線上の氷壁の上。その後方は敵のみ。大魔法で強引に押し切れば良い。

 そしてその考えは両者共に同様の認識だった。

 両者共に同じ魔法特性を持つ者同士であれば、より威力が強く、より洗練された魔法使いが勝利を得る。


「もう貴方、そこから動かなくて結構ですよ」


 二人の氷結魔法が激しくぶつかり合い、その余波は戦場にも広がった。


———————————————


 煙幕が足元のなぞる中、俺はケーニヒと向かい合い、お互いに牽制し合う。

 切断された腕を押さえ蹲るエイマンへと突き付けられた長剣の切先が揺れ動く度、彼の額から大粒の汗が零れ落ちてゆく。

 ケーニヒはこちらへ視線を向けているのにも関わらず、その殺意は執拗に足元へと向けられていた。

 

 ……どんだけエイマン殺したいの?この人?

 俺は憎まれている自信はあるが、その俺を前にして先に殺そうとしているってどんだけ恨まれてんだ?

 

 当初、魔王領北側を目指し、戦線を突破するはずだった。

 だが、例の砲撃が気になった。そして必ずケーニヒが破壊の為に動き出すと。

 故にここに来た。魔王を打倒する前に奴だけは殺しておかなければ、トップがすげ替わるだけで内戦を誘発する事は叶わないからだ。問題は現状の体力でそれが可能かどうかだが……


 ……いや、全て言い訳だ。

 砲撃がシルヴィアの【レイディアント】による物だと容易に予想出来た。

 だから来た。今、七日間追い回された体力でケーニヒと相対する危険を理解しながら。


「……貴様は一体何をしている?」

「おいおい?耄碌したかよ?

 戦場で敵と相対したなら、やる事は一つだけ。だろ?」

「違うッ!なぜこのゴミを助けになど来たのか、と聞いているッ!」

「……らしくねーじゃん?

 何?睡眠不足?」


 ケーニヒが珍しく怒りを隠す事無く、こちらにぶつけて来る。

 先の「若い奴らを虐めてやるな」については一切ツッコミ無し。一応精神年齢的にはケーニヒと同い年くらいであるので俺的には不思議な点は無いのだが。


 それは置いておいて正直驚いた。

 この男はプライドが高く、こういった一面を他者に見せる事を忌避していると思っていた。それが今は、額に血管が浮かび上がるほどの激情を一ミリも隠すつもりが無いように見える。

 つまりエイマンに向けられている殺意は俺への八つ当たりという事だ。


いなッ!かつての貴様なら、私は既にここに立ってはいなかったはずだッ!

 鍛え上げられた肉体、磨き抜かれた技術、研ぎ澄まされた殺意、蓄積された経験、状況に応じ最適な戦術を導き出す頭脳。『究極の兵器』として創造されたにも関わらず、それを自ら捨て去るなど、愚行以外の何物でもないッ!」

「そんなに俺の事を買ってくれてたとは意外だな?」


 その言葉通り、エイマンを見捨てさえすれば、ケーニヒの首を掻き切るのは容易だった。

 俺とて別に助けたくは無い。恨みは無いが妬みはある。それ以前に体力的に余裕のある状況では無い。

 だが……私怨は必要無い。ここで彼に死なれる事自体が今後の王国においてデメリットになる。

 だから助けた。それ以上の物を、特に感情は無い。


 ……ちなみにこれって褒められてんの?それとも貶されてる?


「なぜそこまで醜く成り果てた?

 仲間か?友か?情か?それとも女か?そんな下らん物の為にッ……!」


 その言葉に視界の端、腕に結びつけた鉢巻きが見えてしまう。

 王国訓練校の同期達との記念の品。ケーニヒが言う所の下らない物という奴だ。

 仲間、友、情、女。まさにここに来た理由の全てと言える。


「その話、長くなる?要点だけお願いしたいんだけど?」

「黙れッ!まさか自分を人間だとでも思っているのか!?

 貴様のような化け物が人のように振る舞うなッ!心などありはしないッ!感情など必要無いッ!

 畏怖と暴力の象徴。それこそが貴様の本来あるべき姿だッ!!」

「……」 


 全く、押し付けも甚だしい。

 とはいえ、ケーニヒが今まで俺の事をどう思っていたのかが嫌というほど分かる。 

 別に今更知りたくはなかったけど。


「それがどう言うことだ!?事もあろうに貴族権益の存続に力を貸すなど……

 貴様の行為は魔王軍全兵士への冒涜に他ならんッ!!」

「……」

「どうした?何も言い返せんか?」

「お前が黙れっったんだろーが?

 まっ、俺から言えんのは一つだけだ。

 わりぃ、聞いてなかった。もう一回」

「どこまでも巫山戯た男だ」


 いや、全然巫山戯てませんけど?

 むしろ従順にした結果ですが?

 悪いのはアンタですが?

 

 ……とはいえ「何も言い返せない」と言うのは事実だ。

 なにせケーニヒの言う事自体は全て正論なのだから。


 などとレスバを繰り広げている最中もエイマンへと容赦無く、殺意を剥き出しに剣に力を込めてくる。

 この状況から抜け出したい所ではあるが、エイマンが居る所為で中々動く事もままならない。

 かといって勝手に動かれるのも、困るので大人しくしていて欲しい。


「んで?結局アンタ何が言いたいの?簡潔に頼む」

「貴様は選択を誤った。後悔して死ね」

「最初からそう言えよ?真面目に聞いて損した」


 真面目になど聞いていなかっただろ?と言いたげに睨みつけてくるケーニヒ。

 確かに茶化しはしたが、話自体はちゃんと聞いていた。

 だがそんな事は今更言われるまでも無い。


 もしも、この事を魔王軍に居た頃の俺が知っていたとして。何か変わった事があるのだろうか?

 その想いを汲んで盲目になって今、王国を滅ぼそうとしたのだろうか?

 糞魔王が轢いたレールの上をただ歩いてさえいれば楽だったのはわかっている。

 きっと俺は英雄に成れていたのだろうな。魔王軍の英雄に。

 考えても意味が無い事は知っている。やや弱気になっているのも分かっている。状況が悪いのは鼻から承知の上だ。

 

 ……だから、良かったよ。


 「そんな者に成りたい」だなんて一度として考えた事もない。

 全てを理解した上で今俺はここに居る。そしてまだ何一つ、終わった事などありはしない。

 もし、この選択を後悔するとしたら、それは全てが終わった後。つまり今じゃない。


 ありがとう。ケーニヒ。

 おかげで腹を括れた。


「この状況で逃げおおせられるとは思っていまい?」

「はぁぁぁ?逃げるだぁぁぁ?ちげちげぇ。

 ケーニヒ。お前を殺す」


 かつて魔王に命ぜられるがままに、その意のままに戦っていた俺はもう居ない。

 誰かに従って、盲目でいれば楽で良い。究極の兵器でいれば。

 ……だが、俺の求めた物はその先には無い。

 自身で選んだ道の先が、求めた未来に繋がっているかは分からない。

 しかし、それでも。今この場所は自分で選んだ戦場だ。


「……良いだろう。引導をくれてやるッ!!」


 ケーニヒによって切り払われると同時に、エイマンの身体を片手で持ち上げ、後方へと飛び退く。

 追撃の為に高速で放たれる魔法の炎弾。この距離ならば威力はそこまで要らない。短詠唱だが十分な火力であろう。


 一人であれば躱すのは容易だが……

 お荷物がある状態で追撃を斬撃では無く、魔法にして来た辺り、こちらのして欲しく無い事をよく理解している。嫌なタイミングで打ってきた物だ。『ケーニヒらしい戦法』と言える。

 そしてこちらも「俺らしい」と言って良いだろう。咄嗟にそれを防ぐ為にエイマンを盾に使おうとしてしまった。

 癖というのは恐ろしい。その所為で対処の時間を完全に失ってしまう。

 完全に回避するのは難しい。相殺は不可。一発貰うしかない。


 腹を括れよ?とエイマンに心の中で問いかけたのだが。


 眼前が眩い光に包まれる。光の質量体によるカーテンが前方を塞ぐ。

 それがシルヴィアの【レイディアント】である事はすぐに理解出来た。

 ナイスタイミング。今の体力で攻撃を貰う事は避けたかった。

 だが、てっきりシルヴィアは魔力切れで動けない物だと勘違いしていた。あれだけの砲撃の後であれば仕方が無い。しかし、「このタイミングでまだ魔法が使える」と言う事は、それ自体が現状戦力としては全く役に立たない証明でもある。


「先輩っ!」

「持って帰れ!邪魔だ!」

「てっ⁉︎なのぉっ⁉︎

 シルヴィアさん!パスっ!」


 クロノアの近くまで後退すると、エイマンの身体を放り投げる。

 短剣を身構えていた事から戦線に加わるつもりだったのだろうが、必要無いのでサッサと撤退して欲しい。

 彼女はそのエイマンを抱き止めるが、受け止めた途端に体を横に一回転。遠心力を加えて、更に後ろのシルヴィアへと放り投げる。


「あれェッ!?クロノアちゃんッ!?」

「……おい?怪我人を盥回しにしてんじゃねーよ?」

「邪魔だったので、つい」

「邪魔…か……」

「命令無視、怒ってるみたい」


 驚きつつもそれを受け止めるシルヴィア。


 だが「邪魔」って、後輩よ?

 それ惚れてる男に使って良い言葉じゃねーからな?

 あと、言っておくが、『邪魔それ』はお前もだからな?


「早く撤退しろ。目障りだ」

「いえ、こちらで惹きつけます」

「二度言わせんな」

「……やっぱり、私ではお役に立てませんか?だからまた置いて行ったんですか?私が……弱いから」

「そうだ。言われなきゃ分かんねーの?」


 視線をケーニヒから逸らさずに言い放った。

 クロノアの表情を見ている余裕は無い。気にしている場合でも無い。


「秀治……」


 シルヴィアの口からその名が出た時、彼女がここに居る理由を完全に把握する。

 同時に心臓を握りつぶされそうになる程、強烈な感覚が襲いくる。

 もしケーニヒを前にした状況でなければ、思わず態度に出してしまっていただろう。

 弱みを見せれば、この戦いは一瞬で勝敗がついてしまう。今は余計な事を考えさせないで欲しい。


「退けって、聞こえなかったのか?」

「しゅ…ルーク君?ここは協力して乗り越えよう?

 攻撃は私が防ぐから、全員で……」

「人殺せねー奴が馬鹿な事言ってんな。

 そもそもお前が魔眼を上手く使えてれば、ケーニヒぐらい敵じゃないはずだ。

 覚悟も無い癖に戦場に立つな。甘ちゃん共に出来る事なんて、戦場ここには一つもねーんだよ」


 などと口論をしている間も、ケーニヒを圧迫する為に魔法を放って欲しい所なのだが、会話に集中している所為で何もしていない。クロノアも特に幻惑などは使っていない様子。

 結果、ケーニヒに詠唱と体制を整える時間を与えてしまっている。

 こちらも早く体制を整えなければならない状況で説得に時間をかけさせられ、何もしていない時点で、コイツらに出来る事は何も無い。


「先輩、今はそんな事言ってる場合じゃ……」

「他人事みたいに言ってんじゃねーよ?

 お前もだ。自分が中途半端だって理解してんなら与えられた役割だけをこなせ」

「私は……ッ!」

「要らねーんだよ。何もかも。

 今、戦場ここに必要な物は『純粋な力』だけだ」


 俺自身、それに関してはケーニヒに同意だった。

 彼女達が救援に来てくれた事自体には感謝している。正直助かった。

 だが今、シルヴィアが俺の正体に気がついてしまった事を知って、目の前の敵に集中しきれていない。

 今の状況でこのブレは命取りに成り得る。 

 

 そこでケーニヒの魔法が発動する。複数の炎弾がこちら目掛けて飛翔する。

 この炎弾は合計九発。集弾させている所を見ると先の爆散するタイプでは無く、燃焼効果を持つ物だと思うが……しかし、今の状況では意味無いので、これは爆散系。つまりフェイクだ。

 先頭の炎弾目掛けて、短剣を投擲。ちなみにこれは敵から拾った物。

 バゴッンと爆発音と共に次々に誘爆。全ての炎弾が消滅した。

 

「流れ弾は防げ?

 んで、とっととせろ」


 爆発による砂煙の中に真っ直ぐ突っ込んでゆく。

 普通の魔法使いならば、この隙に更に大きな魔法の詠唱をする物。

 だが相手が剣士ならば話はもっと単純でいい。


 ガギンッ!と煙幕の鋼が火花を散らす。

 ケーニヒならば、この隙に間合いを詰めようとすると思っていた。

 そもそも全ての魔法は【レイディアント】によって防御、相殺される。現状機能しているかは微妙な所ではあるが。

 相手目線での最善策は、広範囲の爆発によって視界を塞ぎ、その内に近接戦で沈める事。魔法使い、ましてや目が命の『魔眼使い』相手ならそれが定石だ。


 虎穴に入らずんば虎子を得ずってね。

 全く、蛇の道は蛇だよ。こりゃ。


 視界が朧げな中、気配と経験、そして予想のみで短剣と長剣を打合せあう。

 と思ったのだが……なんだ?刀身リーチが短い?

 咄嗟に後退。しようと思うが、もう間に合わないだろう。 

 飛び退くと同時に長剣による振り下ろしを短剣で防ぎ、その勢いを利用して後退する。


「この視界でよく捌ける」

「眼ェ瞑ってやろうか?」


 今何が起きたのか、話は簡単だ。

 ケーニヒは腰に二本の剣をぶら下げていた。つまり片方の剣で防ぎ、もう片方で攻撃を仕掛けてきた。

 それだけなら、特になんの変哲もない二刀流。が、抜いたもう一方の剣は、既に番えていたロングソードより短めの両刃剣。これは『バゼラード』だ。俺の扱う短剣よりは長く、長剣よりは短い。

 おかげで初撃で懐に入り過ぎた為、回避が難しくなった。それが奴の狙いだった訳だ。


 ケーニヒがつがえた二つの剣。『二刀流』。これはグラサダの剣術流派だ。

 エーデルタニアや旧ガーランド帝国では魔法による戦闘が発展していった為、剣術はそこまでの発展を見せなかった。どちらかというとそれを防ぐ為に、大楯などを剣と併用する戦法が主流となった。

 それに対抗するべく、グラサダで発展したのが契約魔法による身体強化。それに伴い、剣術による「半ば特攻のような戦法」が多く使われる事となったらしい。より敵を多く殺せるように、両手で構える大剣と二刀構える剣術。

 時代と共にその在り方は大きく変貌していき、今では二刀流を「鉄砲玉として」ではなく、剣術として成り立たせている。とはいえ、両手に剣を持って扱えるほど人間は器用ではない。天才ワンオフならともかく流派として伝えていくには無理がある。

 その為、考案されたのが『現行の二刀流』。片方の剣を盾代わりに、片方の剣で攻撃を。攻守の役割をハッキリ決めた接近戦用剣術。


 それだけ、ならば特段気にする必要は無かったのだが……


 ケーニヒと更に剣を交える。

 奴の剣術は現行の二刀流とは別物。簡単に言えば、両手に持つ剣を交互に振り、攻防を戦局によって使い分けている。要するにこれは完全な二刀流だ。

 これが、かつて『グラサダの剣神』と呼ばれた男。

 『ヴィンセント・ガルフォード』の真の実力という訳だ。


 そして、更にもう一つ。

 砂煙が止み、ようやくお互いの姿を目視でしっかりと確認出来る。

 そして奴の手の甲に魔法陣が光っている。


 ……やはりな。


 あの魔法陣には見覚えがある。契約魔法だ。

 だが、通常の契約魔法は現状使う意味が無い。つまりあれは【生贄装填サクリファイス・ロード】。隷属下の生物の命を対価に身体強化を行う魔法だ。


 軽蔑ではないが、この男の事を少し勘違いしていたように思う。

 ケーニヒ…いや『ヴィンセント・ガルフォード』について、『魔王軍の成り立ち』に関わる事なので、実は良く知っている。

 彼はグラサダの有力貴族『ガルフォード家』に生を受ける。幼少期より英才教育を受け、特に剣術において他の追随を許さない圧倒的な強さを誇った。最年少でグラサダ騎士団の隊長を務め、剣神の称号を与えられた。

 だが、彼の栄光はそこで途絶える。【生贄装填】による身体強化、その使用を「良し」とする騎士団と国そのものを嫌い、騎士団を辞め、家を勘当され、彼が選んだのは自らの騎士団『グラサダ自警団』の設立だった。

 この自警団こそが魔王軍の母体となる組織。つまりこの後、魔王と盟約を結び、今日こんにちに至ると言う訳だ。


 目の前のケーニヒと更に刃を打ち付け合う。

 やはり【生贄装填】だが、【蛮勇化】ほどの効力は愚か、身体強化に毛が生えたほどの出力しか発揮していない。

 この程度の強化の為にプライドを捨て去った。つまり命以外は捨てて来たと言う訳だ。


 ここに来て、ようやくこの男を理解出来たような気がする。

 昔から、プライドの高い『この男』が。ケーニヒがなぜ魔王の軍門に降ったのかが不思議でならなかった。

 だが、その答えはシンプルだったようだ。

 『魔王サタン』。より人を殺せる強さ。究極の戦闘兵器。その完成系。

 そこに魅せられた。『軍神ケーニヒ』は、純粋な憧れから生まれた者なのだ。


 ……だが、まだ足りない。

 命もかけられない奴に殺されてやる訳にはいかないな。


 地に転がる他の敵から奪った短剣を抜き放つ。

 体力も手数も向こうが上では、こちらはジリ貧。正面から殺り合うのは部が悪いが、残念ながらこちらの奥の手は既に打ち止め。有りものでどうにかするしかない。

 

 ……まぁ、それはいつもの事だけどな。


 お互いに二本の武器で打ち合う。

 やはりと言うべきか、クロノア達はすぐには撤退しなかった。

 思わず舌打ちしそうになるが抑える。俺がそれを気にしている事をケーニヒに悟らせたくはない。

 とはいえ、これでバレない方がおかしい話だ。

 

「嘆かわしい」


 ケーニヒが俺と打ち合いながら、魔法詠唱を始める。

 剣術と並行しての魔法の使用。二つの剣を扱う事自体が至難の技だと言うのに、そこから魔法まで使えるとは。『魔王軍No.2』の名は伊達じゃないという事だ。

 問題はどちらを狙うかという話だが……


 ……全く、疲れているのに手間をかけさせないで欲しい。


 ケーニヒに魔法を放たせれば、怪我人を連れた状態の二人が確実に避けられる保証はない。

 シルヴィアの【レイディアント】がどこまで当てになるかわからない上、フェイントもあり得る。後ろを狙う振りして俺へ撃つとか。故に撃たせる訳にはいかない。


 大振りの連撃で叩き込み続ける。

 当然そんな攻撃簡単に捌かれてしまう訳だが、一時的に詠唱への集中力を失う。

 バゼラードによるカウンターが髪を頬を肩を掠めてゆくが攻撃の手は緩めない。

 流石のケーニヒも詠唱を辞め、剣術のみに集中し始める。


 早く撤退しろよ?と願いつつ、ケーニヒとの戦闘が激化してゆくのだった。

 


———————————————


「……撤退しましょう」 

「でも」


 ルークとケーニヒの戦闘が始まり、既に砂煙が消えた戦場で両者が一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 撤退するように言われた三人。クロノア、シルヴィア、エイマンはその光景をただ眺める事しか出来ないでいた。「撤退しろ」とルークに指示されたものの、それに従うつもりは無く、居座り続けていたのだが……


 眼前で繰り広げられる攻防に圧倒されていた。

 自分達が手を差し込む隙の全く無いその戦いに。


「いや、撤退しよう。

 もう私達に出来る事は……何も無い」 


 エイマンもクロノア同様にそれを理解した。

 ケーニヒが構える二刀流。彼にはそれを引き出させる事は愚か、まともに相手にすらされていなかったのだから。


「私は……何も出来ないのかな?」

「気持ちは分かります……私も同じですから」

 

 ケーニヒと戦うルーク。

 その動きは七日間戦い続けている人間とはとても思えなかった。

 疲労の色は無い。それどころかその動きはリーチのアドバンテージを持つケーニヒおも凌駕している。


「『究極の兵器』か……」

「え?」

「ケーニヒが言っていたんだ。ルークは畏怖と暴力の象徴なんだ。と」


 クロノアはその言葉に何も言えなかった。

 ルークが異常なのは人間離れした身体能力もそうだが、一番はその有り様。

 何事にも囚われない。迎合も隷属も。従う事も従わせる事もしない。圧倒的な個。

 それ故に暴力以外に彼を止められる術が無い。そしてそれが敵わない以上、その存在に恐怖するしかない。


「違い過ぎる。人として、何もかも。

 いや、そもそもあれは本当に……」

「私は……」


 エイマンの言いたい事はクロノアは痛いほど分かった。

 彼が感じる事は一頻り、彼女も一昔前に感じ取っていたからだ。

 「あれは化け物だ」と割り切ってしまえば、心は平穏を取り戻せる。

 人としての強さ。その目標としなくて済む。誰も、獰猛な熊と組み手で打ち勝とうとは思わないように。

 

 クロノアとて敵わない事は百も承知だった。

 仮に同じように【超再生】を手に入れられたとしても、【蛮勇化】を扱えたとしても、ルークのとの間の差を埋めるには至らない。


 ……だけど、全てを諦めてしまったなら。

 もう、その隣には居られなくなってしまうから。


「私は今、先輩の隣で戦えない事が悔しい」

「クロノアちゃん……」


 ルークとケーニヒが激戦を繰り広げる中、三人は撤退を始めた。



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