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勇者ではなく  作者: 滉希ふる
第2部 Assassin Works
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宿命編27-双刃 天を仰ぐ-


 戦場に冷たい風が吹き荒ぶ中、ルークとケーニヒは刃を切り結ぶ。

 ようやく、後ろが撤退を始めて安堵するも、ここからがお互いにとって本番だった。


 斬撃の応酬を浴びるルーク。

 だが、その表情からは焦りの色を一切感じない。

 その動きからは、疲れの色を殆ど感じさせない。

 しかし確実に追い詰めている。戦闘が拮抗、膠着している時点でそれは明らかだった。


 ケーニヒの瞳には、刻一刻と追い詰められていくルークの姿が映っている……はずだった。

 防戦一方のルーク。だがその口元は確かにニヤリと笑みが溢れていた。

 その表情に思わず、彼の頭にかつての光景が過ぎる……


 一人の騎士が居た。

 才能は無い。大成する事は無い。

 そう言われ続けても尚。それでも愚直に剣を振い続けた騎士。いずれは『史上の騎士』と呼ばれる男。

 だがそれを知る者は誰一人としていない。誰もがその姿を笑うだけだ。

 その癖、自分達はさして努力もせずに目先の魔法に頼り、他者の命を啜る。


 ……巫山戯ろ。


 届かないから、手を伸ばすのだ。

 敵わないから、挑み続けるのだ。

 いつか。この空を仰ぐだけの刃が天を斬り裂くと信じて。

 

 ……お前もだ。化け物。

 いつまで遥か高みから人を見下しているつもりだ?

 そんなにも滑稽か?プライドすら捨て去り、天を仰ぎ見る我らが。

 

 確かに貴様は強い。この世で敵うのはただ一人のみ。だが、それは一対一で戦えばの話。

 対応は魔獣と同じ。相手が個として動くのであれば、数で包囲して仕舞えばいい。いかに強大な力を持とうと、生物である以上、体力には確実な限界がある。

 これが私が手に入れた力。集団という数の暴力だ。


 更に彼にはまだ奥の手があった。

 【生贄装填サクリファイス・ロード】の為に用意した残りの生贄四人全ての命を使い、一時的に今以上の超人的な身体強化を得る事。


 だが懸念もあった。ルークが【蛮勇化】を使う事だ。

 しかし、本人の体力が低下していれば、まともな効果は見込めない事も分かっている。

 問題はルークの残り体力が如何程かという事だが……

 息を乱す事も無ければ、表情に出す事も無い。あるのは七日間戦い続けているという事実のみ。

 追い込んでいる実感は感じられない。まだ足りないのか?という焦燥感だけが頭の中を駆け巡る。


 ……だが、使う。


 この四分間が終わる時、奴が懐に入り込まんと踏み込んだ瞬間に。

 全ての生贄の命を燃やし、懐へ飛び込んできたルークを迎え撃つ。

 奴も【蛮勇化】を使うだろうが関係ない。


 — 勝利を掴むのは、この私だ —


——————————————— 


「ハァ……ハァ……。

 思っていたより……随分と手こずらせてくれましたね……」


 学院長の戦闘は時間こそかかったが、お互い一手で決着が付いた。

 彼女の目の前には氷漬けになったシュナイダーの姿があった。

 だが実は魔法出力自体はシュナイダーの方に軍配が上がっていた。

 その為、彼女は後退を余儀なくされたが、彼は最後の詰めを誤った。

 力技で押し切ろうとした為に力場が広範囲に分散してしまった。逃げ場を封じるという点では効果的だが、一対一の戦闘では力任せが過ぎるというもの。

 彼女は一点集中の凍結魔法に切り替えた。展開中の魔法を途切れさせず、切り替える技法は至難の業。魔眼による緻密な魔力コントロールがあってようやく実現出来る。

 結果、自身も半分は凍結させられたが、最終的には勝利する事が出来た。


 しかし、眼前の戦闘に置いて勝利を得る事は出来たが、魔力残量は僅かになってしまっていた。

 どの道、撤退以外に選択肢は無いが、魔法による撤退支援が出来るかどうか……


 戦局を見渡す。右翼側はイルミナとシスベルトの両指揮官の元、撤退準備が進んでいる。

 氷壁を迂回しつつの後退で当初より時間も犠牲もかかってしまってはいたが、それを踏まえた上で順当と言える。

 問題は左翼側。パラパラと部隊員が後退しているが、統率が殆ど取れていない。だが追撃は無い様子。


 彼女は違和感を覚えていた。

 指揮系統が瓦解しているのにも関わらず、撤退そのものは時間はかかっているが犠牲はほぼ出ていない様子に見えたからだ。何より、クロノア、シルヴィア、エイマンなどの姿が見えない。


「うっ……んっ!」


 そちら側へ救援に向かう為に半氷漬け状態の重たい体を起き上がらせる。

 その時、氷壁を迂回し、後退してきたクロノアの姿が視界に入る。後ろにはシルヴィアと……彼女に介添えされる、片腕を失ったエイマンの姿が見えた。


「クロノアさん、状況は?」

「こちらは私達で最後です。

 先輩が来てくれました。今は……ケーニヒと交戦中です」


 『ケーニヒ』という言葉に眉を顰める。

 今は私怨を優先するべきでは無い事は理解しているつもりだが、嫌な予感を感じずにはいられなかった。


「わかりました。貴女達はこのまま馬車まで後退なさい。

 私が戻らない場合は……貴女の判断で撤退を」

「待ってください!先輩は撤退するように、と。

 それに援護に行くなら私が……」

「出来ないから戻ってきたのでしょう?

 早くお行きなさいな?問答の時間がもったいない」


 そう告げると、学院長は走り出した。凍りついた丘の縁を目指し、重たい体を引きずりながら。

 

 出産を経験した女性の魔法使いは、その魔法力の大半を失う。

 それは彼女も例外では無い。魔力量は全盛期の半分程度まで落ち込んでしまった。

 今、こうして戦えているのは魔眼の力による所が大きい。

 だから戦闘になるとどうしても考えてしまう。昔ならばと。

 だがその結果として。生まれてくる子供は強大な魔法力を持つ事が多い。

 その恩恵は単なる魔法の強さや魔力量だけではない。体内の魔力量や一度に扱える魔力が多ければ多いほど、人としての肉体強度も上がる。

 それが今は唯一の救いであると……


 思い出していた。前大戦の時の事を。

 故郷が敵襲を受けた知らせを聞いて、早馬を走らせた事を。

 あの時は間に合わなかった。けれど、今ならまだ……


 氷の丘、その縁に辿り着き、そこから下を眺める。

 戦闘を繰り広げる二人の姿が視界に映る。

 二つの剣を目にも止まらぬ速さで繰り出し続けるケーニヒの斬戦。その軌跡だけが一瞬遅れて見えてくる。

 それを紙一重で回避、防御しているであろうルーク。彼が動く度、その場に火花が散り、残像が網膜に映し出される。

 

 彼女にはその一挙手一投足が見ていられない。

 だが、眼前で繰り広げられている攻防は卓越し過ぎており、最早自身が介入する隙など微塵も無い。

 それでも息子ルークの為に、今自分に出来る事は……


———————————————


 ケーニヒとの戦闘は苛烈さを増してゆく。

 当たり前だが、戦いが激化すればするほど体力的に苦しくなる。

 それは俺とて例外では無い。


 ……はずなのだが。


 その中で、真逆の感覚を覚えていた。

 シルヴィアによってブレていた心、脳が、「ただ戦うのみ」に集中するればするほどに。自身が追い詰められれば、追い詰められるほどに高揚感が高まってゆく。

 その、今までの自分には無かった物を感じていた。


 ……いや、それは今回が初めてでは無いな。


 『アルフレド・オルレイン・シュバリエ』。『血塗の猟犬』。『熔拳のバルゴ』。

 『殺し』とは俺にとって作業のような物だ。口では「いつでも命を懸けている」なんて言ってはいるが、本当の意味で対等に懸けた戦いは片手で数えられるほどだっただろう。 

 そして今、数少ないその機会を迎えて、ケーニヒに対して感じている物。それは今まで彼らに対して抱いていた感情。


 ……そうか。俺、今楽しいのか。

 当たり前か。俺には元々『戦い(これ)』しか無いんだから。


 七日間、執拗に追い回され、体力は限界に近い。

 使える魔法は限られている。視界はボヤけ、激しい痛みが常に頭を締め付ける。

 身体は全く思い通りには動いてくれない。全身の筋肉と骨が軋む。


 ……だが、それで丁度良い。


 身体に染み付いた動きが、磨き上げた技が、積み上げた経験が。

 今自分の取るべき行動の最適解を脳が導き出し、瞳に映る軌道を身体がなぞる。

 不調の身体とは裏腹に気分は高揚する。この死闘の果てに勝利の喜びを得る為に。

  

 このまま戦いが長引いた場合、体力が少ない方が不利になる。 

 だが、俺は積極的に攻めはしない。手がない訳ではない。【蛮勇化】と、もう一つ切り札もある。

 現状の体力では、ろくな身体強化も戦術予想も機能はしないが、それでも一時的にでもケーニヒを上回る事は可能だ。しかし、それ自体はケーニヒも想定内。だから奴も身体強化を全開放しないでいる事は分かっている。


 であれば、こちらの狙いはもう一つ。【幻影命令ファントム・オーダー】による精神支配。

 問題はその為には、相手の身体に触れなければならない。魔力によるくさび魔力経路パスを構築しなければ、相手の意識を奪うほどの高等魔法は機能しない。

 当然、ケーニヒもそれを理解し、阻止する為に間合いに入れないように立ち回っている所為でチャンスはない。


 ……が、それに関しては『考え』がある。


 その時、ケーニヒの姿勢が一瞬崩れる。

 攻撃を受けた訳ではない。奴が踏み込んだ瞬間に勝手に姿勢が崩れた。


 「ここだ」とすぐに動き出す。

 懐へと入り込み、短剣で片方の剣を払い除けると、腹部に蹴りを見舞う。

 ……だが、少しだけタイミングが遅れてしまい、ギリギリもう片方の剣で防がれてしまう。直に身体に触れられなければ魔力経路を形成できない。

 ケーニヒは蹴りの勢いに合わせて後退。体制をすぐに立て直す。


「五分…いや、四分弱ってとこか」


 俺の考えていた事。

 それはケーニヒの『隙が出来る瞬間』に畳み掛ける事だった。

 つまり『その時』が来る事は分かっていた。


 魔法による身体強化は効果切れの瞬間、強化された分、逆に身体能力が著しく低下する。【蛮勇化】のデバフは極端すぎるが、通常の身体強化でも少なからず、ダウナー状態が発生する。どんな猛者でも、急激に身体能力が低下しては、隙が出来るのは仕方が無い。

 ケーニヒの使用する【生贄装填】は他者の生命エネルギーを魔力へ、そして身体能力向上へと転化する魔法。

 術者と隷属下の者の間に実力差が有れば有る程、能力上昇率と効果時間は少なくなる。ケーニヒほどの実力者ともなれば、高い効果を発揮する触媒は限られる。だが同格の実力者は生贄にするよりも運用し、手数を増やした方が効果的。だから、おそらく養成校か出戻り組の魔王軍兵を使っている。その生贄で、俺に対抗出来る身体強化の維持、その為に最適化したのが『この五分』だったという訳だ。

 しかし、身体強化は連続で使えば使うほど、使用者の肉体は疲労する為、効果時間が短くなる。最大でも五分。そのクオリティを維持するならば、次の発動時間は四分程度しか持たないだろう。


 今の攻防は効果時間それを測る時間。

 いつ効果が切れるか分からなかった為、反応が遅れ防がれたが、もうタイミングは大体分かった。次は確実に仕留める。


 泣いても笑っても、これがお互いにとって最後の四分間となるだろう。

 ケーニヒが俺を仕留めるか。逆に俺が逃げ切り、次の隙でトドメを刺すか。


 ……どうした、ケーニヒ?

 さっさと使えよ?まだ上げられるんだろ?


 ケーニヒはまだ奥の手を隠している。

 俺の【超蛮勇化フルドライブ】と同じく、時間制限を設ける事で身体強化を更に底上げする方法。

 どこで使ってくるつもりか、最後まで伏せておくつもりかは知らないが、あまり悠長に身構えているつもりなら、さっさとその首を頂くだけだ。



 そこで魔法による身体強化を立て直すケーニヒ。

 だが、まだ本気は出さない様子。なら引き出してやるだけの事だ。

 しかし、お互い一度空いた距離を詰める為に踏み込もうとした時、氷壁上からの気配に気がついた。


「チッ……」

「魔女か」


 俺の後方。戦場に出来た氷の丘に佇む『冷血の魔女-マリア・レイフォード』。

 その気配を確認しつつ、思わず舌打ちをが出てしまう。


 現状の戦力差が二対一になったように見えるが……実際は違う。

 クロノアとは違い、学院長の魔法は中距離広範囲型。ケーニヒを狙えば間違い無く俺も攻撃に巻き込まれる事になる。

 俺としては学院長からの攻撃を想定するとケーニヒから距離を取らなければないが、それでは次の隙をつく事が出来なくなる。

 何より『最大の懸念』は、学院長とケーニヒの動向なのだが……



 ケーニヒの手の甲の魔法陣が一層輝きを増す。

 今まで抑制していた身体強化を上限一杯まで引き上げたようだ。


 ……そら、そうだよなっ!?


 ケーニヒは攻めが勢いを増す。学院長の方向へと追い込む為に畳かけてくる。 

 出来れば状況を読んで、学院長には撤退して欲しいのだが……しかし、そちらも「予想通り」というべきか、学院長はその場で微動だにせずに立ち続ける。

 およそ俺にとって最悪の展開だ。


 ケーニヒは作戦を変更してきた。おそらく学院長に俺を倒させるつもりだ。

 このままの状況で戦闘を推移させれば、ケーニヒの射程に学院長が入る。火属性魔法、特に爆発系は氷結魔法と相性が悪い。更に剣士に接近される事自体、魔法使いとしては避けたいはず。奴の使う魔法情報は当然報告済み。学院長も知っている。

 つまり、焦った学院長に自分諸共氷漬けにさせようという腹積りな訳だ。ケーニヒは死んだ旦那の仇だと聞く、彼女からしたら是が非でも殺したいと考えているだろう。

 仮にそこまで考えて無くとも、俺と接近さえしてしまえば学院長の魔法は封殺出来る。 

 どちらにせよ状況は最悪……のはずだったのだが。


 ……ようやく、全部賭けたな?ケーニヒ?


 それとは裏腹に更に高揚感が増す。 

 出し惜しみを辞めた事で、ここから先は本当の意味でお互い『命を賭けた本気の戦い』となるからだ。


「来い」


 先ほど以上の剣速によって放たれる二つの剣撃。

 その勢いをいなすべく、後退しつつ応戦するが……

 全ての攻撃をギリギリのタイミングで捌く。だが残念ながら既に身体能力は完全に上回られている。

 つまり均衡は破られた。片方の短剣が砕け散る。魔王軍兵士からの貰い物とはいえ、純度の低い魔鋼製の武器ではこの程度だろう。

 

 こうなると、こちらも『奥の手』を使うしかない。

 【蛮勇化】による身体強化。だがその場合、勝負の行方はどちらがどれだけ長く身体強化を維持出来るか、になってくる。更にもう一人、学院長がどれだけ待てるか。

 つまり、三つ巴の我慢対決。


 だが選択肢など無い。

 学院長との間に信頼関係などない。お互いにお互いの利益の為に利用し合っているに過ぎない。彼女が俺がケーニヒに勝つと信じて待ち続ける事より、捨て駒に使う方が可能性は圧倒的に高い。

 やるか。死ぬか。ならば、やらない理由など有りはしない。

 

「「ッ!?」」


 【蛮勇化】を使うと決めた瞬間。足元に冷気が走る。

 間違いのない氷結魔法発動の兆候。学院長は思っていたよりも早く、痺れを切らして魔法を使ってきた。


 ケーニヒと視線が交錯する。

 学院長の魔法発動のスピードを考えれば、お互いにすぐに対応しなければ氷の中に埋葬される……というより、ケーニヒはだ。

 既に【蛮勇化】を発動させられていたなら間に合っていたが、今からではそもそも発動まで間に合うかどうか、行動まではとてもでは無いが時間が足りない。

 奥の手を相手に先に切らせるという選択が裏目に出る。俺には対応策も何もあった物ではない。放たれればそれで終わり。


 なら残りの時間で自生の句でも考えるかな……

 ……いや、戦うね。その息の根が止まる瞬間までは。 


 ケーニヒはすぐに回避へ移行する。俺は逆にその兆候と共に前へと踏み込む。

 奴も俺が一旦は回避に動くと踏んだだろう。こちらを過大評価してくれていた事で良い方向に転ぶ。


 接近しつつ、ケーニヒ目掛けて短剣を投擲。

 当然ロングソードで防がれつつも懐に入り込む。眼前にはもう一方のバゼラードが迫る。

 回避は出来るが、すれば時間切れ。なら受け止めてやるだけだ。

 以前、エイマンの斬撃を受け止めたのと同じく【真剣白刃取り】。ケーニヒほどの使い手に使用するのはリスクがデカいがロスタイムを作る訳にはいかない。両腕でバゼラードの刃を受け止め、で土手っ腹に蹴りを叩き込む。ケーニヒももう一方のロングソードを既に切り返していたが、一手こちらが早い。


「グフッ!?」


 完全なヒット。そのまま蹴り飛ばし強制的に後退させる。

 ……だが、倒し切るには至っていない。

 しかし、ここでタイムリミット。既に魔法陣からは氷が迫り出していた。

 

 ……折角、勝てたんだけどな。 

 何にせよ、早く決着をつけられなかった俺自身のミスだ。

 などと、考えていたのだが……そういえば魔法発動しねーな?

 

 すると、俺の蹴りによって吹き飛んだケーニヒを追撃するように足元から氷塊が伸びる。

 だがそれはいつもの豪快な氷塊による質量攻撃ではなく、細い槍のような氷柱つららによる攻撃だった。


 ……なるほど。魔女のフェイントだったのか。

 あの女、こんなコンパクトな魔法の使い方出来るんだな……

 いや、逆か。あれだけ大魔法をポンポン打てて、これが出来ない訳がない。

 戦いに効率ばかりを考え過ぎたか。


 そう思い学院長の方へと一度視線を向けた。

 「殺されるかと思った」と言う視線を送るが、「あまり舐めないでもらえます?」と自身に満ち満ちた視線をこちらに向けてきていた。

 ……全く頼もしい事だ。


「まだだッ!!まだ終わらんッッ!!」


 氷柱を剣で切り裂きつつ、こちらへ突っ込んでくる、ケーニヒ。

 コンパクトな魔法発動の所為で威力はほぼ無かった。

 ……だが、既に勝敗は決している。その事にケーニヒ自身も気がついていた。

 先の蹴りの際、【蛮勇化】を使わなかったおかげで奴に楔を打ち込めたのだ。

 つまり、俺の『最強の一手』が使える。


「いいや。これでしまいだ。

 【幻影命令ファントム・オーダー】永遠の闇に沈め。ケーニヒ」


 既に俺は氷壁のすぐ側まで後退させられていた。

 この状況で俺目掛けて全力の突進。もうトドメを刺さずとも、それで終わりだ。

 俺はケーニヒの意識を刈り取ると、その突進を回避する。

 奴の体はその勢いのまま、氷壁へと頭から突っ込んでいった。


———————————————


 自身の人生を振り返った時。

 その生涯において、自身の力のみで「成し遂げた」と言える事は何一つとして無かった。


 最初に抱いたのは恋心であった。

 幼少期、年が十以上も年上の令嬢に恋をした。彼女は別の貴族と婚姻を結んだ。

 失恋とも言えない、ただの憧れに近い話だが、その貴族がろくに剣術の稽古も魔法を学ぶ事もせずに、財力で奴隷を使い潰すだけの穀潰しだったおかげで、グラサダという国を心底嫌いに成れた。


 その後は剣術の稽古に明け暮れた。

 結果、『グラサダの剣神』と呼ばれるに至ったが、その名がエーデルタニアのヒューバー家が持つ『剣聖』と並び立たせる為の物だと知り、どれだけ落胆させられた事か。

 欲しかったのは昇進の為の足掛かりではない。

 他の追随を許さない。どんな理不尽すらも悉く粉砕する圧倒的な個の力だった。


 ……叶わない事など知っていた。

 それでも数という絶対的な暴力に抗う術が欲しかった。


 最年少で騎士団の小隊長に任じられようとも、何か変えられた事など一つも無い。

 実力を示そうとも、誰も彼もが人よりも自分の方が秀でていなければ気が済まない。その浅ましい自己顕示欲を満たす為に、他者の命を踏み躙る事を平然と、むしろ笑いながら出来るのだ。


 だから騎士団を辞め、『グラサダ自警団』を発足した。

 唯一の心残りは、声をかけた一人の部下に断られた事。お世辞にも才能があるとは言えなかったが、その心根は誰よりも真っ直ぐで気持ちの良い男であった。

 

 そして自警団での活動は民と騎士団との間の板挟みだった。

 民を守らんと剣を振るえば騎士団に報復され、騎士団を取れば、民からは「結局騎士団と同じか」と揶揄される。元々、望んで選んだ道。後悔は無いが出来る事といえば、街の便利屋程度の事。

 グラサダ王室やガーランド帝国への反抗勢力が聞いて呆れる。

 

 ……そうやって腐り始めた頃だった。『あの男』が私の前に現れたのは。


 男は言った。

 「ガーランド帝国を滅ぼす為に力を貸せ」と。 

 その報酬として「帝国の領地を全てくれてやる」とも。

 

 私は鼻で笑った。「出来る訳が無い」と。

 そう言うと、男はあっさり立ち去ろうとした。

 だが、気に入らなかった。私が諦めた物をその男がまだ目指していたからだ。

 だから、思い知らせてやろうと考えた。その男に「もし自分に一太刀でも浴びせられたなら考えてやる」と。


 ……しかし結果は無惨な敗北だった。


 物の数秒の後、私はその男の膝下に崩れ落ちていた。

 その男は既に持っていたのだ。私が欲した『圧倒的な個の力』を。

 そして『グラサダの剣神』は国を捨て、『軍神』へと名前を変えた。

 

 自身では成し遂げる事を諦め、他者にその夢を預けた。

 その選択に後悔は無い。おかげで自らでは想像も出来なかった世界が見えた。


 だが、その所為で『夢の残骸』も見てしまった。 

 かつての部下『アルフレド・オルレイン・シュバリエ』。その死を。

 もしも自分が、あくまで自分自身が力を誇示する事を望んでいたなら、同じ終わりを迎えていたのかもしれないと。

 しかも、それを行った者の感想は「まぁまぁ。超面倒だった」だ。

 それを聞き、自分の中で湧き上がった二つの感情。

 「自分もそう成らずに済んだ」という安堵。「そんな言葉だけで済ませるな」という怒り。

 感じてしまった時点で、私は元々器では無かったのだと実感させられてしまう。

 何せ、目の前の化け物二人はそんな感情を抱いたりしない。

 情など無い。そもそも人間では無いのだから。


 だから願ったのだ。

 自分では成し遂げられなかった理想を。

 この忌まわしい貴族権益の崩壊。大陸統一の夢を。


 だというのに、なぜ……


———————————————



「……なぜだ、ルーク?

 私の知る貴様は……確かに『どうしようもない阿呆』だが、陛下に楯突く『愚者』では無かったはずだ」


 氷壁に頭から突っ込み、既に瀕死であろうケーニヒ。

 掠れた声で俺を見る事無く、そう呟いていた。

 それが俺に向けて言われた言葉なのか、それとも譫言で口走っているだけなのか……


「どうなんだろうな……

 少なくとも、三年前の俺は何も考えて無かったよ」


 その傍に背をもたれ掛ける。氷が冷たくて気持ち良い。すぐにでも眠れそうだ。

 ケーニヒの問い。俺の中では簡単だが、人に伝えるとなると難しい。


 だけど……もう答えはある。


 戦いを「楽しい」と思い、それ自体に意味を見出せていたなら魔王軍で良かったのだ。

 ……だけど。知りたかったのは『理由』。

 何の為に戦うのか。何の為に死ぬのか。俺自身が何の為に生まれたのか。

 そして三年が経ち、その答えを知った。


「何も持たずに生まれてきた。人を殺し、誰かを不幸にするくらいしか能が無いけれど。

 それでも……最期くらいは誰かの為に死ねると思った」

 

 その言葉にすぐに返答は無かった。

 もしかすると既に息絶えたのかもしれない。それか、そもそも聞こえていないか。

 その時、学院長が氷壁から降りてきた。氷の魔法で作り出した柱に乗り、それを溶かしつつ静かに降りてきた。


 水から氷を作れても、逆に氷を水にすぐ置換するのは難しい。

 炎で溶かせば楽だが、学院長は魔力によって強引に融解している。

 熱量を発生させているのか、分子を振動させているのか、どちらかは不明だが器用な物だ。


 そちらに気を取られていたのだが……


「……化け物の分際で人間の真似事とは滑稽だな?

 誰かの為にだと?笑わせるな…お前の所為で人が不幸になるのだ…っ

 何も成せないまま死ね…与えられた生を謳歌しなかった事を後悔しろ……っ

 地獄の釜の底で、貴様が現実に打ちのめされ落ちてくるのを待っていてやるッ……」


 それがケーニヒの最期だった。

 元々、氷壁に衝突し、身体は力無く倒れていたが、生気と殺気が完全に消えたのを感じた。

 

 最後の最後まで、言いたい事だけ言って死にやがったな。アイツ。

 ……まぁ、自分も地獄に落ちると悟っている辺り、らしいと言えばらしいけれど。


「アンタは正しいよ。ケーニヒ。

 ……だけど悪いな。もうする気はーんだ。後悔だけは」


 

 



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