宿命編21-魔女の秘密-
カーソンから『前線基地爆撃の知らせ』を聞いた後。
学院長室の雰囲気はお通夜の様相を呈していた。
その知らせで全員が暗い表情になった訳だが、一番動揺していたのは意外な事に学院長だった。
一見先ほどまでと変わらず自席に座ってはいるが、周囲を威圧するように指先を「コツン!コツン!」と机に打ち付けている……彼女は普段、口調こそ悪い時はあるが、ここまで苛立ちを態度に出すのは珍しい。
「……説明してくれ、クロノア」
「はい」
頭を抱えた殿下から説明を求められたクロノア。
だが、彼女はというと『その知らせ』を聞いても、そこまで動揺はしていなかった。
むしろ、安心していた。理由は『ルークの行動』が彼女の想像力の域を出てはいなかったからだ。
「グラサダ側から飛空挺を出したんだと思います。
先輩が基地を強襲するのに合わせて部隊を向かわせたのでしょう。駐留していたらバレてしまいますから」
「それは、そうなのだろうが……
普通は地上部隊や基地の警備を強化して対応する物では無いのか?グラサダ側に向けられるはずの部隊を使う必要性があるとは思えないが?」
「有象無象をいくら増やしても意味無いです。
基地を囮に飛空挺による爆撃を行う。それが魔王軍としては最も安全な方法なんです……」
「いやいや。それは流石に大袈裟過ぎだろ?
アイツが強いのは分かるが、だからってグラサダより、前線基地よりも優先される。なんて事はあり得ないんじゃないか?」
「それは……」
クロノアは言葉に詰まる。
今自分が言った事に不思議な事は何一つ無い。……だが、それは相手が魔王軍であるならばの話。
目の前の彼らにそれを納得させるには、ルークが本当は何者であるのかを説明しなければならない。
しかし、それは……あまりにもリスクが高過ぎる行為だった。
「……状況から考えれば、ルークを狙って爆撃が行われたのは間違い無いはずです」
「作戦は失敗した。という事か……」
「それはまだ早計だと思います」
学院長がその言葉に強く反応し、クロノアの方へと視線を向けてくる。
その視線の意味する所が何なのか……彼女は計りかねていた。
作戦に対する執着よりも、もっと違う他の『何か』に感じたからだ。
そこまで話してカーソンがややか細めに口を開く。
「あの……実は報告には続きがありまして。
ただ、なにぶん未確認かつ、不確定な情報を多分に含んでおり……」
「報告してくれ」
カーソンの曖昧な言葉にやや苛立ったのか、少し強めの口調で殿下が指示する。
「爆撃後から基地近郊の森林地帯で魔王軍部隊が作戦行動を行なっている模様。
当該地域では爆撃も目撃されている為、『何か』と戦っているのは間違い無いようですが……」
「おそらく『先輩』ですね……
その情報は何時の物ですか?」
その情報は半日程度前の情報であった。
通信用の魔法具を何度も経由させ、王都まで伝えられた物だったからだ。
「て事は、えーと……二日ぐらい戦いっぱなしって事なのか?」
「……もう死んでるんじゃない?」
ディーオントとエルビーが少し小声でそう話していた。
本人達は全員に言ったつもりは無かったのだろうが、狭い部屋の中で話していれば自然と聞こえてしまうという物。
全員が注目していた事に気がつき、慌てるエルビー。
「いや、だって前線で部隊行動って事は前の襲撃の比じゃない数でしょう!?
そんなの個人じゃ、どうにもならないじゃないですか!?」
「そこが問題なんです。
普通は一日だって保たない。……それが二日も続いている」
「魔王軍がたった一人を仕留めるのに、攻めあぐねるとは……」
殿下の言葉にクロノアは首を横に振った。
それは彼女が意図した事とは違っていたからだ。
「いえ、逆です。
定石通りの包囲殲滅であれば、掻い潜られてすぐに逃げられていたはずです」
「……それを普通と言われても、な?」
「ルークが脱出不可能な状態にあるという事か?例えば怪我とか?」
「いえ、だから逆なんです。
問題なのは、魔王軍の動向の方なんです。
戦線が続いているという事は鼻から殲滅ではなく、包囲網を形成して、先輩が疲れ切った後に仕留めるつもりだったという事になります。仮に上からの命令だったとしても、一日待てずに強行に出てしまうはず。
それが『続いている』という事は……」
クロノアはそこまで話して「しまった」と思った。
彼女自身も考えを整理しながら話していた為、つい口を滑らせてしまったのだ。
この場の全員が「ルークが魔王軍の人間だ」と知っているだろうが、「魔王軍の中で何者であるのか?」を知る者はいない。いや、学院長だけは流石に気がついているとは思うが……
「……という事は、何です?」
学院長の口調にはやや怒気を孕んでいた。いや「殺気立っていた」と言った方が正しい。
気圧された訳ではないが、ここまで口にして「何も言わない」という訳にもいかなかった。
「相手は……ケーニヒかもしれません」
学院長はそれを聞くと、デスクの上にあった通信機に手を伸ばす。
それは古い黒電話のような形状の魔法具で使用法も効果も同じ物。王都内に同じ物があれば魔法無しでも音声を相手に送れる代物だ。
クロノアは「このタイミングで一体どこに?」と考えた。
が、その相手はすぐにわかる事となる。
「『イルミナさん』ですか?私です。
これから、魔王軍と一発かましに行くので、貴女の権限で可能な限り部隊を用意して下さい」
『イルミナさん』と呼ばれた人物は、十賢の一人。『イルミナ・クリステイン』だ。
そして、通信の内容から学院長がルークの支援の為に最前線に向かおうとしている事が伝わってくる。
「これは『お願い』ではありませんよ?『用意しなさい』と言っているんです。あと馬車もお願いしますよ?
……言い分なら後で聞いてあげますので、さっさと準備なさい。さもないと貴方の領地と家が永久凍土になってしまいますよ?
……そうですか。ではまた後ほど」
そして、ただの脅迫電話であった。
だが、話の内容はクロノアにとっては好都合。
「戦場に向かうんですね!では……」
クロノアは手錠をされた腕を学院長に差し出す。
それが「手錠をはずせ」という意図の物である事はすぐに理解出来る。
彼女は何も言わずに魔法で『氷の鍵』を作り出した。
その様子をクロノアは凝視していたのだが……「鍵は無い」と言っていたが、まさか本当に無いとは。「そういえばルークも、氷魔法を利用してピッキングをしていたな」と思い出していた。
しかし、学院長はというと、自身の手枷だけを外すと、そちら側を今度は壁に氷魔法で括り付けてしまった。
「ちょっ!?どういう事ですかっ!?」
「貴女はここに残りなさい」
「なぜですッ!」
「自分がなぜ置いて行かれたのか分かっているはずですよ?実力不足。足手纏いだと判断されたからでしょう?
言っておきますが、私の戦場に前衛は入りませんよ?知り合いを氷像にするのは気分が悪いので」
「では、学院長がこちらに残ればよろしいかと。前線には私が行きますので」
「話を聞いていなかったのですか?ここに残るのは貴女です」
当然、納得出来る訳もなく、クロノアはさっさと部屋を去ろうとする学院長の前へと立ち塞がる。
とはいえ、鎖の長さ的に部屋の半分程度まで逃げられるともう手を出す事が出来なくなる。
両者、全く退こうとしない硬直状態の中、僅かな冷気だけがその場に漂う。
「ちょっと二人とも、落ち着いて、落ち着いて!?」
「そうだ。
学院長も。不確定な情報で部隊まで動かすのはやり過ぎでしょう?」
学院長を更にシルヴィアと、殿下が制止する。
それら全てに煙たそうな視線を向けるその姿に、クロノアは違和感を覚えていた。
……いや、今だけではない。
この作戦が始まってから……いやもっと。もっと以前から。
「ずっと。不思議に思っていた事があります。
学院長は、なぜ先輩の亡命を手引きしたんです?」
「……」
学院長は赤ら様に目を逸らす。そして何も答えなかった。
それは、何かしら隠したい事がある証拠。
クロノアは更に畳み掛けるように言葉を続ける。
「先輩の事を知っていたなら話は別です。というより、私はずっとそうなのだと思っていました。ですが、貴女がそれを知ったのはヒューバー邸の一件の後。
であるならば、なぜです?三年前、引き込む事がリスクでしかない一階の暗殺者を。ましてや自分を殺しに来た相手を匿う理由とはなんなんです?」
その言葉に返答する事は無く、学院長はクロノアの脇を通り抜けようとするが、そうはさせないと立ち塞がる。
それだけなら強行される可能性もあったのだが、意外にも殿下とシルヴィアも同じように道を塞いでいた。
二人も知りたいのだろう。おそらく『その理由』が今、学院長が必死になっている理由に直結しているはずなのだから。
苛立ちを露わにしながらも、ダンマリを決め込む学院長。
本当に何も話すつもりはないらしい。それこそ墓場まで持っていく覚悟なのだろう。
だが、実はクロノアには『その理由』に心当たりがあった。
「想像は出来ています」
「……言ってご覧なさいな?」
「よろしいんですね?学院長?」
「『良い』と言っているでしょう」
「貴女と先輩は……」
その態度から「絶対にわかる訳が無い」と高を括っている。
それとは裏腹にクロノアには確信があった。
普段のルークの態度、学院長の雰囲気。一見、不自然な点は無かった。だが、事ルークの人間関係において自然過ぎる事が逆に不自然。つまり、それこそが『この二人の関係』だという事。
「『愛人関係』にある」
「ハアァァァァぁぁァァッ!?」
「ええええええええええッ!?」
驚いて、今までに聞いた事のない声を上げる学院長。
なぜかシルヴィアまで動揺の声を上げていたが……
「ほ、本当なの?」
「いや……まさか、そんな……」
他の者達も二人ほどではないが驚いた様子を見せる。
ここだ。と言わんばかりにクロノアが畳み掛ける。
「学院長も早くに未亡人になって、色々と持て余している事でしょう。
無駄に若作りなのも、自分より倍ぐらい若い先輩を相手にしていたと考えれば頷け……」
「そうですか、そうですか。貴女?私を普段そういう目で見ていたんですね?よぉ〜く。わかりましたよ」
クロノアは学院長の様子を伺っていたのだが……
最初こそ驚いていた彼女だったが、その態度が急変する。
顔は非常に笑っている。しかし、漂ってくる冷気と雰囲気は真逆。
「……あ、あれ?」
「く、クロノアちゃん…ッ!?
なんかこれマズく無いかな…ッ!?」
確実に「勝てる」と思った論争だったにも関わらず、気がつけば立場は逆転。
冷気がより一層冷たく、殺気が背筋を凍らせる。
これは死んだ……クロノアは氷像になる事を覚悟していた。
だが、学院長は一度、大きく深呼吸をする。そして、溜息を吐きつつ髪の毛を整えながら、漏れ出た冷気を止める。
「はぁ……そういう所はやはりあの子の後輩ですよね?
私とルークが愛人関係?そんな訳がないでしょう?だとしたら、近親相姦に……」
「……え?」
「近親って?」
学院長が慌てて口を手で覆った。
クロノアもその言葉をハッキリと聞き取れていたが、聞き間違えか言い間違えかと最初は思った。
だが、本人があまりにも動揺し過ぎていた為その疑いは消え失せる。
とはいえ、『そっち』だったのか……
「そ、想定の範囲内ですね……
真意を引き出す為に、敢えて突拍子も無い事を言ってみただけです」
「……嘘だよね?」
「……嘘だろうな」
当然クロノアが一番驚いているのであった……
だが、勘違いとはいえ、聞き出せたのだから、結果オーライなので全てが嘘と言う訳でも無かろうと。
「間違いでは……無いんですか?」
「……」
学院長は黙り込む。
それ以上、話すつもりはない。と態度からはっきり伝わってくる。
クロノアは今更ながら思い当たる節があった。
ルークの持っていた組紐。捨てようとした物を拾って修理したと言う話。
彼女の知る限り相当傷んでいたはずの品が、再開した時には新品と見間違うほど完璧に直してあった。
……というより新しく作ったのだろう。編み方や材質まで同じなら、ズボラな先輩は気が付かなかった事だろう。
そこまで考えて、この話題を掘り下げるのはやめようと考えた。
これ以上、学院長は何も言わないだろうし、時間の無駄だ。
理由がわかったなら、この後の話をすべきだ。
「ケーニヒと一戦交えるつもりなら、絶対にお役に立てます」
「必要無いと言っています。氷漬けになりたいんですか?」
「学院長が私を氷漬けに出来ないのは、初めてお会いした時に証明したかと思いますが?」
「そう。なら今一度証明して頂きましょうか?」
再び学院長の体から魔力、冷気が周囲に漏れ出す。
一瞬、ブルリと身震いしたくなる体を押さえつけるクロノア。
ここが正念場か。と、声を発しようとした時、なぜか先にシルヴィアが口を開いた。
「まぁまぁ。お二人方共、今は揉めている場合では無いと思います。
誰がなんて言っている場合じゃないですよ。みんなで行けばいいじゃないですか?」
「……まさかとは思いますが、その『みんな』の中にシルヴィアさん自身は入っていませんよね?」
「もちろん。入ってます!」
「いやいやいやいや!?それは無茶ですよっ!?」
「私の眼も役に立つと思います!」
「「却下ですッ!」」
ここだけは意見が揃う学院長とクロノア。
それに、シルヴィアは何か言い返したげにするが、思いつかないのか、困った顔をする。
そこに歩出てくるエイマン。てっきり彼も反対する物かと二人はそう考えていたのだが……
「私であれば騎士団の小隊規模であれば動かす事が可能です。
ただし条件がある」
「貴方も連れて行け。とでも?」
「はい」
「論外ですね」
なるほど、兵か。クロノアはそう考えていた。
実際、魔王軍との交戦に際し、時間稼ぎだけであったとしても、少なく見積もって遠近統制の取れた中隊規模の部隊が欲しい所。自分だけで調達するのは不可能だが、ここの人脈を使えば、可能に出来るかもしれない。
だが、学院長はそれに応じるつもりは無いらしく、更に畳み掛ける。
「そもそも、準備にそこまで時間をかける訳にはいかないと理解出来ていますか?」
「こうしている間も先輩はケーニヒ指揮下の部隊と交戦していますから」
「今から国境付近に向かったとして、最短でも三日はかかります。更に人数を増やして足並みを揃えていては四日以上は費やす事になるでしょう。
事は一刻を争う。貴女も理解出来ているでしょう?」
「確かに。なら準備しましょう」
そのクロノアの言葉に「言い間違えか?」と全員が考えたが、一向に訂正をしようとしない。
「……貴女、話聞いてましたか?」
「魔法師団と騎士団を連れて、準備を含めて四日で移動出来るんですよね?であれば、準備しましょう。
揺動が目的でも魔王軍と交戦するなら、兵が居過ぎて困るという事はありません」
「それは……」
「ど・う・せっ!
学院長は『魔法ブッ放でやり逃げ』ぐらいしか考えてないんでしょうが、それでは魔法師隊に相殺されて大した時間稼ぎにもならないです。
間違いなく来てますよ?ケーニヒ以外の魔法が得意な幹部が。
このままでは揺動どころか全滅必須です」
「そうはなりませんよ」
「なりますね。私とシュミットごときに遅れを取る学院長では絶対に不可能です!」
「……随分と刺すじゃないですか?」
「事実を述べたまでです。まだまだ刺せますけど?」
「二人とも?そろそろ凍えそうだから、そのくらいにして貰えないだろうか?」
周りが通りで静かだと思ったら、口論中に学院長の漏れでた魔力によってガクガクと震えていた。
普段はあまりないが、時間が無い事と、先の失言の動揺でコントロールが疎かになっている様子だ。
学院長は一度冷静になる為に深呼吸をし、目を閉じて数秒ほど考え込む。
数秒後、目を見開き、真っ直ぐにクロノアを直視した。
「貴女なら、どうにか出来ると?」
「無理です。……でも、学院長と相応の部隊さえあれば」
否定と断言。
だが決してマイナスな理由ではない。
逡巡する学院長。
そして、口からボソッと言葉が漏れ出す。
「……本当に大丈夫なんですか?」
クロノアはそれが作戦の事なのかと最初は思ったが、すぐにそちらではない事に気がつく。
元々、学院長とて現場に向かおうとしていたのだ、現地に着いた後の事ではない。その前の話であると。
クロノアは微笑みつつ、今度は自信満々に首を縦に振った。
「大丈夫です。
その昔、魔王陛下がグラサダ王宮に攻め込んだ際、敵地にたった一人、七日間戦ったそうです。
魔王サタンに出来た事なら、先輩にも出来ますよ。あの人、負けず嫌いですから」
渋々、学院長から了解を得て、それぞれ準備に取り掛かるのだった。




