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No Look Jamming〜私は見る事ができない〜  作者: 船木一底
ツキナミの生活
18/22

フェイズシフター3

 ことはに手を引かれながら、私は木の根が複雑に絡み合った下り坂を慎重に降りていく。土の匂いが濃くなって、足音が少し響きにくくなった。地面は柔らかいのに、どこか踏み固められていて、長く居座った獣の寝床みたいだった。

 この先に——ことはが、前にこっそり私だけに教えてくれた場所がある。

「お姉ちゃん、あと三歩まっすぐ。その先で、少しだけ左ね」

 前を歩きながら、ことはが振り返らずに言う。

「分かった」

 私はことはの手を握り直し、言われた通りに足を運ぶ。

 ことはの声は、いつもの調子を保とうとしているけど、ほんの少しだけ語尾が震えている気がする。

 そろそろかな、と思って手探りで前へ伸ばした指先に、冷たい木の根が触れた。

「ここ、天井。頭、ぶつけないでね」

 ことはが、今度はちゃんと私の方を向いて注意してくれる。

「助かる」

 私は身をかがめて、細い隙間をくぐった。空気がひやりと変わる。

 すぐに、前に案内してもらった時と同じ、でも少しだけ違う匂いが鼻に届いた。乾いた草と、少し湿った土。それに混じって、削った木のささくれと、新しく足された油と鉄の匂い。

 足元も、前より変わっている。前に来た時はむき出しの土だったのに、今はところどころに布や藁が敷かれていて、靴底に当たる感触が柔らかい。

 何より——。

「んー……」

 私はわざと少し大きめに息を吐いてみた。

 返ってくる反響が、前に来た時より、ちょっとだけ鈍くなっている。音の跳ね返り方が丸い。壁際に物が増えて、音を吸っているのが、耳で分かる。

「ふう……とりあえず、ここなら見つかりにくいはず」

 ことはが、わざとらしく大きく息を吐きながら言った。

「お兄ちゃんにも、みのりさんにも内緒の、ほんとの秘密基地なんだから」

ことはは腰に手を当てて満面のドヤ顔でそう言った。

私は見えないながらも周囲を見渡しながら

「……やっぱり、ここまでちゃんと仕上げてたんだ」

 私は壁際を手探りで確かめながら腰を下ろし、つぶやく。

「前に来た時と、音が違う。なんか、物増えてる」

「分かるの、すご」

 ことはが、少しだけ感心したような声を出す。足音の位置的に、私の正面あたりでしゃがみ込んだらしい。

「布とか荷物とか、いっぱい持ってきたもん。あと、その辺に吊ってあるやつ」

 ことはの言葉に耳を澄ますと、頭上で、細いものが風に揺れて触れ合う、小さな音がした。

 ちり……ちりん……と、硝子同士がこすれるような、かすかな音。

「……レンズ?」

 私は音のする方に顔を向けて尋ねた。

「そう」

 ことはが誇らしげに答える。

「割れた皿とか、いらないガラスとか、少し磨いて穴あけて、紐で吊ってる」

 ことはは、さらに続ける。

「前にさ、お兄ちゃんが庭でガラス吊って光見てたじゃん? あれ、こっそり真似したの!」

「見えないけど、音はきれい」

 私はそう言って、頭上に手を伸ばした。指先に、小さな輪っかと固い縁が触れる。

 ここも、もう「遊び場」じゃなくて、ちゃんとした「隠れ家」になっている。

 耳と足の裏と匂いだけで、それが分かった。

「二人とも、ちょっと待ってて」

 入口の方で、しおりさんの声がした。

「さっきのバケモンが穴から出てきてないかだけ、もう一回見てくる」

「うん。気をつけて」

 ことはが短く返事をし、私はその横で小さく頷く。

 しおりさんの足音が遠ざかっていく。鎧と武器がかすかに触れ合う音が、根のトンネルを通って、しばらく耳に残った。

 少しの間、隠れ家には私とことはだけになる。

 土の冷たさが、服越しにじんわり広がる。腕の中では、さっきからずっと、ブローチとレンズがひんやりとした重さを保っていた。

「……ことは」

 私は隣にいる気配に向かって声をかける。

「なに?」

 ことはがすぐに答えた。

「さっきから、ちょっと震えてる」

 そう言うと、ことははびくっと肩を揺らし、そのまま私の膝の上にそっと手を置いてきた。

「え、どこが?」

 ことはが、おそるおそる聞き返してくる。

「声」

 私は正直に答える。

「いつもの“悪いこと思いついた時の声”と、ちょっと違う」

「……やっぱ、バレるかぁ」

 ことはが、苦笑するように息を吐いた。

「お姉ちゃんには、なんでもバレちゃうね」

「耳しか取り柄、ないから」

 そう冗談めかして言ったつもりだったのに、自分の声にも少しだけ力がなかった。

 しばらくして、入口の方で枝が擦れる音がした。

「周囲、ひととおり見てきた」

 根のトンネルをくぐってきたしおりさんの声が、暗がりに落ちてくる。

「さっきの奴は、まだ穴の辺りで暴れてるけど、こっちには向かってない。兵隊たちの足音も、今のところは聞こえないよ」

「よかった……」

 ことはが、素直に息を吐いた。

「私も座ろっと」

 鎧がかすかに鳴って、しおりさんが私たちの近く——多分、私とことはの正面あたりに腰を下ろした。

「傷は、大丈夫?」

 少し低めの声で、しおりさんが確かめるように尋ねてくる。

「私は……平気」

 私は短く答えた。

 本当は、頭の奥がじんじん痛む。さっき、ブローチを通して無理に気配を探ったせいだ。

 でも、ことはの前では、それをあまり強くは言いたくなかった。

「ことはは?」

 しおりさんが、ことはの方へ向き直る。

「うん、たぶん……大丈夫。チーもケガしてないし」

 ことはは、いつも通りを装うように返事をする。けれど、その前にほんの少し間があった。

「震えてていいよ」

 しおりさんの言葉が、唐突に落ちてきた。

「え?」

 私とことはの声が、ほぼ同時に重なる。

「怖いものは怖いって、そのままでいい」

 さっきまで戦ってた人とは思えないくらい、柔らかい声だった。

「私だって怖かったよ。あんなバケモン、見たことないもん。あのまま外にいたら、誰か一人くらい潰されてたかもしれない」

 それは、さっき私の耳が拾った想像そのものだった。

 あの足音。あの重さ。あの、どこか壊れた呼吸のリズム。

「でもね」

 土を指でいじるような音がする。しおりさんが、足元の土をつまんで崩しているのだろう。

「怖かったのに、ちゃんと逃げ道考えたのはことはでしょ。耳であいつの動き追ってくれたのはさゆりでしょ。二人とも、十分すごいよ」

「……褒めすぎ」

 ことはが、小さく笑った。

「なんか、照れる」

 ことはが顔を赤らめているのと同じように、私の頬も少し熱を持った気がした。

「照れていいよ」

 しおりさんが、ふっと息を吐く。

「こういう時はさ、とりあえず『生きてる』ってだけで、もう合格なんだから」

 その言葉が、胸の奥に、じんと滲みた。

 主人様も、きっと同じことを言う。

「しおりさんは……怖くなかったの?」

 気づいたら、私は口を開いていた。

「あたりまえでしょ。怖かったよ」

 しおりさんは、即答した。

「でもさ、私が一番上でしょ。年齢も、戦った回数も。だから、二人よりちょっとだけ後で怖がるようにしてる」

「ちょっとだけ後?」

 私は首を傾げる。

「うん」

 少し身じろぎする気配がした。多分、膝に肘を乗せて前屈みになっている。

「二人が『もうダメかも』って思いそうな時までは、とりあえず大人のふりしてがんばる。あとで一人になったら、こっそり震えるの」

「ずるい」

 ことはが、ぽつりと言った。

「そういうの、ずるいよ」

「そう?」

 しおりさんが、少し笑いを含んだ声を出す。

「しおりんばっか、かっこいいじゃん」

 ことはの声が、少しだけ涙っぽくなる。

「ほんとは私だって、途中で泣きそうだったもん。お兄ちゃん、煙の中でいなくなっちゃうかと思ったし。家、燃えてるし。なんか、全部、ぐちゃぐちゃで……」

 ことはの言葉が、途中でぷつりと切れた。

 小さな鼻をすする音。布に顔を押しつける気配。

 私は手探りで、ことはの肩を探し当てる。震えている、小さな肩。

 そっと抱き寄せると、ことはは一度だけ肩を強張らせて——すぐに力を抜いた。

「ことは」

 私は腕の中の妹の名を呼ぶ。

「……なに」

 ことはが、布越しにくぐもった声で答えた。

「泣いていいよ」

 自分の声も、少し震えているのが分かった。多分、私も限界が近い。

「主人様のこと、好きなんだもんね」

「だいすきだもん……」

 ことはが、押し殺した声で言う。

「お兄ちゃん、いつも一緒に遊んでくれるし。変な遊びも付き合ってくれるし。爆発しても怒らないし。褒めてくれるし……何より、こんな私を引き取ってくれたし……」

「怒らない、は半分嘘」

 気づいたら、私の口が勝手に動いていた。

「ちゃんと叱る。ことはが危ないことしたら」

「う……それは、そうだけど……」

 ことはが、ぐずぐずになりながら笑う。

「でも、怖くて怒ってる感じじゃないじゃん。『びっくりしたよ』って顔で、でも最後は絶対笑うじゃん……」

「そうだね」

 しおりさんが、優しく同意する。

「だからさ。あの人は、今もきっと笑える場所にいるよ。そうじゃないと、私が許さない」

「しおりさんが、許さない?」

 私はしおりさんの方へ顔を向けて尋ねた。

「そう」

 土の上で、拳をぎゅっと握ったような小さな音がした。

「師匠が勝手にくたばったら、一番最初に殴るの、私だから」

 その言い方が妙に頼もしくて、思わず笑ってしまう。

「……ふふ」

「なに、さゆり」

 しおりさんが、少し不思議そうに問いかけてくる。

「しおりさん、やっぱりかっこいい」

 私は素直にそう言った。

「でしょ」

 少しだけ得意げな声が返ってきた。

 秘密基地の中に、三人分の息が、少しずつ落ち着いて満ちていく。

「……これから、どうする?」

 しばらくして、しおりさんが現実に引き戻すように言った。

「ずっとここにいるわけにもいかないよね」

「そうだね」

 私はことはの背中を撫でながら答える。

「主人様は、きっと私たちをここに置いていった。巻き込みたくないから」

「だと思う」

 しおりさんの声は、迷いがなかった。

「さっきのブローチも、多分そのための印。『ここまでは来ていい、でもここから先は来るな』って」

「だったら、どうする?」

 ことはが、鼻をすすりながら問う。

「お兄ちゃん、追いかける?」

 喉まで出かかった「追いかけたい」を、私は飲み込んだ。

 代わりに、胸元のブローチを指先で探る。

「……ルック」

 私は小さく囁いた。

 本当は、ブローチを通してならレンズも一緒に繋げる。表の森のレンズと、主人様の向きと、全部まとめて覗くことだって、やろうと思えばできる。

 でも、今は無理だ。頭の奥が、まだじんじんと重い。

 だから、細くて静かな一本だけ——主人様の魔力の糸だけを、そっと掴む。

 糸は、遠くへ伸びていた。さっきより少しだけ位置が変わって、やっぱり森のもっと奥へ向かっている。こちらへ戻ってくる気配はない。

「主人様の向きは、分かる」

 私はゆっくりと言った。

「でも、すごく遠い。多分、真っ直ぐ追いかけたら、途中で兵隊やさっきのバケモンに挟まれる」

「つまり、死ぬルート」

 ことはが、短くまとめる。

「私たちが死んだら、お兄ちゃん、絶対泣くよね」

「泣くね」

 私は即答した。

「怒りながら、泣く。多分、しおりさんのことも怒る」

「うん、めっちゃ怒られると思う」

 しおりさんが、苦笑まじりに言う。

「てか、怒られるとかじゃなくて殺される・・・」

 何かを想像したのか、しおりさんの顔が青くなっていくのが、目が見えない私にも、声の調子と間で分かった。

「……今、行ったらさ」

 私は膝の上で手を握りしめる。

「私、きっとまた、人の目とか動物の目とか、いっぱい借りなくちゃいけない。さっきみたいに。二日くらい寝込むまで使って……それでも、役に立つかは分からない」

 鼻の奥に、焦げた匂いの記憶が戻ってくる。

「それって、“会いに行く”じゃなくて、“戦いに行く”ってことだと思う」

 しばらく沈黙が流れたあと、しおりさんが静かに問う。

「それでも、行きたい?」

「……行きたくない」

 ようやく出てきた言葉は、自分でも驚くほど小さかった。

「怖いからじゃなくて?」

 しおりさんが確認するように聞き返す。

「怖いけど、それだけじゃない」

 私は首を振った。

「主人様が、きっとそれ望んでないのが分かるから。主人様は絶対言うもん。『なんでわざわざ危ない方に行くの』って」

「だね」

 しおりさんが、そこでようやく少し笑った。

「師匠なら、『怪我したら痛いんだから、痛くない方を選びなさい』って絶対言う」

「だから——」

 私はブローチを握り直す。

「私、待つ。ここじゃなくてもいいけど、主人様の選んだ“危なくない方”で、ちゃんと生きて待つ」

「……ずるい」

 ことはが、ぽつりと言った。

「それ、さっき私が言ったやつの、もっとずるいやつ」

「お姉ちゃんだもん」

 私が肩をすくめると、ことははぐずぐずしながらも笑った。

「じゃあ、私も待つ。待つけど——」

 ことはの声が、少しだけ強くなる。

「ただ待ってるだけは、嫌。今よりもっと強くなって待つ。お兄ちゃんが迎えに来た時、『全員無傷で逃げてきたよー。ついでに敵もちょっとだけ困らせてきたよー』って言えるくらいに」

「それ、いい」

 しおりさんが、はっきりと言う。

「じゃあ決まり。私たちは、主人様とみのりさんが戻ってくるまで——“生き残る練習”しながら待つ」

「練習?」

 私は問い返した。

「うん」

 土を撫でる音がする。しおりさんが、掌で土をならしている。

「今までさ、私たちは守られてばっかりだったでしょ? 師匠とみのりさんに。これからは、三人で、自分たちを守る練習」

 その言葉に、胸の奥で何かが少しだけ灯った気がした。

「……あ、そうだ」

 ことはが、ふと思い出したように声を上げる。

「ここと遊び場にも、もうちょいレンズ置いとこ」

「レンズ?」

 私は首を傾げて聞き返した。

「うん。さっきの遊び場、爆発で何枚か割れちゃったと思うからさ。入口の上とか、木の枝とかに、また吊っときたい」

 頭上の硝子が、ちりん、と小さく鳴る。

「ここも、もっと増やす。お姉ちゃんが『ルック』した時に、周りがすぐ見えるように」

「……今は、ちょっと無理」

 私は苦笑混じりに言った。

「ブローチ一個で、もう頭いっぱい。レンズまで繋いだら、多分吐く」

「分かってるよ」

 ことはがすぐに言う。

「今日じゃなくていいの。明日とか、落ち着いてから。今は、とりあえず吊るしておくだけ」

「それなら、できるかも」

 私が答えると、ことはは「よし」と小さく拳を握る音を立てた。

「遊び場の方にも、予備のレンズ、隠してあるんだ。明日通る時に、しおりんと一緒に引っ掛けてこ」

「了解」

 しおりさんが短く応じる。

「さゆりの負担、減らせるなら、なんでもやる」

 レンズ越しに世界を見るのは、私の役目。

 でも、そのレンズをどこにどう置くのかは、ことはの仕事。

 そうやって少しずつ、三人の役割が、頭の中でちゃんと形になっていく。

「じゃ、とりあえず今日の目標」

 しおりさんが、少しだけ真面目な声に戻る。

「ここで一回ちゃんと寝て、頭と体を休める。明日、森を南に抜けてから東へ回って、東のあずまのむらに行こう」

「あの、小さい村?」

 私は主人様と話した記憶を探りながら尋ねた。

「市場で、よく余ったパンとか分けてもらったっていう?……東の人が多いっていうところ?」

「そう、それ」

 しおりさんが頷く気配がする。

「まっすぐ東は、今きっと兵隊とバケモンだらけだからね。一回南に出て、街道の支線から回り込む。遠回りだけど、その分だけ安全」

 遠い東の大陸の言葉——私たちの名前の由来を聞いた夜のことが、すぐに浮かぶ。

 東から流れてきた人たちが多い村なら、主人様もきっとすぐ分かる。

「じゃあ、あの村で待つ?」

 私は確認するように聞いた。

「うん。それが一番いいと思う」

 しおりさんが言う。

「人も多いし、王国の兵士もそんなにうろついてない。師匠が戻ってきた時にも、きっと一番探しやすい」

「……ねえ、ついでにさ」

 しおりさんが、ふと思い出したように声を上げた。

「呼び方、ちょっと揃えない?」

「呼び方?」

 私は首を傾げる。

「うん。外でさ、『主人様が〜』とか『お兄ちゃんが〜』とかあんまり言いたくないでしょ。余計な詮索されるし」

「それは、そうだね」

 私は同意する。

「だから、とりあえず三人の設定だけ決めとこ。外向けのやつ」

 しおりさんが、少し考えるような息を吐いた。

「さゆりが姉で、ことはが妹。私はその護衛ってことでどう?」

「護衛?」

 ことはが先に聞き返す。

「うん。二人を守る役」

 しおりさんは、少しだけ誇らしげな声で続けた。

「『姉妹と、その護衛』。分かりやすいでしょ」

「……いいと思う」

 私は素直に頷いた。

「しおりさん、護衛って言われると、それっぽい」

「でしょ」

 しおりさんが、ふふん、と小さく鼻で笑う。

「じゃあ、お姉ちゃんって呼ぶのは、外でも今まで通りでいい?」

 ことはが、私の腕にしがみつきながら聞いてくる。

「もちろん」

 私はことはの頭に顎を乗せた。

「ことはは、ずっと妹」

「うん。じゃあ、しおりんはしおりんのままでいいや」

「了解。私は今まで通り、さゆりとことはね」

 しおりさんがうなずく。

 外向けの嘘と、ここだけの呼び方が、少しずつ噛み合っていく感じがした。

「じゃ、寝る準備しよっか」

 しおりさんが立ち上がる気配を見せてから、すぐにまた腰を下ろす。多分、寝床の位置を確認したのだろう。

「見張りは順番。最初は私、その次ことは、最後がさゆり」

「最後?」

 私は思わず聞き返した。

「一番眠い時と、一番静かな明け方を任せたい。……その代わり、今は一回ちゃんと寝て」

「でも——」

 言いかけたところで、すぐにしおりさんの声がかぶさる。

「でも、じゃない」

 少しだけ厳しい声。

「さっき能力いっぱい使ったでしょ。頭痛いでしょ。無理して倒れたら、一番困るのは誰?」

「……ことはと、しおりさん」

 私は、そう答えてしまう。

「違うよ」

 すぐに、きっぱりした声が返ってきた。

「さゆりだよ」

「……私?」

 思わず聞き返す。

「うん」

 土の上で、しおりさんが少し身を乗り出した気配がする。

「さゆりが倒れたら、一番さゆりが困るの。『またみんなを巻き込んだ』って、絶対自分を責めるでしょ」

 図星すぎて、何も言えなかった。

「その顔、今もしてる」

 しおりさんが、少しだけ笑う。

「そういうの、見たくないから言ってんの。だから、素直に甘えて」

「……分かった」

 観念して頷くと、ことはが小さな声で「えらいえらい」と言って、私の腕にぎゅっとしがみついてきた。

「寝て起きたらさ」

 ことはが、半分眠そうな声で言う。

「次の村で何食べるかの相談もしよ。魚、おいしいとこがいいなあ……」

「食べ物の心配してるなら、もう大丈夫だ」

 しおりさんの冗談まじりの声が、今度は優しく響いた。

 私は土の冷たさと、ことはの体温と、胸元のブローチの重さを感じながら、ゆっくりと呼吸を整えた。

 目を閉じても、私はもともと何も見えない。

 それでも——。

 ブローチの向こうから伸びる、細くてしなやかな糸。

 主人様の魔力の気配が、遠くで確かに続いている。

 いつかまた、この目の見えない私が、自分の足で、主人様の前まで辿り着けるように。

 その時まで、生きていられるように。

 耳の奥で、その糸がかすかに震えるのを感じながら、私は静かに、眠りの方へと身を委ねた。

久々に書いております。

次回からは毎週水曜日に投稿できるようにゆるりと頑張ります。

11/27から週投稿にします。

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