フェイズシフター3
ことはに手を引かれながら、私は木の根が複雑に絡み合った下り坂を慎重に降りていく。土の匂いが濃くなって、足音が少し響きにくくなった。地面は柔らかいのに、どこか踏み固められていて、長く居座った獣の寝床みたいだった。
この先に——ことはが、前にこっそり私だけに教えてくれた場所がある。
「お姉ちゃん、あと三歩まっすぐ。その先で、少しだけ左ね」
前を歩きながら、ことはが振り返らずに言う。
「分かった」
私はことはの手を握り直し、言われた通りに足を運ぶ。
ことはの声は、いつもの調子を保とうとしているけど、ほんの少しだけ語尾が震えている気がする。
そろそろかな、と思って手探りで前へ伸ばした指先に、冷たい木の根が触れた。
「ここ、天井。頭、ぶつけないでね」
ことはが、今度はちゃんと私の方を向いて注意してくれる。
「助かる」
私は身をかがめて、細い隙間をくぐった。空気がひやりと変わる。
すぐに、前に案内してもらった時と同じ、でも少しだけ違う匂いが鼻に届いた。乾いた草と、少し湿った土。それに混じって、削った木のささくれと、新しく足された油と鉄の匂い。
足元も、前より変わっている。前に来た時はむき出しの土だったのに、今はところどころに布や藁が敷かれていて、靴底に当たる感触が柔らかい。
何より——。
「んー……」
私はわざと少し大きめに息を吐いてみた。
返ってくる反響が、前に来た時より、ちょっとだけ鈍くなっている。音の跳ね返り方が丸い。壁際に物が増えて、音を吸っているのが、耳で分かる。
「ふう……とりあえず、ここなら見つかりにくいはず」
ことはが、わざとらしく大きく息を吐きながら言った。
「お兄ちゃんにも、みのりさんにも内緒の、ほんとの秘密基地なんだから」
ことはは腰に手を当てて満面のドヤ顔でそう言った。
私は見えないながらも周囲を見渡しながら
「……やっぱり、ここまでちゃんと仕上げてたんだ」
私は壁際を手探りで確かめながら腰を下ろし、つぶやく。
「前に来た時と、音が違う。なんか、物増えてる」
「分かるの、すご」
ことはが、少しだけ感心したような声を出す。足音の位置的に、私の正面あたりでしゃがみ込んだらしい。
「布とか荷物とか、いっぱい持ってきたもん。あと、その辺に吊ってあるやつ」
ことはの言葉に耳を澄ますと、頭上で、細いものが風に揺れて触れ合う、小さな音がした。
ちり……ちりん……と、硝子同士がこすれるような、かすかな音。
「……レンズ?」
私は音のする方に顔を向けて尋ねた。
「そう」
ことはが誇らしげに答える。
「割れた皿とか、いらないガラスとか、少し磨いて穴あけて、紐で吊ってる」
ことはは、さらに続ける。
「前にさ、お兄ちゃんが庭でガラス吊って光見てたじゃん? あれ、こっそり真似したの!」
「見えないけど、音はきれい」
私はそう言って、頭上に手を伸ばした。指先に、小さな輪っかと固い縁が触れる。
ここも、もう「遊び場」じゃなくて、ちゃんとした「隠れ家」になっている。
耳と足の裏と匂いだけで、それが分かった。
「二人とも、ちょっと待ってて」
入口の方で、しおりさんの声がした。
「さっきのバケモンが穴から出てきてないかだけ、もう一回見てくる」
「うん。気をつけて」
ことはが短く返事をし、私はその横で小さく頷く。
しおりさんの足音が遠ざかっていく。鎧と武器がかすかに触れ合う音が、根のトンネルを通って、しばらく耳に残った。
少しの間、隠れ家には私とことはだけになる。
土の冷たさが、服越しにじんわり広がる。腕の中では、さっきからずっと、ブローチとレンズがひんやりとした重さを保っていた。
「……ことは」
私は隣にいる気配に向かって声をかける。
「なに?」
ことはがすぐに答えた。
「さっきから、ちょっと震えてる」
そう言うと、ことははびくっと肩を揺らし、そのまま私の膝の上にそっと手を置いてきた。
「え、どこが?」
ことはが、おそるおそる聞き返してくる。
「声」
私は正直に答える。
「いつもの“悪いこと思いついた時の声”と、ちょっと違う」
「……やっぱ、バレるかぁ」
ことはが、苦笑するように息を吐いた。
「お姉ちゃんには、なんでもバレちゃうね」
「耳しか取り柄、ないから」
そう冗談めかして言ったつもりだったのに、自分の声にも少しだけ力がなかった。
しばらくして、入口の方で枝が擦れる音がした。
「周囲、ひととおり見てきた」
根のトンネルをくぐってきたしおりさんの声が、暗がりに落ちてくる。
「さっきの奴は、まだ穴の辺りで暴れてるけど、こっちには向かってない。兵隊たちの足音も、今のところは聞こえないよ」
「よかった……」
ことはが、素直に息を吐いた。
「私も座ろっと」
鎧がかすかに鳴って、しおりさんが私たちの近く——多分、私とことはの正面あたりに腰を下ろした。
「傷は、大丈夫?」
少し低めの声で、しおりさんが確かめるように尋ねてくる。
「私は……平気」
私は短く答えた。
本当は、頭の奥がじんじん痛む。さっき、ブローチを通して無理に気配を探ったせいだ。
でも、ことはの前では、それをあまり強くは言いたくなかった。
「ことはは?」
しおりさんが、ことはの方へ向き直る。
「うん、たぶん……大丈夫。チーもケガしてないし」
ことはは、いつも通りを装うように返事をする。けれど、その前にほんの少し間があった。
「震えてていいよ」
しおりさんの言葉が、唐突に落ちてきた。
「え?」
私とことはの声が、ほぼ同時に重なる。
「怖いものは怖いって、そのままでいい」
さっきまで戦ってた人とは思えないくらい、柔らかい声だった。
「私だって怖かったよ。あんなバケモン、見たことないもん。あのまま外にいたら、誰か一人くらい潰されてたかもしれない」
それは、さっき私の耳が拾った想像そのものだった。
あの足音。あの重さ。あの、どこか壊れた呼吸のリズム。
「でもね」
土を指でいじるような音がする。しおりさんが、足元の土をつまんで崩しているのだろう。
「怖かったのに、ちゃんと逃げ道考えたのはことはでしょ。耳であいつの動き追ってくれたのはさゆりでしょ。二人とも、十分すごいよ」
「……褒めすぎ」
ことはが、小さく笑った。
「なんか、照れる」
ことはが顔を赤らめているのと同じように、私の頬も少し熱を持った気がした。
「照れていいよ」
しおりさんが、ふっと息を吐く。
「こういう時はさ、とりあえず『生きてる』ってだけで、もう合格なんだから」
その言葉が、胸の奥に、じんと滲みた。
主人様も、きっと同じことを言う。
「しおりさんは……怖くなかったの?」
気づいたら、私は口を開いていた。
「あたりまえでしょ。怖かったよ」
しおりさんは、即答した。
「でもさ、私が一番上でしょ。年齢も、戦った回数も。だから、二人よりちょっとだけ後で怖がるようにしてる」
「ちょっとだけ後?」
私は首を傾げる。
「うん」
少し身じろぎする気配がした。多分、膝に肘を乗せて前屈みになっている。
「二人が『もうダメかも』って思いそうな時までは、とりあえず大人のふりしてがんばる。あとで一人になったら、こっそり震えるの」
「ずるい」
ことはが、ぽつりと言った。
「そういうの、ずるいよ」
「そう?」
しおりさんが、少し笑いを含んだ声を出す。
「しおりんばっか、かっこいいじゃん」
ことはの声が、少しだけ涙っぽくなる。
「ほんとは私だって、途中で泣きそうだったもん。お兄ちゃん、煙の中でいなくなっちゃうかと思ったし。家、燃えてるし。なんか、全部、ぐちゃぐちゃで……」
ことはの言葉が、途中でぷつりと切れた。
小さな鼻をすする音。布に顔を押しつける気配。
私は手探りで、ことはの肩を探し当てる。震えている、小さな肩。
そっと抱き寄せると、ことはは一度だけ肩を強張らせて——すぐに力を抜いた。
「ことは」
私は腕の中の妹の名を呼ぶ。
「……なに」
ことはが、布越しにくぐもった声で答えた。
「泣いていいよ」
自分の声も、少し震えているのが分かった。多分、私も限界が近い。
「主人様のこと、好きなんだもんね」
「だいすきだもん……」
ことはが、押し殺した声で言う。
「お兄ちゃん、いつも一緒に遊んでくれるし。変な遊びも付き合ってくれるし。爆発しても怒らないし。褒めてくれるし……何より、こんな私を引き取ってくれたし……」
「怒らない、は半分嘘」
気づいたら、私の口が勝手に動いていた。
「ちゃんと叱る。ことはが危ないことしたら」
「う……それは、そうだけど……」
ことはが、ぐずぐずになりながら笑う。
「でも、怖くて怒ってる感じじゃないじゃん。『びっくりしたよ』って顔で、でも最後は絶対笑うじゃん……」
「そうだね」
しおりさんが、優しく同意する。
「だからさ。あの人は、今もきっと笑える場所にいるよ。そうじゃないと、私が許さない」
「しおりさんが、許さない?」
私はしおりさんの方へ顔を向けて尋ねた。
「そう」
土の上で、拳をぎゅっと握ったような小さな音がした。
「師匠が勝手にくたばったら、一番最初に殴るの、私だから」
その言い方が妙に頼もしくて、思わず笑ってしまう。
「……ふふ」
「なに、さゆり」
しおりさんが、少し不思議そうに問いかけてくる。
「しおりさん、やっぱりかっこいい」
私は素直にそう言った。
「でしょ」
少しだけ得意げな声が返ってきた。
秘密基地の中に、三人分の息が、少しずつ落ち着いて満ちていく。
「……これから、どうする?」
しばらくして、しおりさんが現実に引き戻すように言った。
「ずっとここにいるわけにもいかないよね」
「そうだね」
私はことはの背中を撫でながら答える。
「主人様は、きっと私たちをここに置いていった。巻き込みたくないから」
「だと思う」
しおりさんの声は、迷いがなかった。
「さっきのブローチも、多分そのための印。『ここまでは来ていい、でもここから先は来るな』って」
「だったら、どうする?」
ことはが、鼻をすすりながら問う。
「お兄ちゃん、追いかける?」
喉まで出かかった「追いかけたい」を、私は飲み込んだ。
代わりに、胸元のブローチを指先で探る。
「……ルック」
私は小さく囁いた。
本当は、ブローチを通してならレンズも一緒に繋げる。表の森のレンズと、主人様の向きと、全部まとめて覗くことだって、やろうと思えばできる。
でも、今は無理だ。頭の奥が、まだじんじんと重い。
だから、細くて静かな一本だけ——主人様の魔力の糸だけを、そっと掴む。
糸は、遠くへ伸びていた。さっきより少しだけ位置が変わって、やっぱり森のもっと奥へ向かっている。こちらへ戻ってくる気配はない。
「主人様の向きは、分かる」
私はゆっくりと言った。
「でも、すごく遠い。多分、真っ直ぐ追いかけたら、途中で兵隊やさっきのバケモンに挟まれる」
「つまり、死ぬルート」
ことはが、短くまとめる。
「私たちが死んだら、お兄ちゃん、絶対泣くよね」
「泣くね」
私は即答した。
「怒りながら、泣く。多分、しおりさんのことも怒る」
「うん、めっちゃ怒られると思う」
しおりさんが、苦笑まじりに言う。
「てか、怒られるとかじゃなくて殺される・・・」
何かを想像したのか、しおりさんの顔が青くなっていくのが、目が見えない私にも、声の調子と間で分かった。
「……今、行ったらさ」
私は膝の上で手を握りしめる。
「私、きっとまた、人の目とか動物の目とか、いっぱい借りなくちゃいけない。さっきみたいに。二日くらい寝込むまで使って……それでも、役に立つかは分からない」
鼻の奥に、焦げた匂いの記憶が戻ってくる。
「それって、“会いに行く”じゃなくて、“戦いに行く”ってことだと思う」
しばらく沈黙が流れたあと、しおりさんが静かに問う。
「それでも、行きたい?」
「……行きたくない」
ようやく出てきた言葉は、自分でも驚くほど小さかった。
「怖いからじゃなくて?」
しおりさんが確認するように聞き返す。
「怖いけど、それだけじゃない」
私は首を振った。
「主人様が、きっとそれ望んでないのが分かるから。主人様は絶対言うもん。『なんでわざわざ危ない方に行くの』って」
「だね」
しおりさんが、そこでようやく少し笑った。
「師匠なら、『怪我したら痛いんだから、痛くない方を選びなさい』って絶対言う」
「だから——」
私はブローチを握り直す。
「私、待つ。ここじゃなくてもいいけど、主人様の選んだ“危なくない方”で、ちゃんと生きて待つ」
「……ずるい」
ことはが、ぽつりと言った。
「それ、さっき私が言ったやつの、もっとずるいやつ」
「お姉ちゃんだもん」
私が肩をすくめると、ことははぐずぐずしながらも笑った。
「じゃあ、私も待つ。待つけど——」
ことはの声が、少しだけ強くなる。
「ただ待ってるだけは、嫌。今よりもっと強くなって待つ。お兄ちゃんが迎えに来た時、『全員無傷で逃げてきたよー。ついでに敵もちょっとだけ困らせてきたよー』って言えるくらいに」
「それ、いい」
しおりさんが、はっきりと言う。
「じゃあ決まり。私たちは、主人様とみのりさんが戻ってくるまで——“生き残る練習”しながら待つ」
「練習?」
私は問い返した。
「うん」
土を撫でる音がする。しおりさんが、掌で土をならしている。
「今までさ、私たちは守られてばっかりだったでしょ? 師匠とみのりさんに。これからは、三人で、自分たちを守る練習」
その言葉に、胸の奥で何かが少しだけ灯った気がした。
「……あ、そうだ」
ことはが、ふと思い出したように声を上げる。
「ここと遊び場にも、もうちょいレンズ置いとこ」
「レンズ?」
私は首を傾げて聞き返した。
「うん。さっきの遊び場、爆発で何枚か割れちゃったと思うからさ。入口の上とか、木の枝とかに、また吊っときたい」
頭上の硝子が、ちりん、と小さく鳴る。
「ここも、もっと増やす。お姉ちゃんが『ルック』した時に、周りがすぐ見えるように」
「……今は、ちょっと無理」
私は苦笑混じりに言った。
「ブローチ一個で、もう頭いっぱい。レンズまで繋いだら、多分吐く」
「分かってるよ」
ことはがすぐに言う。
「今日じゃなくていいの。明日とか、落ち着いてから。今は、とりあえず吊るしておくだけ」
「それなら、できるかも」
私が答えると、ことはは「よし」と小さく拳を握る音を立てた。
「遊び場の方にも、予備のレンズ、隠してあるんだ。明日通る時に、しおりんと一緒に引っ掛けてこ」
「了解」
しおりさんが短く応じる。
「さゆりの負担、減らせるなら、なんでもやる」
レンズ越しに世界を見るのは、私の役目。
でも、そのレンズをどこにどう置くのかは、ことはの仕事。
そうやって少しずつ、三人の役割が、頭の中でちゃんと形になっていく。
「じゃ、とりあえず今日の目標」
しおりさんが、少しだけ真面目な声に戻る。
「ここで一回ちゃんと寝て、頭と体を休める。明日、森を南に抜けてから東へ回って、東の村に行こう」
「あの、小さい村?」
私は主人様と話した記憶を探りながら尋ねた。
「市場で、よく余ったパンとか分けてもらったっていう?……東の人が多いっていうところ?」
「そう、それ」
しおりさんが頷く気配がする。
「まっすぐ東は、今きっと兵隊とバケモンだらけだからね。一回南に出て、街道の支線から回り込む。遠回りだけど、その分だけ安全」
遠い東の大陸の言葉——私たちの名前の由来を聞いた夜のことが、すぐに浮かぶ。
東から流れてきた人たちが多い村なら、主人様もきっとすぐ分かる。
「じゃあ、あの村で待つ?」
私は確認するように聞いた。
「うん。それが一番いいと思う」
しおりさんが言う。
「人も多いし、王国の兵士もそんなにうろついてない。師匠が戻ってきた時にも、きっと一番探しやすい」
「……ねえ、ついでにさ」
しおりさんが、ふと思い出したように声を上げた。
「呼び方、ちょっと揃えない?」
「呼び方?」
私は首を傾げる。
「うん。外でさ、『主人様が〜』とか『お兄ちゃんが〜』とかあんまり言いたくないでしょ。余計な詮索されるし」
「それは、そうだね」
私は同意する。
「だから、とりあえず三人の設定だけ決めとこ。外向けのやつ」
しおりさんが、少し考えるような息を吐いた。
「さゆりが姉で、ことはが妹。私はその護衛ってことでどう?」
「護衛?」
ことはが先に聞き返す。
「うん。二人を守る役」
しおりさんは、少しだけ誇らしげな声で続けた。
「『姉妹と、その護衛』。分かりやすいでしょ」
「……いいと思う」
私は素直に頷いた。
「しおりさん、護衛って言われると、それっぽい」
「でしょ」
しおりさんが、ふふん、と小さく鼻で笑う。
「じゃあ、お姉ちゃんって呼ぶのは、外でも今まで通りでいい?」
ことはが、私の腕にしがみつきながら聞いてくる。
「もちろん」
私はことはの頭に顎を乗せた。
「ことはは、ずっと妹」
「うん。じゃあ、しおりんはしおりんのままでいいや」
「了解。私は今まで通り、さゆりとことはね」
しおりさんがうなずく。
外向けの嘘と、ここだけの呼び方が、少しずつ噛み合っていく感じがした。
「じゃ、寝る準備しよっか」
しおりさんが立ち上がる気配を見せてから、すぐにまた腰を下ろす。多分、寝床の位置を確認したのだろう。
「見張りは順番。最初は私、その次ことは、最後がさゆり」
「最後?」
私は思わず聞き返した。
「一番眠い時と、一番静かな明け方を任せたい。……その代わり、今は一回ちゃんと寝て」
「でも——」
言いかけたところで、すぐにしおりさんの声がかぶさる。
「でも、じゃない」
少しだけ厳しい声。
「さっき能力いっぱい使ったでしょ。頭痛いでしょ。無理して倒れたら、一番困るのは誰?」
「……ことはと、しおりさん」
私は、そう答えてしまう。
「違うよ」
すぐに、きっぱりした声が返ってきた。
「さゆりだよ」
「……私?」
思わず聞き返す。
「うん」
土の上で、しおりさんが少し身を乗り出した気配がする。
「さゆりが倒れたら、一番さゆりが困るの。『またみんなを巻き込んだ』って、絶対自分を責めるでしょ」
図星すぎて、何も言えなかった。
「その顔、今もしてる」
しおりさんが、少しだけ笑う。
「そういうの、見たくないから言ってんの。だから、素直に甘えて」
「……分かった」
観念して頷くと、ことはが小さな声で「えらいえらい」と言って、私の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「寝て起きたらさ」
ことはが、半分眠そうな声で言う。
「次の村で何食べるかの相談もしよ。魚、おいしいとこがいいなあ……」
「食べ物の心配してるなら、もう大丈夫だ」
しおりさんの冗談まじりの声が、今度は優しく響いた。
私は土の冷たさと、ことはの体温と、胸元のブローチの重さを感じながら、ゆっくりと呼吸を整えた。
目を閉じても、私はもともと何も見えない。
それでも——。
ブローチの向こうから伸びる、細くてしなやかな糸。
主人様の魔力の気配が、遠くで確かに続いている。
いつかまた、この目の見えない私が、自分の足で、主人様の前まで辿り着けるように。
その時まで、生きていられるように。
耳の奥で、その糸がかすかに震えるのを感じながら、私は静かに、眠りの方へと身を委ねた。
久々に書いております。
次回からは毎週水曜日に投稿できるようにゆるりと頑張ります。
11/27から週投稿にします。




