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黄昏の銃姫  作者: クロイモリ
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8-2 宵闇纏いて

 屋根の上を走り、次の足場を見つけたら跳ぶ。軽快な足取りでオスティア市街を駆けるダンケルだったが、その表情に余裕はない。あまりになさ過ぎて逆に笑ってしまうほどだ。


「クソったれ、あとちょっと……あとちょっとだってのによぉ!」


 彼を追いかけるのは、焼死体の如き怪物。怨嗟の叫びをあげながら、焼けて硬化した関節を不器用に折り曲げダンケル目掛けて拳を振り下ろす。あのおかしな体のせいで、一発ごとに態勢が崩れるのだけが救いだった。


「黒鎧の騎士たちが持っていた恐怖と怨念が一つになりやがった!」

「大変マズい状態ですね、ええ。この怪物を殺す手段は、いまのオスティアにはない」


 リュミスはダンケルに並行して浮遊しながら、そんなことを言った。


「ダンケルさん、早く逃げるんだ!」

「いま助けてやる!」


 オスティアの住民も、この怪物相手にただやられているわけではない。各々が建物にはしごをかけ、屋根に上り、怪物に向けて矢を放ったり、槍を投げつけたりしている。


 それらの攻撃は、怪物の皮膚を突き破り肉に刺さった。怪物の目から、涙のように黒い炎が燃え落ちた。怪物が動くたびにポロポロと突き刺さった武具が落ち、傷口から炎が漏れ出てかさぶたのようなものを作った。


「なんだありゃあ……攻撃を食らっても、再生するのか!?」


 オスティアの誰かが、悲鳴じみた声を上げた。


「あいつは生きていないから、再生っていうのもおかしいけどな!」


 ダンケルは怪物が天高く右腕を振り上げるのを見て、慌てて屋根から飛び降りた。一拍遅れて、怪物はすくい上げるようにして腕を振るった。半円状の軌道を描き、炭化した腕がオスティアを撫でる。軌道上にあった建物が吹き飛ばされた。


 オスティアの住民たちはその腕に巻き込まれた。直撃を受けては、原形を保っていられるものはそれほど多くない。そうでないものたちも、飛んで来た瓦礫に打たれて、押し潰されて、あるいは衝撃波を受けて、次々と倒れていく。


「ああ、滅茶苦茶だなこれは……!」


 怪物は止まらない。

 勢いを増し、破壊を広げていく。


 それどころか、怪物は知恵をつけているようだった。おもむろに、近くにあった建物の尖塔を掴んでへし折ると、それを投げた。放物線を描き、尖塔はダンケルを追い越してその進路上に落ちた。


「おいおい……!? 俺の進路を予測したのか!」


 狂気によって我を失っているとはいえ、あの怪物は人間の集合体。であるならば、人間に近い知性があっても不思議ではない。場違いにも、ダンケルはそんなことを考えた。


 振り返り、怪物を見る。


 怪物はバカでかい拳を振り上げ、ダンケルを打とうとする。


「……ああ、こりゃあ死んだなぁ」


 逃げるべき『先』はもうなかった。

 ダンケルはあっさりと、自分に迫る死を受け入れた。


「気合――一閃!」


 ダンケルと怪物の拳、その間に立ちはだかるものがあった。それは握った片刃の剣を真横に薙いだ。怪物の拳と剣が、魔力と魔力が激突し、そして怪物の拳が弾き飛ばされた。


「うおお……」


 よろめきたたらを踏む怪物。

 その隙に、ダンケルは立ち上がった。


「ありがとう、お嬢ちゃん。助かったよ、マジで惚れそうだ」

「娶りますか? 流石、無法の民でございます」


 嘲笑うリュミスを無視して、ダンケルは少女――ヒサメに礼を言った。


「いえ、お礼を言われるほどのことではありません……また来ますよ!」


 怪物は体勢を立て直し、ヒサメを睨む。

 その目には、言いようのない恐怖が浮かんでいた。


「……哀れな怪物ですね、あれは」


 怪物は唇のない口を広げた。舌の当たりから黒い炎が燃え上がり、火球と化し、ヒサメたちの方に飛んで来た。二人は左右に跳んでそれをかわし、屋根に上がった。


「優しいね! こんな化け物にも同情してやるなんて!」

「ありありと、こいつらからは恐怖が伝わってきますから」


 怪物はまだダンケルを狙っていた。おぞましき口元から断続的に炎が吐き出される。ヒサメはその前に立ち、剣で炎を打ち払った。


「己が恐怖に勝てぬまま、戦場に立てる道理はなし!」

「ああそういう……あくまで戦士目線での同情なのね」


 怪物が拳を振り上げた。その腕から黒い炎が迸る。質量、火力、ヒサメでも抗いきれない。それでもヒサメは、目の前の人を守るために剣を振りかぶった。


 太陽が沈む。

 夜が訪れる。





 闇が来る――闇が(・・)






「ああ、待った甲斐があったな」


 黒い何かが、ヒサメの眼前を過った。続けて、怪物の手指が吹き飛んだ。絶叫を上げ、切られた手を押さえながら怪物は後ずさった。


「……あなたはいったい、なんなんですか?」


 ヒサメは振り返り、ダンケルの方を見た。


 彼は、闇を纏っていた。闇色の鉤爪が両腕に、肩甲骨辺りから蝙蝠のような翼が生え、全身を黒い鎧が覆っている。どこまでも深い闇色の鎧と外套を纏い、ダンケルは立っていた。


「俺の魔法は闇の魔法。昼間は力が出ない代わりに夜は無限の魔力を得る」


 ダンケルは手のひらを怪物に向けた。そこから蝙蝠めいた形の何かが生まれ、怪物に向かって行く。怪物に群がったそれは、焼け焦げた肉体を啄んだ。


「そしてこの世でもっとも暗い時……昼と夜の境目、黄昏時の魔力を吸収した」

「なるほど、それを鎧と成していまの力を得たわけですか」

「そういうわけだ。さて、追いかけられるのにもそろそろ飽きた」


 ダンケルは翼をはためかせ飛び上がった。ヒサメは刀を寝かせて構えた。


「フィナーレと行こうじゃないか……!」

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