8-3 闇を裂く雷光
ダンケルが翼をはためかせて空へと飛び上がった。燃えるような夕焼けはすでになく、あるのは漆黒の闇が支配する夜。すなわち、ダンケルが支配する世界。
「ハァーッハッハッハ!」
高笑いを上げながら、ダンケルは両手を広げた。彼の両手には、見るものを威圧する凶悪な鉤爪があった。ダンケルはそれを振りかざし、空を蹴るようにして動き怪物へ近づく。
怪物は迎撃のために腕を振るった。振るわれた腕に、ダンケルは爪を叩きつける。爪と腕がぶつかり合い、敗れたのは腕の方。怪物の腕から、血のように黒い炎が吹き上がった。その輪郭は溶鉄のように赤く輝いていた。
「うおっと、あぶねえあぶねえ」
ダンケルは慌てて空を蹴り、怪物から離れた。
恨めし気な視線を怪物は向ける。
「やっぱり切るのはダメだな、あの炎を浴びちまう」
「では、打撃の方で行きましょうか」
傍らのリュミスがそういうと、爪の形が丸まり手甲のような形に変化した。闇の武器は変幻自在、二人の意志によって如何様な強さにもなりうる。
「悪くねえな、これは」
ダンケルは再び空中から怪物へと近付いた。腕の防御を掻い潜り、怪物の眼前に立ち、拳を振りかざし、叩き込む。怪物の体が地面から持ち上がり、吹っ飛んだ。
オスティア市街から歓声が上がる。
喜びの声を、ダンケルは全身で受け止めた。
「うんうん、普段はうっとおしい声も、こういう時聞くと格別だな」
「寂しがりなクセに人が近付いてくると逃げる。あなたは賞賛する時だけ人が必要な方ですからねえ」
しかし、怪物もやられてばかりではない。建物を巻き込んで倒れながらも、その手だけはダンケルの方に向けていた。そしてその手が――解けた。
「は!?」
解けた腕はばらばらの方向からダンケルに向かって行く。まるで触手のように。ダンケルは両手の手甲を爪に戻し、次々と襲い掛かってくる触手を迎え撃った。
触手のスピードは遅く、ダンケルの力なら十分に対応出来た。しかし、切ることの出来ない触手は払っても払っても襲い掛かってくる。四方から襲われ、ダンケルは身動きが取れなくなった。
そして、本命の攻撃は彼の足元からゆっくりと、確実に迫っていた。いつの間にか解けていた両足が伸び、収束し、そしてタイミングを見計らい、ダンケルへ襲い掛かる――!
「龍・神・閃!」
誰も気付かなかった攻撃に、しかし反応したものがいた。
ヒサメだ。
彼女は稲妻のような速度で踏み込むと、空を水平に駆けた。そしてダンケルを下から襲った触手を切り払い、駆け抜ける。ゆうに成人男性四人分はあろうという幅をした触手が、一刀のもとに両断された。しかも、炎が噴き出る前にヒサメはそこを通過する。
「ご無事ですか、黒い人!」
「知恵をつけてるなあ、こいつ! 悪い、危ないところだった!」
ダンケルは触手を払いながら礼を言った。そして影の刃を自分の周囲にいくつも展開し、その場で回転した。コマのように回るダンケルは、近付く触手を端から切り捨てる。しかも回転によって生じた風が炎を弾き飛ばし、ダンケルへと向かわせない。
怪物は絶叫を上げながら腕を引き戻し、立ち上がった。
「知恵をつけているとは確かにその通り。無駄と分かった攻撃を続けないようですね」
ヒサメは別の屋根に着地し、ダンケルの方を見上げて言った。
「切っても切っても埒があきません。切ったパーツが戻っていますから」
ダンケルは足元を見た。月が煌々と照っているおかげで、夜にしてはかなり明るかった。瓦礫の山と化したオスティア、その地表を千切られた怪物の体が這い回り、元の場所へと戻っているのだ。かなり気色の悪い光景だ。
「再生のメカニズムはどうなってるんだろうなぁ……」
「あの怪物の中核に、巨大な魔力の塊がありますね」
リュミスは手でひさしを作り、怪物を見て言った。
「ふぅん、じゃそいつが化け物の本体だ。いっちょぶっ壊してみるとするか」
「そんな適当な感じでいいんですか?」
「いいんだよ、どっちにしろどう殺しゃいいのか見当もつかないんだ」
呆れるヒサメに、ダンケルはカラカラと笑って応じた。切られたパーツを引き戻している間、怪物は動き止めていた。いまが好機、ここを逃せば次はない。それは二人とも考えていたことだった。
「んじゃあ、切り開くとしましょうか」
ダンケルは天高く腕を掲げた。
まるで月を掴もうとするかのように。
ダンケルが纏う闇が、オスティアを覆う暗闇が、彼の手に収束した。集まるたびににじみ出てくる、無限の闇が。やがてそれは、一本の巨大な剣へと変じた。
剣は夕闇のような、赤黒い輪郭を持っていた。ダンケルはそれを、無造作に振り下ろした。技術もへったくれもない――ただ単なる、力。
「『斜陽剣』」
闇が怪物を圧し潰す。怪物の頭頂に落ちた剣は、ブチブチと音を立てて皮膚と肉を裂き、ミシミシと音を立てて骨を折り、ゴリゴリと音を立てながら肉体を両断した。
「ウオオオオオオ!」
住民たちから歓声が上がった。しかしダンケルは、断たれた怪物が元の姿に戻って行こうとするのを見た。これだけではまだ、殺せていない。
怪物の肉体の中枢――ちょうど、人間の心臓がある場所。そこには、奇妙な球体があった。黒い、金属の塊だ。表面は歪に歪んでいた。
単なる球体ではない、それは黒鎧の騎士たちが互いに抱き合い、四肢を絡め合い形作った歪な球体だ。兜の向こうに覗く瞳は虚ろで、何を見ているのかも分からない。
「スゥゥッ……」
ヒサメは深く息を吸い込んだ。
そして目を閉じ、意識を集中させる。
踏み切る足。
正眼に構えた剣。
貫こうとする意志。
全身の集中力を極限まで高める。
ヒサメが屋根を蹴った。
オスティア中の人々が、何かが爆発するような音を聞いた。
それは音を置き去りにしたヒサメがあげた衝撃波の音だった。
「『紫電槍』」
ヒサメは一本の槍となった。
相手を刺し貫き殺す、そのためだけのシステムと化した。
次の瞬間には、ヒサメは怪物の背後にあった屋根に着地していた。誰もが呆然と怪物を見上げる――中心にあった球体、そこに突き刺さった刃を見上げる。
「有象無象の区別なく――」
ガン、と音を立てて突き刺さった剣が折れた。それと同時に、黒い球体の表面に亀裂が広がる。亀裂からは黒い炎が吹き上がったが、しかしそれには傷を塞ぐ力はなかった。
なぜなら亀裂は炎が傷を焼き塞ぐよりも早く広がったからだ。やがて金属が砕ける音とともに、球体の表面が、一部が、どんどん剥がれ落ちていった。
「私の刃は悪を断つ」
そして怪物は、砕けるようにして崩れた。




