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黄昏の銃姫  作者: クロイモリ
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8-1 具現する恐怖

 メリアドールとルリアの決戦が始まったのと、時を同じくして――




 オスティア市街地での戦いもまた、佳境に入っていた。


「ぐあああああああ!」


 黒鎧を纏った騎士が悲鳴を上げる。誘い込まれた路地の中、頭上にあった窓から顔を出した住民に油をかけられ、おまけに魔法使いが放った火球を打ち込まれたからだ。いかに防御力に優れた黒鎧であろうとも、中の人間を焼かれれば関係ない。


 熱い、熱いと叫びながら騎士が無茶苦茶に腕を振るう。そのたびに路地の土壁が壊され、抉れる。遠巻きにそれを見ていた住民たちは、戦慄した。


「おいおい、なんなんだよあの鎧は……冗談じゃねえぞ」

「近付いたらひとたまりもねえからな。こいつでぶっ飛ばしてやる!」


 数名の屈強な男たちが一本の角材を持ち、狭い路地を一直線に進んでいく。その先端は鋭く研ぎ澄まされている。男たちは加速を乗せ、それを悶える黒鎧の騎士に叩きつけた。悲鳴を上げながら、騎士が路地から弾き出される。


 すさまじい衝撃だった。オスティアの住民たちは黒鎧が並みの攻撃を通さないことをすでに理解している。だから中の人間を倒すことにしたのだ。


「ううっ、こんな、こんなひどい真似を……!」

「酷い真似してるのはどっちだっての。自分の行動を顧みることはないのかなぁ?」


 打ちひしがれる騎士のもとに、闇のナイフを携えたダンケルがやって来た。


 騎士は悲鳴を上げ、地面を引っ掻いて立ち上がり駆け出した。しかし、ロクに周りを見ないで走ったのが災いして、すぐ何かに激突。また尻もちをついて倒れた。


 彼の前にあった壁は、他の黒鎧を纏った騎士だった。彼らの鎧は傷つき、へこみ、欠けている。誰もが一様に疲弊し、疲労している。まっすぐ立っているものはいなかった。


「お前たちはオスティアをナメた。だからこんなことになったんだ」

「さすがダンケル様、他人の功績を掠めとることがお上手ですね」

「リュミス、お前が俺の心を傷つけようとしたなら想像以上に効いてるぞ」


 目の前で繰り広げられる不可解な漫才にも、騎士たちは応対する余裕がない。



 なぜなら、彼らは広い通りの真ん中で百人近くの住民に囲まれているからだ。



 彼らは思い思いの武器を持って、騎士たちを睨んでいる。


 それは剣であり、槍であり、鍛冶で使うハンマーであり、あるいは単なる角材であったり、石を詰めた袋だったりした。彼らは戦いのプロではない。


 しかしそれでも、立ち上がった。オスティアを、自分たちの暮らす街を脅かすものたちに、彼らは毅然と対応した。家族親類を殺されるかもしれないという恐怖もあった。


「さて騎士殿、何か申し開きはあるかな?

 とはいえ、しようもないだろうけど」


 ダンケルはナイフの切っ先を騎士たちに突き付けた。


「アンタたちは、無抵抗な住民に向かってその力を振るったわけだ。どんな理由があるかは知らん、だが察するにこの街を手に入れようってところだろう?」


 図星を指されて、騎士たちはビクリと体を震わせた。声は出なかったが、しかしそれだけで十分だった。オスティア住民たちの殺意が、また一段と膨れ上がる。


「俺たちを排除して……」「自分たちのものにしようと!?」「横暴だ!」


 人々は口々に声を上げた。言葉が分からないものには、別のものが通訳して意味を伝えた。人々の声は、たった一つの方向へと収束していく。



 すなわち、『許せない』という意思に。



「無理やり人々から生活の糧と場所を奪おうてか。ナリのいい盗賊だな、お前たちは」


 騎士たちは恐怖した。

 人々の視線に。

 次々と放たれる怨嗟の声に。


 そして、故郷からはるか離れた辺境で無為に死なねばならぬ運命に。


「……いやだ」


 騎士の一人がポツリと言葉を漏らした。それはほんの小さい、怒声の波の前に掻き消されるほど小さなものだった。しかしそれに呼応して、騎士たちも恐怖の感情を表に出し始めた。


「死にたくない」「なんでこんなことに」「俺は初めから嫌だったんだ」


 それを間近で見ていたダンケルは、気付いた。

 黒鎧から炎が吹き上がっていることに。


「……ちょっとこれはマズい……」

「ダンケル様」


 いつもは主をからかうリュミスが、真剣に気遣う声をかけた。

 それだけで、ダンケルにとっては十分だった。


「……逃げろ!」


 ダンケルは住民たちに向けて叫んだ。果たしてどれだけの人間がそれを聞いたか、分からないし興味もなかった。彼はただ、生きるために地を蹴った。


 それと、ほとんど同時だった。騎士たちの炎が黒く燃え上がり、立ち上った炎が重なり合い、火柱になるのは。


「えっ?」


 火勢は一気に強まり、大通り一帯を文字通りのみ込んだ。


 建物の壁に闇の突起を作り、手でつかんで体を引き上げる。それを何度も繰り返し、ダンケルは猿のようなしなやかさで屋上まで昇った。


「まさか、こんなことになるとはなぁ……」


 ダンケルは空を見上げた。

 黒い火柱がだんだんと収まっていき、次に姿を現したのは巨大な人型だった。


 焼死体のようだった。

 黒々と炭化した体に、ところどころ焼け残った生身の赤があるのがグロテスクだった。それは瞼を失った瞳で辺りを見回し、頬と唇を失った口で何事かを呟いた。喉が焼けているため、ヒューヒューと音が鳴るだけだったが。


 その体躯は十メートルはゆうにあった。オスティアにある、どんな建物よりも高い。怪物は焼け焦げ固まった腕を不器用に持ち上げ、振り下ろした。


 それだけで、頑強な土造りの建物がぺしゃんこに潰された。


「恐怖、憎悪……黒い炎の燃料になっていたのは、そういう感情か」


 ダンケルは両手を広げた。

 まるで弓に矢を番えるような恰好で。


「それがあの歪な魔力の原型ですか。しかし、こうやって形を取ったのはなぜ?」

「恐怖は伝染する。それに、人が抱く幸福の形はそれぞれ違うが……恐怖は似通う。だから折り重なることが出来るんだろ……!」


 ダンケルの手に街中の闇が収束し、一本の巨大な矢となった。これまでダンケルがやらなかったのは、一度闇を撃ち尽くせば夜まで補充がきかないからだ。


 しかしこうなった以上、躊躇う理由はない。

 ダンケルは収束した闇を怪物に放った。


 ドスン、という重い砂袋を叩くような音がした。怪物の顎先に闇の矢が叩きつけられる。怪物は大きくのけぞるが――それだけだった。


「効いちゃいねえ!」

「闇があってもなくても役立たずに変わりはなしですか」

「そう言ってくれるなら、俺だって必死にやってるんだ……!」


 瞼のない瞳がダンケルを睨んだ。慌てて彼は別の屋根に向かって駆け出す。ダンケルが飛び出したのと、怪物が建物を叩き潰したのはほとんど同時だった。


「やれやれ、最後まで楽をさせちゃあくれないねぇ……!」


 赤々とした太陽が地平線へと沈んでいく。

 まるで、オスティアの明日を暗示するかのように。

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