5-1 奪還の聖戦
次の日。
マドラサ帝国航空隊の面々が着陸した、だだっ広い平原。かつては都市があったのだろう、その痕跡がいくつもあるが、それは面影を残すばかりだ。
空は相変わらずの快晴だったが、凄まじい風が吹いていた。背の高いイネ科の雑草が、風に煽られたなびいた。
「飛べないのか? このくらいの風なら……」
「いえ、この気流では飛び立つのは難しいでしょう。よしんば飛ぶことが出来たとしても、無事に本土へ辿り着けるかどうか……」
ルリアは舌打ちした。
一刻も早く本土へ向かわなければならない事情が彼女にはあったからだ。
「父上がいつまで存命であられるか分からんのだぞ……!」
帝国皇帝の命は風前の灯火だ。第一皇子ライオネルの死後、彼の容体は悪化の一途を辿っていた。愛する息子を失った心労が祟ったのだ、と主治医は言っていた。
「必ずや……必ずや、私は……」
ギリッ、とルリアは歯を噛み鳴らした。
と、その時、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「これは……魔力の接近警報か!」
ルリアが空を見上げると、赤々とした紅蓮の火球が弧を描きながら飛んでいた。それは弓なりの軌道を描いて飛行船団へと向かってくる。
帝国兵団は隊列を組み、手にした長銃で火球の迎撃を開始した。腹の底に響くような銃声が何度も鳴り響き、弾幕が炎を止める。
しかし兵士たちが休む間もなく、周辺から怒号が轟いた。
「これは……!」
周囲の風景が歪み、歪みの中から人間が現れた。
誰もが武器を取り、怒声を張り上げ、向かってきた。
「チィッ……! なんなんだ、こいつらは!」
ルリアは抜剣し、切っ先を突撃してくる一団に向けた。
「野人どもを迎え撃て! どうせは金目当ての蛮族どもだ! 帝国の力を思い知らせろ!」
帝国兵は声を張り上げ応じる。数の上では互角、そしてルリアの声援が彼らを突き動かした。何より偉大なる帝国の魔導科学が、魔導鎧がある。だから彼らは正気を保った。
一番槍を務める小隊が、魔導鎧の身体能力増強機能を作動させ駆け出した。鉄の鎧をまとった膨大な質量が、ほとんど生身の人間たちに向かって進んで行く。
それを援護すべく、後続の兵士たちは銃を構え、一斉に発砲した。銃弾はまっすぐに飛ぶ。生身や革鎧、鎖帷子すら貫く必殺の一撃。そして何より、大気を震わすこの音。味方を鼓舞し、敵を震え上がらせる。科学の一撃が野蛮を撃ち抜く――
――その寸前で、弾は四方に逸れて行った。
「!?」
一撃として巨大な集団に当たる弾はなかった。相手は速度を緩めず、突き進む。真正面からぶつかれば、弾き返されるのはオスティア側のはず。それなのに、彼らは止まらない。
「……待て、総員、一旦停止!」
ルリアは違和感を覚え、兵士たちを止めようとした。しかし膨大なエネルギーを急停止させるのは容易なことではないし、姫将軍と言えど彼らを止められなかった。
結果として、突撃兵団は転倒した。
突如として崩れた地面に足を取られて。
「なっ、何だこれは……!?」
誘い込まれたのだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。そしてたったそれだけの時間であっても、致命傷になるには十分だった。
「セイッ、ハァァァッ!」
一段の影に隠れていた少女が跳び上がり、まるで空中を蹴るようにして反転。魔導鎧の騎士団を上空から強襲した。振り下ろされた一撃を、騎士の一人が手甲で受け止める。が、その抵抗も空しく地面に叩きつけられた。
「いたいけな乙女をかどわかす。
これすなわち悪鬼羅刹の所業!
如何なる悪も、この私が逃がしはしない!」
少女――ヒサメは双剣を掲げ高らかに宣言した。
そして、猫のようなしなやかさで次の敵へと飛び掛かる。
「アデプトか……!?」
騎士団の中に、にわかに動揺が広がった。魔導鎧の身体強化能力はアデプトとは比べ物にならないほど低い。だからこそ、オスティアの魔導剣士団は恐れられたのだ。そして彼らは、その恐怖を知るものたちだ。
着地したヒサメは四方八方に剣を振るう。その度、魔導鎧が打たれ、ひしゃげ、砕けた。勇猛果敢な騎士たちが恐れ、悲鳴を上げた。
「銃士隊、構え! 放て!」
しかしルリアは冷静だった。
冷静に、仲間ごと敵を撃つよう指示を出した。
「し、しかし前線の仲間ごととは……!」
「銃の威力では魔導鎧を貫くことは出来ん!
先ほどの守りは風の魔法、強力ではあるが徐々に減衰する!
相手の魔力を上回る攻撃を放ち続けるのだ!」
面食らったものの、さすがに姫将軍の名を冠するだけはある。相手の戦力を分析し、迷いのない指示を出している。迷いがない、というのがこの際は特に重要だった。
「さすがはルリア様!」「なんて冷静で的確な判断なんだ!」
口々に騎士たちはルリアを称賛する。勇猛果敢、百戦錬磨の兵と言えど、人間だ。迷い、躊躇い、道を間違えることもある。将とは兵士たちを導く灯台だ。
「ムムムっ……!」
そして銃撃が開始されると、さしものヒサメも後退を余儀なくされた。むろん、銃撃の圧力に晒されたオスティア自警団の面々も同様だ。各自魔法によって防御を固めるが、最新式の連発銃の猛攻を防ぐのは容易ではない。
兵力の画一化。
運用の簡便化。
それに伴う集中運用。
それがマドラサ帝国の強みだ。
しかし姫将軍も、息を潜め忍び寄る影があることには気づかなかった。
「待っていろ、リア。俺が必ずキミを救い出す……!」
誰が想像しようか。
魔力もなく、武器もなく。
ただ拳一つで戦場に立つ男がいると。
ロクジンはメリアドールを救い出すべく、行動を開始した。




