4-4 救いの手
どうしてここに、と思わず声を出しそうになったメリアドールを、ローンは慌てて止めた。
「ちょっと、声なんか出さないでよ。俺がここにいること、バレたらどうするのさ?」
言われてメリアドールはすぐ気付いた。そして周囲を改め、人がいないことを確認する。見張りも重い鉄扉に阻まれて、ここの様子をすぐには察知出来ないようだった。
「ど、どうやってここに来たんですか?」
メリアドールは小声でローンに問いかける。
「ロクジンの兄ちゃんが商工会に駆け込んできたんだ」
何気なく言ったが、メリアドールはふっ飛ばされるような衝撃を受けた。
「生きて……いるんですか?」
「ああ、何発も撃たれたって言ってたけどさ。致命傷は一個もなかったみたい」
生きている。
ロクジンが。
死んだと思っていた。
いままで一緒にいた人が。
それが分かった途端、メリアドールの胸に熱いものがこみ上げ、溢れ出してくる。止めようと思って求められない、魂の奥底から湧き上がってくる衝動だった。
彼女はその場にへたり込み、涙を流した。
「お、おいおい。気付かれちゃうだろ、そんなことしたら……」
おろおろと狼狽えるローンだったが、金網越しでは止めることも出来ない。敵が入ってくる様子もなかったので、とりあえず彼は泣くに任せた。
しばらくメリアドールは泣き続けた。
そして、おもむろに目元を拭いて立ち上がった。
「私がここに囚われてから、どれだけの時間が経ちましたか?」
「えっ。ああ、兄ちゃんが商工会に来たのが昼過ぎで……もう、夜になってるから……」
ローンは指折り時間を数えた。
たまにメリアドールが教えてきた算数の成果だ。
「あれから六時間くらいは経ってると思うぜ」
「そうですか……ありがとうございます」
時間を確認し、メリアドールは考える。
ロクジンは生きていた、ならばここで泣いている理由は一つもない。このまま待っていても死ぬだけだ、生き残る術を彼女は考えた。
「これから夜が更けて、飛行機の発進は難しくなる。と、なればここから出るのは早くて次の朝。天候が荒れればもう少しかかるけど、期待は出来ない」
メリアドールは事務所から出る前に見た、燦燦と輝く太陽を思い出した。
「タイムリミットは夜の間だけ。と、なれば……」
メリアドールは深く息を吸い込み、覚悟を決めた。
「ローンくん。私の事務所にある、私の事務机。
その下には収納があって、これまで稼いだお金がすべてそこに入っています」
「お、オイ姉ちゃん……どういうことだよ?」
呆気にとられるローン。気にせず、メリアドールは進めた。
「そのお金を使って、やってほしいことがあるんです。
もちろん報酬は出します……どうですか?」
※※※
「応急手当はしたけど、まだ無理はしちゃダメだからね?」
「分かってます、ミルザーネさん。ありがとうございます」
ロクジンは頭を下げ、殊勝なことを言った。しかしそれが本心からのものでないことは、ここにいる誰もが知っている。彼の目には普段浮かばない激しい怒りが宿っていた。
「まあ、落ち着けロクジン。焦ってもどうにもならん」
「焦ってませんから大丈夫です。気にしないでください」
「お前はまた突っ込んでいきそうでなぁ」
ダリオは苦笑した。
ロクジンは変わった、メリアドールが来てから。捨て鉢なまでに他人のために生きてきた少年が、いま自分のために怒っている。
(喜べる話ではないが、しかし、いい兆候ではある……)
そうダリオが考えていると、商工会議所の扉が勢いよく開け放たれた。
「おいおっさんたち! ちょっと聞いてくれよ!」
入って来たのは、ボロボロの服を纏ったローンだった。大きなずた袋を背負っている。
「おいおい、小僧。どうしたんだ急に?」
「実はよ、俺リアの姉ちゃんに会って来たんだ!」
ローンは早口で、飛行艇の中でメリアドールと話した内容を説明する。
「お前、なんて危ないことをしているんだ!」
ダリオはまるで、親か何かのように怒った。
「キレんなよおっさん! で、大事な話はこれからなんだよ!」
そこでローンはようやく、背負った袋を地面に降ろした。ズシン、という重い音がする。中身は軽いのだろうが、とてつもない量が入っているのだろう。
口を解き、中をみんなに見せた。そこには、大量の金が詰め込まれていた。
「おっ、おい、ローン……こっ、これはいったい……!?」
商工会議所にたむろしていたものたちも、金に引きつけられたかのように集まって来た。中には手を伸ばそうとする不届きものも存在するが、それはロクジンに叩かれた。
「リアの姉ちゃんが、これをみんなに渡してくれって言ってたんだ」
「リアが? どうして……これ、外に出るために稼いだ金だぞ」
「みんなを雇ってくれ、だってよ」
しん、と商工会が静まり返る。
「私自身を助け出してもらうために、みんなを雇ってください……って」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……持ち逃げされるとか、考えなかったのかなぁ」
ポツリと、いつも酒を飲みに来る商店主が口を開いた。
「あの子はそうだよなぁ」
「人を信じすぎるトコがある」
「根っこはみんないい人だってよ」
「んなわけねえのになぁ」
そして一人、また一人と立ち上がった。
「おし、行こう」
――そういう話になった。
「やあやあ、楽しそうな話をしているじゃないか」
聞き覚えのない声がした。
ロクジンはそちらを見て、目を丸くした。
「あんたは……」
「こっちも一枚、噛ませてもらえないかな?」
そこにはダンケルと――もう一人、見覚えのない浅黒い肌の少女がいた。




