悲しみの熊肉料理 ミイラおじさんの哀愁
訂正のお知らせです!
正 ジークフリード 誤 ジークフリート ジークリッド
正 シャルロット 誤 シャルロッテ
早急に修正を入れますので御承知の程、宜しくお願いします。
森の家から煙が立ち上り、何やら騒ぐ声が響いている。回復したとはいえ、疲労の極致にあったグリードとクレイグが、無理やり起こされ食事をとらされていたからだ。
「おい、親父ぃ。もう十分焼いたんじゃねーか? いくらなんでも量が多すぎだろ」
庭に置かれた熊肉が次々と焼かれていく。そんな光景に嫌気がさしたグリードが先程からぼやき続けてるのだ。
──ジューッジューッ
「だっはっは。せっかくの戦利品だ。遠慮なく喰えガキ共! 」
「そうじゃねーんだよなぁ……おい、クレイグ……なんとか言ってやってくれ」
「……モシャモシャ……」
シャドーベアの群をあっという間に叩き潰したオースロックは、自慢するように森の家へ熊肉を持ち運んでいた。
だがシャドーベアの肉は固く、旨味も少ない。その肉に塩をまぶして焼くだけの料理に二人はうんざりしていた。
「なぁ親父。助けてくれたのと、メシを作ってくれてる事には本当に感謝してるんだよぉ」
「おう」
「だけどなぁ。この肉……あんましうまくねーよな? 」
「おう。不味いな」
「だったらよぅ、もう肉焼くんじゃねーよ! あぁああああああ! にーちゃんの料理と冷えたエールがあればなぁあああああああああ! 」
グリードは森の家にある庭で大の字に寝転び叫ぶ。その目からは漢の汗が流れていた。
「うん? おいグリード、なんだそれは? 」
良所の料理やエールを堪能した事の無いオースロックは、首をかしげながらグリードに尋ねる。
「あれ……前に言わなかったっけか……神の……神の食事だってんだよ親父ぃ……」
「なんだそれは。クレイグは知ってるのか? 」
グリードの言葉が理解出来ないオースロックはクレイグに話を振った。
その瞬間クレイグの動きが止まる。そして口の中に残っていた熊肉を無理やり飲み込むと、目を瞑り語りはじめる。
「神の食事。そう、それはナイト殿が提供してくれた至高の料理。わかりますかオースロック殿。今まで食べて来た全ての料理が霞んでしまう程の美味を口にすると言う事を! あぁ……それはある意味地獄の始まりであり、神の罰でもある。だがしかし、私は後悔しない。何故ならば、あの料理を口にすると言う事はこの世の幸福を凝縮してもまだ足りない程の衝撃が全身を貫くからです。私は忘れはしない。あの【はんばーぐ】なる代物を。極上の冷えたエールの咽ごしを。今畑から採ってきたといわんばかりの新鮮で爽やかな野菜達を! それらを堪能し、【ふらいどぽてと】なるイモ料理を頬張り、そしてふわふわのパンを頂く。そこからの冷えたエールは犯罪的だ! それだけではない、砕いた氷をあの特級酒に注ぎ込むだけで魅惑の酒となるのだ。あぁ、私はなんて愚かで浅はかな人間なんだ……語れば語る程自らを追い込んでいくとは……だが──」
クレイグも目から漢の汗を流しながらいつまでも語り続けた。その様子を見て大の字に寝転ぶグリードはまたもや叫ぶ。
「クレイグやめろよぉ! もういいだろ……これ以上追い込まないでくれ……そんな詳細語られちゃ、辛すぎるだろ! うわぁあああああああああああああああん」
嫌と言うほど不味い肉を食した為空腹とは無縁の二人であったが、良所の料理と比較してしまった為に空腹以上の辛さが彼らを追い込んでいた。
「まったくどうしようもねーな。たかが料理でいちいちべそかくなガキ共! 」
(そんなに美味いもんなのか……俺まで喰いたくなってきたじゃねーか! おかげで熊肉が一層不味くなっちまったぜ)
オースロックは喚く二人と不味い熊肉にイライラしながら、ひたすら熊肉を頬張り続けたのである。
◇
黒と赤の色をした二匹の竜が、ドラグーン山脈と魔の森の境上空を飛んでいた。
『むっふふーん♪ 久しぶりのお外~♪ お出かけうれしいなぁ♪ 』
「ベリアちゃん随分とご機嫌ね? 外界へはどれぐらいぶりなの? 」
『んとね、えーと……あれ? 何千年ぶりか忘れちゃった! 』
「何千年て……」
ライラは何千年という言葉を受け、人間と竜の時間間隔の差に驚く。
そんなライラを他所に、ベリアの言葉に反応したジークフリードが満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「ベリア……シャルロット! 久しぶりのお出かけなのか! 外界は楽しいぞ、色々な物がある! この兄がたくさんの場所を案内してあげるからな! あっはっは! あっはっは! あっはっはっはっは! 」
ジークの叫びを聞いたベリアはうんざりしながらライラへ心情を吐露する。
『ねぇライラおねーちゃん……あの人本当に大丈夫なの? アタシちょっと怖いんだけど……』
ライラは普段見せない高揚するジークの姿を見て、苦笑しながらベリアに小声で返答した。
「あの人はね、普段あんな感じではないの。ベリアちゃんの姿と妹さんを重ねちゃって気持ちが高ぶってるだけなのよ」
『妹? あの人の妹とアタシが似てるの? 』
「そうみたいね。私は実際に見た事が無くてなんとも言えないのだけども。それに、その妹さんはもういないから……」
『いないってどういう事? 』
「随分昔に亡くなったみたいなの。当事者ではないのであまり私が言う事ではないのだけれど」
『そうなんだ……』
「悪気は無いのよ。迷惑かもしれないけれど少しで良いから仲良くしてあげてね」
『……考えとく』
二人の会話がひと段落した時、再びジークの叫び声がこだました。
「シャルロット! 森の家が見えて来たぞ! あそこには兄さんの友人達がいるし、素敵なお家があるんだ! 」
ベリアはそんなジークに少しだけはにかみながら小声で返事をした。
『そうなんだ……おにー……ちゃん』
その小さな声で発せられた【おにーちゃん】との言葉をジークは聞き逃さない。
「!!! シャルロット! 今、今、なんていったんだ! もう一度この兄に聞かせておくれ! 」
『な、なんでもないよ! 聞き間違いだよ! 』
ライラは二人のやり取りを見て、穏やかな笑みを浮かべた。
◇
──黒色騎兵隊、全員整列!
インティアーナ魔導国とラドルア帝国の国境付近にある辺境領で、副官ゲッペルの号令が響く。
彼らの目の前には上皇ディオールドと、布にまかれてミイラの様になっている上官のヘルダーがいた。
「ふぉっふぉっふぉ。其方らも無事でなによりじゃ。特に変わった事などは無かったかのぅ? 」
「……」
無言のヘルダーを放置しながらディオールドが状況報告を求め、ゲッペルが素早く対応する。
「はっ。特に異常はありません! ですが上皇陛下、ヘルダー長官のその姿は……」
「ふぉっふぉっふぉ。少しばかり頭を冷やしているだけじゃて、気にする事はないぞ」
「左様でございますか……」
「……」
ディオールドは、狂人化したヘルダーを魔布を用いて封じ込め、わざと時間をかけて常人化させている事を黙っていた。
「うむ。それでじゃゲッペルよ。其方らはこれより帝都へ戻り、息子のニューワルドの指揮下に入るのじゃ」
「上皇陛下、お二方はどちらへ……それと皇帝陛下に何とご報告すれば……」
「余らは無事事を成した、安心して執政を取れ、と申せばわかる。行先はエレーファのどこかじゃて」
「……承知致しました」
「何かあったらすぐに帝都へ戻る故心配はいらぬぞ。ふぉっふぉっふぉ」
ディオールドはそう言うと自身とヘルダーの足元に転移の魔法陣を展開した。
「では道中気を付けるのじゃぞ! 」
別れの挨拶をした瞬間、二人は一瞬にしてその姿を消した。残されたゲッペル達は突然の事に言葉も出ない。
それでも命を受けた手前、帝都に向けて出発しなければならなかった。
「……諸君聞いての通りだ。これより帝都へ戻り、皇帝陛下へご報告申し上げる。全隊進軍開始っ! 」
──ははっ
無理やり自身を納得させながら、ゲッペル達黒色騎兵隊は帝都へ向け出発したのであった。




