舞い降りる氷塊の大鳥 理の書四十二編・抹消されし偽りの神
逃走する為の転移魔法を反転させられ、インティアーナは発狂し叫ぶ。
『ディドお前ぇはぁああああああああああああああ! 』
この時インティアーナの思考は殺意に埋め尽くされ、力が発揮される月夜の事など消え失せていた。
『もういい……すべてを……すべてを破壊してやるぅうううううううううううう』
暴走し始めたインティアーナは召喚した魔物達を片っ端から吸収しはじめ、膨大な魔力を練り始めた。
「!? い、いかん。ヘルダーよ、こやつから距離を取れ! 」
「殺ス……殺ス……皆殺シ……ダ」
狂人化したヘルダーはディオールドの制止も聞かずインティアーナへ切りかかる。
「世話の掛かる臣下じゃわい! 少し頭を冷やさんか! ──大氷結晶! 」
ディオールドが放った魔法はヘルダーの下半身を氷漬けにし、動きを止めた。
そして間髪入れず詠唱しはじめる。
──天地変動
動ける上半身を狂った様に動き回すヘルダーの周囲に、金色の魔法陣が展開された。
すると、ヘルダーの体は粉の様に消え去り、見届けたディオールドはため息交じりに呟いた。
「少しの間だけでも外で頭を冷やしてくるのじゃ」
どうやら地下大聖堂から強制的に外へと移動させた様だった。
暴走するインティアーナはその身に集めた魔力を膨張させはじめ、残ったディオールドと【トート】もろとも自爆しようとする。
「さてと……命をかけねば時間を稼げぬようじゃな。これも何かの因果かのう……アルバート、余に……今少し勇気と力を貸してくれぬか……」
今は亡き親友にささやかな願い事を呟くと、虹色の大魔法陣をインティアーナに向けて展開した。
『キッヒッヒッヒッヒャヒャアアアア! キエロ、キエロ、キエロォオオオオオオオオオ! 』
そして粗同時に、インディアーナとディオールドは互いに詠唱し放つ。
くたばれディドぉ! ──滅亡ノ子守歌
さらばですじゃ師匠! ──大いなる対価
──
───
────
互いの魔法がせめぎ合い、当初拮抗してるかに見えた。だが、ジリジリとディオールドが押され始める。
それでも全魔力を注ぎ込み、どうにか踏ん張り続けるディオールド。
「ぐふっ……はぁ……はぁ……アル……バート……あと少し……あと……少しでいいのじゃ……余に……力を……」
口からは鮮血が零れ、魔法を支える両手はどす黒く変色しはじめる。そんなディオールドの姿を見て、インティアーナは狂喜の表情を浮かべ叫んだ。
『キヒャヒャヒャヒャヒャ! 私ニ殺サレシ愚者ヘ助力ヲ乞ウトハ、間ノ抜ケタ話ダナ、ディドォオオオオオオ! 』
「ぐはっ……すまぬアルバート……仇を……うてなんだ……」
限界を迎えたディオールドが大量に吐血し、今にも倒れそうになった時だった。その背中がポンと支えられ、男の声が彼に届いた。
「よくやったじじぃ。後はまかせろ」
◇
氷の羅針盤を片手にフェルに乗るソフィア達は氷結の大地を疾走する。
『とりあえずこの羅針盤に変化があるまで進んでみよう』
「ヴォン! (わかったわ! )」
代わり映えのない白き氷の大地はどこまでも続いていく。途中氷山を見かける程度しか変化がなかった。
空は終始曇天が覆い、精神的にソフィア達へ圧力をかけ続ける。
(何も無い所だなここは……だが私は諦めはしないぞ)
ソフィア達は先の見えない不安と戦いながらひたすら氷結の大地を走り続けた。
──
───
────
上陸してから半日は過ぎたであろう時、氷の羅針盤が今まで見せなかった挙動をしはじめる。
一点を指し続けていた針が突如クルクルと回り始めたのだ。
『フェル! 』
「ヴォン! 」
ソフィアの掛け声に反応し、フェルはその場に止まる。
(シェルちゃん、周囲に何か反応はある? )
──今の所は……!? 巨大な魔力が、直上ですお姉様!
『!? 』
ソフィア自身シェルと同化している為、感知能力は通常より敏感になっていたのだが、シェルに所在を言われるまで気づきもしなかった。それほど急に現れたのだ。
真上に視線を向けると、曇天の隙間から一羽の巨大な鳥が舞い降りてくるではないか。
その姿はクリスタルの様に透明で、羽の一枚一枚に氷結晶の模様が浮かび上がっていた。
『フェル! くるぞ、戦闘態勢だ! 』
「ヴォン!ヴォン! (わかってるわ! )」
いつでもこいと言わんばかりに、ソフィアとフェルは態勢を整える。だが、予想に反して大鳥は攻撃を繰り出してくる気配も無く、静かにソフィア達の前へと降り立った。
◇
後は任せろ。そうディオールドに言った【トート】は、彼の前へと歩を進め無表情のままインティアーナと対峙した。
「おい、元太陽神。なにか言い残す事はないか? 」
『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』
「やれやれ。どうやら狂い墜ちたみたいだな。んじゃ時間ももったいないし──」
──全て抹消してやる
死の宣告を言葉にした【トート】は両腕を下げ手のひらを広げると、四十二もの魔法陣を繰り出した。
そしてその魔法陣からは一、二、三と番号の振られた巨大な書が四十二冊現出し、次々と音を立てて捲られていく。
──パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ
「理の書四十二編、我は命ずる。展開されし魔導と偽りの神を抹消せよ」
同時に紙吹雪のように四十二冊の書が舞い散り始めた。それらはインティアーナやディオールドの魔法を消失させ、さらにインティアーナ本体に纏わりつく。
インティアーナは抗う術も無く、声も出せずそのまま書に埋もれた。その書には古代の文字なのか、俄かに解読できない文字の羅列で埋め尽くされており、金色に輝き始める。
そしてインティアーナは元々そこには居なかった様にかき消され、後には部屋一面に散らばる紙と赤い宝石だけが残された。
【トート】は現出した四十二編の内、第三編を手に取り、パタンと閉じる。
すると、残りの四十一の書は消え去り、散らばった紙は燃えて一本の杖が現れた。
「やはり隠し持っていたか。これで俺の目的は達成できたわけだが……」
杖を拾い上げると、【トート】の視線は今にも絶命しそうなディオールドへと向けられ、喋り始める。
「おいじじぃ。まだ生きてっか? 返事をしろ」
「ふぉっふぉ……ふぉ。終わったのかのぅ……」
「しぶてーじじぃだ。おい、じじぃ。よくわかんねーが、お前の仇をとってやったぞ。それとこれはさっきのお返しだ」
──パチン
【トート】が指をならすと、白い光がディオールドを包む。すると負傷した箇所が再生し、魔力も戻りはじめた。
「律儀なヤツじゃわい。回復ついでに一つ願いを叶えてくれはせんか? 」
「元気になったとたんこれだよ。まったくじじぃってのは強欲だな。んで、願いってのはなんだよ? 俺はこうみえて忙しいんだ、さっさと言え」
「ふぉっふぉっふぉ。時間稼ぎの駄賃ではないが、そこに落ちてる赤い宝石……そいつをもらえぬかのぅ? 」
ディオールドの提案に【トート】は魔導で宝石を拾い上げると、躊躇なくディオールドへ放り投げた。
「じじぃお前、それが何か知ってんのか? 」
一瞬拾い上げただけでその宝石が何なのか理解した【トート】は、訝し気にディオールドへ尋ねる。
「無論じゃ。これは【愛する者の血の雫一滴】と呼ばれたグリーディアライトと言う宝石じゃ」
「けっ。悪趣味な宝石なんぞ気色悪くていらねーよ」
「そうじゃのう。この宝石は人の死が凝縮されておるからのぅ……」
「おいじじぃ、まさかお前の──いや、なんでもねーや。んじゃなじじぃ、機会があったらまた会おう」
【トート】はそう告げると転移の魔法陣を展開し、後ろ髪をひかれる事なく姿を消した。
一人大聖堂に残ったディオールドは赤い宝石を見つめ、小さく、小さく呟いた。
「長い年月待たせて悪かったのぅ……すまなかった……アルバートよ……」




