思慮の足りない男の末路はどれも悲しい
ラドルア帝国帝都にある皇宮にて皇帝に謁見するヘルダーの姿があった。
突如やってきた良所の話に対処する為である。
ヘルダーにとっては大きな厄介事であった。なにしろ事の如何で帝国が滅びる可能性があるからだ。
邪神の件が解決したら今度は女神の御使いが帝国を脅かす存在に。そんな事になったらこれまでの労苦が水泡に帰する。
それが解っているヘルダーは慎重に言葉を選び皇帝へ上奏していた。
「──以上で御座います陛下」
ヘルダーから火急の件があると聞いていた皇帝ディオールド・ラドルアはまさかの事態に困惑し上奏された内容を聞き返してきた。
「ヘルダー元帥……今何と申した」
「はっ。昨日の報告によりますとムシューラ・ベルメット辺境伯が女神の御使いを含むキドナイト殿一行が住まう魔物の森へと兵を進め、交戦しました。報告では歩兵五千から一万……これは予想ではありますが常駐している七千の辺境領軍を出したと思われます」
改めて内容を聞き頭を抱える皇帝ディオールド。
「交戦じゃと!? 邪神を討伐しこのラドルアを救ってくれた恩人に対しなんたる無礼を……ハッ!? 」
恩人に対する無礼に心を痛めていたディオールドに邪神討伐の際に受けた女神の御使い事シェルの忠告がよぎる。
──女神の眷属たるエルフを開放し事態を治めよ
今後我らに関係する者達へ帝国が干渉するのであれば
その時には帝国を滅ぼします──
皇帝の老顔がより一層老け込む。今にも昏倒しそうな様はヘルダーを慌てさせた。
「陛下! お気を確かにお持ちください。まだ全てが決まったわけではありません」
進言により気を取り戻したディオールドは事の解決方法をヘルダーへ問いただす。
「ヘルダーよ……余はどの様に振舞えば良いのだろうか……」
その言葉を受けたヘルダーは内心苦虫を噛む心境であった。
──魔物の森は広大故早々に問題も起ころうはずがない。程々にせよ
事態を楽観視した皇帝の言葉が思い出される。
領地拡大計画を上奏してきたムシューラ辺境伯をヘルダーが諫めた際、皇帝が同調せずむしろ了承する旨を伝えたからだ。
領土拡大は帝国にとって一大事業である。だがその利害を秤にかけるなら魔物の森は圧倒的に害を及ぼすと忠告したのだが……
ここで過去の事象を咎めても意味がない。今はともかく事態を収拾しなければ。
そう気持ちを切り替えたヘルダーは皇帝へ上奏する。
「現状ムシューラ辺境伯を含め歩兵六千が壊滅しており残る一千の兵はキドナイト殿が保護しています。キドナイト殿が要求している事は──」
ヘルダーが上奏してる最中壊滅の言葉を聞いた皇帝は顔色を青くし始めた。
「ま、まてヘルダー。壊滅じゃと? ムシューラを含め六千もの兵が死んだと申すか!? 」
「……左様です陛下」
「それほどの将兵が全滅とは……何日に及ぶ戦いであったのだ」
「一日です陛下。正確には……一刻程で決着がついた様です」
「──」
たったの一刻。その言葉を受けたディオールドはもはや意識をたもってはいられなかった。昏倒する皇帝を抱え、大声で宮廷に常駐する専属の医療班を呼びながらヘルダーは後悔する。
「包み隠さず報告するのが最善と考えていたのだが……些か不味い事態になってしまった」
命に別状は無く暫く安静にしていれば回復するとの報告を受けたヘルダーは、重い足取りで帝都にある自身の館へと向かった。
◇
所変わってここは帝都にあるヘルダー元帥の屋敷。
広大な敷地内には様々な施設がある。その一つに本格的な訓練場があるのだが……
どうも、きどないとです。
どうしてこうなった。今そんな心境です。
え? なにがどうなったか早く言えって? はい。今鎌おじさんの屋敷にある訓練場にいるのですが、ソフィアが決闘を申し込んでいまして……相手は俺じゃないですよ。本当にどうしてこうなった……
「さぁライラ殿。おとなしく剣を構えよ」
「ナイト様……なぜ私がソフィア殿下と決闘をしなければならないのですか──」
こんな状況ですはい。事の顛末をお話しますと……数時間前に遡ります。
俺は昨晩全てを吸い取られ干からびた状態で朝を迎えた。
カラッカラの俺は今日一日動きたくない心境でして。一人起きずにベッドでゴロゴロですよ。
かたやソフィアは俺の全てを吸い尽くして朝から漲っておりまして。「なんと充実した素晴らしき朝なんだ! 」とかなんとか言いながら訓練場へシェルやフェルを伴って稽古に出向いてたんですよ。
俺は虚ろな表情で天井を眺めながら昨晩の夜戦で勝利したソフィアに対する復讐戦を考えてたんです。
そんな時ですよ。メイドのミリアさんが短めの黒髪をした男装の女性を伴って俺が寝ている部屋にやってきたのは──
──コン コン コン コン
「……ふぁい」
「ナイト様おはようございます。ミリアで御座います」
「……ふぁい」
「朝食の準備が整いましたので伺わさせて頂きました。それとですね」
朝食の時間か……ソフィアのヤツ訓練してくるっていってかれこれ何時間たつんだ?
窓辺から聞こえる鳥の声で目が覚めたと思ったらガバっと起き上がって「ナイト! 訓練場でひと汗かこう! 」って無理に決まってるじゃないですか。
ソフィアよ昨晩どれだけ暴れたのか覚えてないのか。くそっ、思い出しただけでも悔しい。あと少しだったんだ。あとほんの少しで夜戦を勝利で飾れたんだ。
残弾が尽きて俺が降参した時のソフィアの表情……大体向うがタッグマッチでこっちは一人とかおかしいんだよ!
ソフィアの色気を含んだ笑みを思い出す。愛しさと悔しさが混在した気持ちを抱えているとミリアさんの声が扉の向こう側からしてるのに気付いた。
「ナイト様? 」
「あ……すいません。ちょっと考え事をしてまして」
「左様でございますか。それとですねライラ様がご帰還なされましてナイト様方がいらっしゃるのを聞くと是非ご挨拶をしたいと伺いまして」
「是非お呼びください。歓迎します」
まさかのライラさん登場だ。一瞬で昨晩の悔しさがふっとんだ。今の俺は大賢者であるが故に粗相もないだろう。ふっ、完璧だ。
「こちらにお通ししても宜しいのですか? 」
「歓迎します」
そう、これが不味かった。浮かれ切った過去の俺を諫めたい。
──ガチャ
開かれた扉から懐かしい顔がひょっこりと現れる。ライラさんだ。
戦時下では無い今ライラさんは甲冑ではなく男装の礼服に身を包み笑顔で挨拶をしてきた。
「ナイト様お久しぶりです。ライラで──」
「お久しぶりです」
「うふふっ。相変わらずお元気そうですね」
力強い眼光を長いまつ毛と少し垂れる眼尻が和らげる。あぁ。笑顔が眩しい。
それにこの色気、半端ない。
男装の礼服にも関わらず俺の思考を停止させるほどの色気だ。その原因はわかっている。隠しきれない自重知らずの双丘だ。
それだけではない。短めの美しい髪に潤いを纏う唇。すらっとした長い脚。そして美しいラインのお尻。
完璧だ。
「あぁ立たせたままですまない。どうぞ座ってください」
俺がそう言うとライラは室内にある椅子に座ろうとした。だが馬鹿な俺はそれを制止する。
「そんな遠くでは声が聞こえません。どうぞこちらにおかけください」
無謀にも俺が寝ているベッドへ座れと言ったんだ。
ライラはその言葉を聞くと顔を赤らめながら俺に尋ねてくる。
「ナイト様宜しいのですか? 御使い様に怒られるのでは──」
「会話をするだけですよ。大丈夫です」
ライラの言葉を遮り即答する俺。そんな俺の押しに負けたのかライラはベッドの上に腰掛ける。
「……少し照れますね」
恥ずかしそうにするライラに不覚にも胸が高鳴る。あれ? 俺なんでこんなに浮気性になってんだ?
グリードから聞いた一夫多妻制の話で考え方を切り替えたからか?
そう自問自答しているとライラが手を伸ばしながら俺に近づいてきた。
まずいっすよライラさん! 今の俺はスッカラカンなんですよ! 一日、いや、半日お待ちいただけませんか!!
「ナイト様……顔に何かが付いていますよ」
あぁなんだ……。俺の顔に何かが付いててそれを取ろうとしてくれてただけなんだ。
少しがっかりしたその時、ソレはいきなりやってきた。
──ガチャッ!
ノックも無く大きく音を立てて開けられる扉。
そして同時に室内へ響く聞きなれた声達。
「ナイト! ミリアさんが朝食の準備できたって! 一緒に食べに行こ──」
『ちょうしょく! あ──』
「ヴォン! ヴォ──」
その声に驚いた俺は急に体を起こそうとする。同時にライラさんの体にぶつかり俺に覆いかぶさってきた。
「キャッ」
あまりの事に声を上げるライラさん。
その状況に一瞬の静寂が室内に訪れたのだが……ソフィアが静かに口を開いた。
「ナイトよ……説明してもらおうか」




