鎌おじさんの憂鬱
ジャントが口にしたヴィクトールの英雄姫の名は残兵達に大きな衝撃を与えた。
百年の戦乱、その中でも特に名を轟かせた仇敵の英雄。その本人が目の前に現れたのだから。
残兵達は不安を吐き出す様に口々にする。
──おい、間違いなくあれは英雄姫……
──どういう事だ? やはりムシューラ様のおっしゃってた通りなのか?
──ヘルダー元帥がヴィクトールに内通していたという噂は本当だったのか
あー。やっぱりこうなるか。このまま放置しても面倒が増えるだけだよな。
──パンッ
俺は柏手を打ち兵士達の視線を集める。
「あー、兵士の皆さん。色々と想像して不安になっているようですが少し誤解がある様なので説明させてもらいます」
俺の言葉に兵士達の騒めきは止み、次に出てくる言葉をじっと待ち始めた。
「まず決定的に違う点を一つ。この森を所有している俺はヴィクトール王国の人間では無いと言う事」
──どういう事だ?
──英雄妃がいるのにヴィクトールの人間じゃないっておかしいだろ
──さっき嫁さんってジャント隊長に紹介してたぞ。つまりヴィクトール王国の王族ってことじゃないか
皆さんやっぱそういう反応になるよね。とにかく説明を続けるか。
「えーゴホン。静粛に。たしかにここにいるソフィアは俺の嫁さんです。ですが先程言った通り俺は王国の人間では無いですよ。そもそもソフィアと結婚した経緯はラドルア帝国にも関係しているのでそこも説明させてもらいます」
ソロー大草原の戦いに巻き込まれた事
戦乱を止めた事
そのまま帝都に赴き邪神を討伐した事
それらの恩賞としてソフィアを嫁にもらい受けた事
俺は結婚までの経緯を一つ一つ丁寧に説明した。
皆は説明を聞いて押し黙る。その中でジャントが口を開いた。
「つまりナイト様は帝国と王国の戦乱に巻き込まれて……それから邪神を討伐して……英雄姫を恩賞としてもらいうけたと……話がでかすぎて実感が湧きません……」
「実感湧かなくてもいいよ。とにかくこの森は俺の物で帝国だろうが王国だろうが許可なく踏み込んできたヤツらは全員敵だって事を分かってもらえればいいよ」
「そ、それは十分理解しました。お前たち、話の通りナイト様は王国の人間では無いそうだ」
──わ、わかりました
とりあえずこれで無用な混乱を避けれそうだな。よし、次の話にいこう。
「話がひと段落したところでだ。ジャント、お前辺境領に帰還する話をしてた時暗い顔してたけどその理由を教えてくれよ」
「そ、それは──」
話をふったとたんジャントを含め残兵達の表情が曇る。一体なにがそうさせるんだ?
「おい黙っててもわからないぞ──」
俺がジャントに詰め寄ろうとした時、後ろに居たソフィアが口を挟んできた。
『ナイト。つまりこういう事だと思うぞ』
「ん? ソフィアは分かるのか? 」
『ナイトはこの兵士達の大将を討ち取ったのだろ? 』
「討ち取ったというかナンタラ辺境伯ってのを鉄球で爆散させた」
『……まぁいい。とにかく大将を含め相当数の帝国軍兵士が討ち取られた。これを帰還した兵達が留守役の領主代理に報告しなければならない』
「まぁ、そうなるな」
『報告を受けた領主代理が諦めて辺境領でおとなしくしてると思う? 普通は復讐戦をしかけてくるでしょ? 』
「来たら来たでまたぶちのめせばいいじゃん」
俺がそう返答したところでソフィアは兵士達の顔を見る様に促してきた。
『ナイト。彼らの顔を見て。彼らはナイトの恐ろしさを知っているわ。その恐怖を知って尚従軍せねばならないの。それが彼らが暗い表情をしている理由よ』
成程。確実に全滅するとわかっていても従軍しなければならないのか。拒否した所で反逆罪で処刑とかもありそうだし。
「なら俺がその領主代理ってヤツの所にいって黙らせればいいか」
安直な俺の話にソフィアは溜息をつくと、両手で俺の頬を引っ張りながら凄みだす。
『ナーイート。貴方はそれでいいかもしれないけれど、妻の私が困るの! ヘタをしたらまた戦乱を呼びかねないわ』
「ふぁい。しゅみましぇん」
『よろしい』
一方的に俺を制するソフィアの行動を見た残兵達は歓声をあげた。
──英雄姫は戦乱を望んでないのか。それは素晴らしい事だ
──おぉ、さすが英雄姫
──邪神殺しを気迫で制すとはさすが英雄姫
『とにかく死神を通して皇帝陛下に仲裁を頼むしかなさそうね』
「ふぁい。しょれよりそふぃあしゃん、手をはなしてくれましぇんか? 」
こうしてヘルダー元帥の所に行くことが決まる。
話が済むまで約千人の残兵達にはこの森にとどまってもらう事になった。
ドーファで創った時よりさらに大きい旅館を設置し周囲を壁で囲った。これでしばらくは大丈夫だろう。
「ジャント。悪いんだけど話が終わるまでここでくつろいでて。飯も飲み物も風呂も有るから安心してくれ」
「わかりました。私達の様な身分の低い者の為に動いてくださるだけでも感謝しきれないです」
「気にすんな」
そして俺達はその場で門を出し、ヘルダー元帥の館へと向かった。
◇
「「私達結婚する事になりました」」
『あい! 』
「ヴォン! 」
いきなり現れたと思えば笑顔で結婚報告をする俺達を見て暫く言葉がでない鎌おじさん。
「……とにかくよく来てくれた。客間に案内するから付いてきてくれ」
困惑してる鎌おじさんは一軍の将らしからぬあきれた表情で俺達を客間まで案内してくれた。
──
───
「それで……だ。結婚がどうとか言ってたみたいだが……何がどうなったのだ? 」
客間にある大きなテーブルに俺達を付かせると、ヘルダー元帥は呆れ気味に訪ねて来た。
「あれですよ鎌おじさん。戦乱を収めた事と邪神の件で王国から恩賞をもらえる事になりまして」
「うむ。それで私を嫁に貰い受けてもらったのだ死神よ」
俺達の話を聞いて黙り込むヘルダー元帥。しばらくして合点がいったような表情を浮かべて話始める。
「なるほど。相応の恩賞を考えると合点がいく。しかし国王ウィリスも策士だな」
ソフィアは策士という言葉に素早く反応した。
「策士とはどういう事だ死神。父上を愚弄する気なら容赦せんぞ」
その反応を見てヘルダーはため息交じりに返事をする。
「あのなぁソフィア殿下。もう少し余裕を持って話を聞くのだ。お前はもうただの小娘ではなくなったのだぞ? ナイト殿の奥方としてふさわしい振舞いをしろ」
「うっ」
おいおいソフィアなにその顔。奥方って言葉を聞いて顔は真っ赤なのに渋い表情して面白い。やっぱ鎌おじさんの方が何枚も上手だな。
「邪神を討伐する程の人物だぞ? 血縁を結び憂いを無くすのは当然ではないか。それを自然に纏めた手腕に対し策士だと申したのだ。決して貶める様な話ではないぞ」
「し、失礼した。ヘルダー元帥……」
「よい。してナイト殿。よもや結婚報告だけではないのであろう? 火急な事でも起きたのか? 」
改めてここへ来た本意を元帥は俺に尋ねてくる。
「うん。帝国のナンタラ辺境伯ってヤツが俺の森にちょっかいを掛けて来た」
「ナンタラではなくムシューラ辺境伯だぞナイト」
「あ、うん。そうそう」
俺達のやり取りを聞いていたヘルダー元帥は目を見開き絶句した。
「なっ」
ジャントの話じゃ散々注意してたみたいだからね。この反応もわかる気がする。
「……して兵の規模とムシューラの生死はいかに」
「んー。兵の規模は大体五千から一万ぐらいだったかな。それとムシューラ? 辺境伯は死んだよ」
辺境伯戦死の報を聞いたヘルダー元帥は表情を暗くする。
「あの馬鹿者めが。ムシューラはたしかに思慮が浅く短慮にすぎる。だが、帝国を支える気持ちは本物であった。大方邪神の一件で我が勢力と発言力が強まったのを良しとせず、対抗する気で行動を起こしたのであろう……」
なるほどね、帝国を想いすぎて先走ったのか。
それからヘルダー元帥は続けて尋ねはじめる。
「ナイト殿、今回の件で随行してきた兵士達の損害はいかほどか? いや愚問だな。きっと全滅したのであろう」
全滅を悟ったのか、元帥はより一層表情を暗くする。
「全滅はしていないですよ、壊滅には違いないけど。約千人の残兵達は元気にしてます。今日来た理由はその兵士達の為なんだ」
「と申すと? 」
それから俺はソフィアに教えてもらった通りの事をヘルダー元帥に伝え、そしてなるべくなら彼らを殺したくはない旨も話した。
「あいわかった。ナイト殿達には申し訳ないのだがいましばらくここに逗留してもらえないだろうか」
「別に構わないですよ。ソフィア達と帝都でも見物しながら時間潰しますから」
「皇帝陛下へ話を通し判断を仰ぐまでの時間だ。おとなしく館内にて待っててくれ」
「えー、暇じゃないですかーヤダー」
そう俺が駄々を捏ねた時だった。ヘルダー元帥から思わぬ言葉が飛び出て来たのだ。
「そういえば明日任地先からライラが戻って報告しにくる予定なのだが──」
「おとなしく正座をして待ちましょう」
俺はなぜかワカラナイが元帥に待機すると即答した。
その日の夜。即答する俺の態度を見たソフィアとシェルにこってり絞られたのは言うまでもない。




