正妻からの試練
訓練場の空気が張り詰める。
ピンクのジャージに【そふぃあ】Tシャツを着た英雄妃が殺気を放ち、鋭い眼光をライラへ向けている。
思いもしない展開にライラは動揺していた。
それもそのはず。邪神の一件に対するお礼を述べに面会したはずが、いきなり決闘沙汰になってしまっているのだから。
しかも相手が和平を結んだばかりの姫様だ。万が一の事があっては再び戦乱を呼びかねない。
「どうしても決闘をしなければならないのですか? 」
できれば回避したいライラはソフィア・ナイト両名に向かって再度尋ねる。
そんなライラの問にソフィアが即答した。
「当然だ。私はナイトの正妻であり、第一婦人だ。側室を迎えるにあたって是非を問う権利を私は有している。いわば試験の様な物だ」
その言葉を聞いたライラは顔を赤らめながら反論しはじめる。
「ちょ、ちょっと待ってください。ソフィア殿下がナイト様の奥様!? それに私が第二婦人!? 唐突すぎて理解できません。お二人共説明して頂けませんか! 」
「もはや問答無用。いくぞライラ殿! 」
一気に距離を詰めたソフィアは、宝剣を抜き勢いそのままにライラの首めがけて切りかかる。
「なっ」
必殺の一撃に思わず声をだすも、ライラは寸での所で後方に跳躍し回避した。薄皮一枚切れた喉元には赤い線が走り血がしたたる。
──これは訓練で切り合う類の物じゃない。間違いなく殺し合いだ
覚悟を決めて打ち合わなければ間違いなく殺される。そう判断したライラは帯刀している細身の剣に手をかけ言葉を口にした。
「今の一撃でわかりました。理由はどうあれ相当の覚悟を持った決闘と言う事ですね。では私ライラ・フリージュア、全力を持ってお相手させて頂きます」
言葉をいいきるや否や、一瞬で間合いを詰め無数の連撃をソフィアに浴びせる。
宝剣を駆使してなんとか致命打を避けるが、圧倒的手数を全て押さえる事は出来ない。故にソフィアの体に無数の切り傷が出来ていく。
──
───
────
「さすがにクレイグを押さえるだけの事はあるか──」
ソフィアは本気になったライラの攻撃に納得しつつ宝剣に魔力を、全身に闘気を纏わせはじめる。
必殺の一撃がくる予感を感じたライラはさらに間合いを詰め、ソフィアの心臓めがけて剣を突き放った。
──ザクッ
ソフィアの体に細身の剣が突き刺さる。体から赤い血が滴り、致命打を与えたかに見えた。
「ごほっ。クックック。ライラ殿油断したな……? 」
「なっ……随分と無茶をなさるのですね殿下」
ライラの剣が刺さっているのは左鎖骨の下あたりであった。
心臓に向かっていた剣の軌道を、ソフィアは生身の左腕で逸らしたのだ。
それだけではない。ボロボロになった左腕と自身のアゴを使ってライラの剣を抑え込んでいる。
「さぁ……選べライラ殿。誇りと共に剣を捨てて負けを認めるか……我に切られて誇りを抱きながら散るかを」
ソフィアの宣告に対し、ライラは笑顔を見せながら告げた。
「私に剣を捨てる道などありません──」
「見事」
──ズバッ
ライラの言葉に短く返答したソフィアは彼女を袈裟切りに伏せた。
◇
「ご、ご主人様。大変でございます! 」
普段冷静に振舞うメイドのミリアが慌てふためきながら館の主を迎えた。
「落ち着けミリア。メイドの長らしくもない。普段冷静なお前が慌てるとはどういう事か」
「は、はい。すみませんヘルダー様。ですが、ですが一大事に御座います」
その言葉にヘルダーは嫌な予感を募らせる。
「だから落ち着けと申しておる。ミリアよ、起きた事象のみを簡潔に報告せよ」
「は、はい。ソフィア殿下とライラ様が訓練場にて決闘に及び……両者重症を負われております」
「なっ」
絶句したヘルダーは頭が真っ白になる感覚を覚えた。
邪神が滅び、憂いていた帝国の騒乱も無くやっと訪れた平穏の時。
帝室を支えるが為に尽力してきた日々が報われたのだ。
そんな彼に訪れた厄災。
女神の御使いとの争いを回避するべく動き回るが、思うように事は進まない。
それでも何とか解決を見出すべく思案に暮れて家路についた矢先の出来事。
己の直臣ライラが王国の姫、それも御使いと縁深きソフィアと決闘に及ぶ。
しかも両者重症との報。百戦錬磨の将軍でなければ卒倒していたであろう。
「ヘルダー様! ヘルダー様! 」
「はっ……だ、大丈夫だ。ともかくミリアよ両者が居る所まで案内せよ」
「か、かしこまりました」
我に返ったヘルダーはミリアの後に続きながら大きく溜息をつくのであった。
◇
──ナイト!
ソフィアの叫びに応じて俺はシェルと同化し、素早く二人の傷を治しはじめる。
どうも、きどないとです。
よくわからないまま二人の決闘が終わりました。重症ですが命に別状はありません。
『おいソフィア。口を挟むのもなんだけどやりすぎじゃないか? 』
ほぼ殺し合い。そんな決闘だったので俺は二人を回復しながらソフィアに小言を言った。
「ふふっ、済まない。でもなナイト、これは大事な儀式なのだ」
『儀式? 』
「そう儀式。私が私以外の女性をナイトの側に置くための儀式」
なんですかそれは。といいますかライラさんを娶る前提になっていますけど。
『ソフィア。俺にはよくわからないけど無茶はするなよ。好きな人が傷つくのは見たくないんだよ』
「だから済まないと謝っている。でもよろこべナイト。ライラ殿は合格だ」
意味が解りません。合格ってなんですのソレ。
そんなやり取りをしているとライラさんの意識が戻った。
「ふふふっ。合格……ですか。ソフィア殿下……私に拒否権は無いのですか……? 」
ちょっとお待ち下さいライラさん。それって俺の事は興味が無いってことですかね? うぅ。
「いや。無論拒否権はあるぞ。ライラ殿に好いた殿方が他にいるのであればだが」
聞きたくない。聞きたくなぁあああああい。何故か俺は心の中で叫んでいた。
「好いたといいますか……気になる殿方ならいます」
終わった。俺終わった。あああああああああああああああああああああ。
露骨に落ち込む俺を見つめるライラさん。彼女の頬はうっすら赤く染まっていた。
そんな俺達の様子を見ながらソフィアはニヤっと口を緩ませ喋りだす。
「ナイトよ、お主存外鈍いようだな。面白そうなので暫く黙っておくか。ライラ殿もそう思うであろう? 」
「そうですね……暫く様子を見させてもらいます」
完全に回復しきった二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。
◇
「で。説明していただけるのかな? 」
朝食が並ぶ巨大なテーブル。その上座から低い声が響く。
決闘が終わった後、訓練場へ顔を真っ青にしながら駆けつけて来た御仁が俺達に対し凄んでいるのだ。
ヘルダーさん……怒ってますよね? あ、俺部外者じゃないけど当事者じゃないから黙ってよっと!
「死神……じゃなかった。ヘルダー元帥よ。朝からお騒がせして済まない」
まずソフィアが謝罪を述べた。それに続きライラさんも口を開く。
「ヘルダー様申し訳ありません」
言い訳もせず真っ直ぐ謝罪する二人に大きなため息をつくと、疲れ切った顔で淡々と喋りだす。
「良いか二人共。我は早朝から皇宮へ赴き、陛下のご差配を賜るべく細心の注意を払って行動しておるのだ。その最中に帝都内で死闘に及ぶとは……まぁよい。とにかく二人共無事であるならな」
あぁ……なんか鎌おじさんすっかり老け込んじゃってるよ。心なしか白髪が出始めてる気がする。
そんな心労が溜まるヘルダーを他所にシェルが元気一杯声を上げる。
『おじちゃんしぇるおなかすいたの! みんなでたべよ? 』
一瞬キョトンとしたヘルダー元帥だが、すぐに顔を緩ませシェルに答えた。
「そうだな。何はともあれ皆で朝食を取ろう」
──いただきます
遅い朝食はこうして始まったのである。




