風呂は心の洗濯
ウィリアム領の降臨事件からニ十日、ヴィクトール王国は平穏を取り戻していた。
今現在ウィリアム領は王太子フレイを中心とする王室派の面々によって復興事業が行われている。
「よもや邪神を降臨させるとは……ベルーラは何を考えていたのだ」
フレイは被害が及ばなかった庁舎でため息交じりに愚痴をこぼす。
王都でベルーラ一党の凶行を処断する裁決が取られ一戦を交える覚悟で進発してきたのだが、道中で捕らえたカイン及びジルド伯爵等は化け物が現れたの一点張りで話にならなかった。
現地に着いたら着いたで多数の領民達が領外に避難しているし、領壁や城などが崩壊している等理解の範疇を超える光景が広がっている。
とにかくフレイ等は領民の保護を最優先に情報を収集しながら旧ウィリアム領を平定していった。
妹ソフィアからの報告では事態の中心にあの婿殿が絡んでいるはずだったのだが、肝心の本人が居ない。
ではなぜ邪神が降臨した事を知っているかと言うと、領内の警備隊長であるドーソン・ドリーアムがそう報告してきたからである。
彼曰く
黒い面妖な衣服を着た狂人が領門前に現れ、次期領主であったカインをめった刺しにしながら領主を呼びつけた。
領主はその狂人を討ち取れと号令を掛け領兵五千を繰り出すも一瞬にして壊滅。
その時に狂人は領壁や周辺の土地を破壊した。
領主を居城まで退避させると自分は領民達の安全を守るため再び町まで移動する。
直後巨大な化け物が現れ城を破壊。城門前に配備されていた兵士達が骸骨の化け物に虐殺される。
領民達を退避させつつ状況を見守り続けていると黒い狂人が次々と化け物を惨殺していく。
領民達の避難が完了し領外で過ごす事三日、自分の目の前に狂人が幼子と黒いオオカミを引き連れて現れる。
その時に城を壊した化け物や骸骨のソレが邪神である事。
その出現にベルーラが関与している可能性がある事を告げ領地を離れていった。
報告は以上である。
「へたに公には出来んな。ただでさえ花嫁候補の申し込みが殺到しているのに。反王室派の筆頭であったベルーラ一党を処断し、更にヴィクトールに現れた邪神を討伐した事が周知してしまえば……いかんいかん。王室は結婚相談所ではないのだぞ! 」
フレイが憂鬱な気持ちを多忙な復興事業で押し消していると、王都から同行してきた巨躯の壮年が周辺の哨戒報告をしにやってきた。
「ダッハッハ。フレイ殿下お疲れのようですなぁ」
「はぁ。扉ぐらいノックをしろ【盾】」
「相変わらず固いですなぁ。ソフィア殿下の様にもう少し柔軟になりませんと。ダッハッハ」
「……オースロックよ。どうして貴様ら親子はいつも能天気なんだ」
オースロックの相変わらずの性格にフレイは半ば諦めつつ会話を進める。
「それよりもだ。哨戒報告をしにきたのではないのか? 」
「はっ。旧ウィリアム領周辺に異常無しでございます殿下」
「ご苦労。引き続き警備を厳にしつつ領壁の修復を急げ」
「ははっ」
オースロックがドカドカと部屋を後にし、執務室は静寂を取り戻す。
「それにしても……婿殿は一体どこへ行かれたというのだ」
愚痴をこぼしつつ復興事業等の書類に埋もれながらやるべきことをこなしていくフレイであった。
◇
「ナイト……どうして貴方達はそう勝手に決着をつけるのだ」
「すいません」
『あい』
「クォン」
どうも、きどないとです。
俺達は今ソロー大草原付近の森にある我が家にいます。
そして嫁さんのソフィアからお小言を頂いております。なぜかシェルとフェルも巻き込まれております。
ウィリアム領内の警備隊長と呼ばれているおっさんに適当に顛末を伝えた後、取り急ぎソフィアへ報告しに王都へ門から急いで行ったんだ。
開口一番今と同じような説教を喰らいまして。王都にあまり滞在できない事情(多数の求婚申請)があったので国王ウィリスに報告を済ました後門から森の家まで来た次第で。
当然といいますか国王からソフィアも外出許可をもらいまして今も一緒にいるという次第ですはい。
「もう……心配させないでよナイト。それにシェルちゃんとフェルも」
「はい」
『あい』
「クゥン」
なんだかんだ心配してくれる家族が居るってありがたいなぁ。しかし……なんだこの状況は。
すっかり尻に敷かれていませんかねコレ?
「ナイト。今尻に敷かれてるって思ってたでしょ? 」
「へ? そ、そんなことないよ? 」
図星を突かれた俺は咄嗟にごまかすのだが両側面よりまさかの挟撃を喰らう。
『そふぃあおねーちゃん! ないとおもってたよ! あい! 』
「ヴォン! ヴォングォン! (思ってるよ! 絶対思ってるよ! 」
「シェルちゃんとフェルはこう言ってるみたいだけど? 」
頬を左右に引っ張られながら追い詰められる俺。
「ほ、ほんなことなひって! あ、そうは! おくりもほがあったんた! 」
「贈り物? 」
咄嗟の判断で俺は以前より考えていた薄桃色のジャージを創り出した。
色違いだけどお揃いのジャージだ。
「あ! 私が欲しいっていった衣服か! 」
説教モードはすっかり成を潜め子供の様に渡されたジャージを広げてはしゃぐソフィア。
「ナイトさっそく着替えて良いか? 」
眩しい笑顔で着替えたいと言ってくるソフィア。まちなさい。お風呂に入ってから着替えなさい。
「せっかく着替えるんだったら皆でお風呂入ってからにしないか? 」
「おぉ! それは素晴らしい提案だ! しかし浴場はどこにあるのだ? ここにあるのは見事な庭園と質素ではあるがしっかりした家屋しかないようだが」
「……今から創る」
「ナイトは相変わらずだな」
すっかりお風呂を創っていたと思い込んでいた。そうだった、綺麗な滝があったからそこで水浴びしてたんだった。
そう思いだしながらドーファで創った露天風呂を家の隣に設置する。
家から伸ばした渡り廊下を過ぎれば脱衣所があり、露天風呂周辺に張り巡らした強化ガラスで雨も魔物も大丈夫な一品だ。
準備が整った所でさっそく俺達は浴場へと向かった。
──
───
────
「まさかシャンプーハットを用意することになろうとは」
常時復元仕様のシャンプーとボディソープ、そしてシャワー等の使い方を教えていた時、あまりの泡立ちに感動したソフィアとシェルが調子にのって泡だらけにし、ソレが目にはいって絶叫したのだ。
急いでアコに吸わせ事なきを得たのだが今度は怯えて髪を洗わなくなってしまった。
それは不味いので二人にピッタリのシャンプーハットを用意した次第だ。今仲良く並んでハットをかぶりながらゴシゴシ髪を泡立てて喜んでいる。
俺はというとお犬様用蚤取りボディソープ(弱アルカリ性)でフェルの体を洗っていた。
「クゥオン! クォン! 」
どうやら相当お気に召したようだ。体を泡立てられ気持ちよさそうにしている。
大人しくしているフェルに比べてお転婆コンビは……おい、いつまで泡立ててるんだよ!
「ソフィア、シェル。いい加減シャワーを使って洗い流しなさい」
「わ、わかった」
『あい! 』
お、やっぱりソフィアはおねーちゃんポジションだな。先にシェルを洗い流してる。末っ子だから妹みたいなシェルがいるって相当うれしいのかな?
二人共さっぱり洗い流してハットを取ってる。っておい! なぜ体を洗わず湯舟に向かおうとしてるんだ。
「二人共ちょっとまて。次は体も洗うんだぞ? 」
「あ、そうだったな! 」
『あい! 』
今度は体を二人で洗いっ子しはじめる。
「ナイト。このぼでぃそーぷ? というものは素晴らしいな! 先程のしゃんぷーとやらも汚れを落としてスッキリだ」
「これから好きな時にいくらでも使えるぞ」
「本当に夢の様な生活だな……」
今までの生活で味わった事のない体験がソフィアに幸福感を与えてる様だ。
先に洗い終わったソフィアとシェル、そしてフェルを湯に浸からせる。
「あぁ……なんと心地の良い湯あみなのだ」
『あいー……』
「ヴォーン……」
湯に浸かりうれしそうにしている家族を俺は体を洗いながら見つめる。
その光景にささやかな幸福を感じるのであった。




