悪意ある演説
ソフィアの報告が済み、乾杯の音頭から1時間程過ぎた。
その間諸侯は祝杯を上げつつ、国王ウィリスやソフィアに挨拶をしていた。
「ふぉふぉふぉ、ウィリス国王よ。ソフィア殿下のご婚約お祝い申し上げる」
「これはこれはホールデン辺境伯。わざわざのお運び感謝しますぞ」
一際目立つ巨躯の貴族。港町ソローに拠点を置くバルバロス・ホールデン辺境伯だ。
孫娘のように溺愛しているソフィアの婚約披露となれば、何よりも優先して早々に王都へきた。
元よりホールデン辺境伯とヴィクトール王室は良好な間柄。
親友であった先代国王とその家族はいわば自分の家族と同義だった。
「ようこそいらっしゃいましたホールデン小父様! 」
「おぉソフィ、元気であったか! それとな……」
そういうとホールデンはソフィアの耳に口を近づけて小声で話しかける。
(うまいことやりおったな! さすが親友の孫娘じゃ! )
その言葉にソフィアは顔を真っ赤にしながら、それでもうれしそうに返答した。
「もう小父様ったら! でもうまくいきました! 」
「うむうむ」
そんなほのぼのとしたやり取りの最中、水を差すようにとある貴族の集団が割って入ってきた。
集団の代表らしき貴族が口を開く。そう、ベルーラ侯爵一行だ。
「これはこれはお久しぶりですホールデン辺境伯。それと国王ウィリス様、ソフィア殿下。この度はおめでとうございます」
臣下の礼からみてもこの挨拶は非礼であった。本来は国王ウィリスやソフィアに挨拶を済ませた後、辺境伯へ挨拶するのが筋だ。
だがこの男はそんなもの関係ないとばかりに話を進める。
そんな非礼を国王ウィリスが咎める前に、ホールデン辺境伯が凄みながら喋りだす。
「おいウィリアムの小僧、酒の飲みすぎで頭でもいかれたか? 王室を軽んじるその態度は度が過ぎておる。返答次第で今すぐ滅ぼすがどうじゃ? 」
年齢を感じさせない巨躯から発せられる怒気を当てられ若干後ずさる非礼の集団。
だがすぐさま姿勢を正すと、さももったいつけたかのように国王ウィリスへ頭を下げ謝罪を述べた。
「大変失礼致しました。少々酒が過ぎたようで」
そんな様子のベルーラへ追撃をかけるようにホールデンは怒声をぶつけた。
「酒のせいとは片腹痛いわ。お主、儂を舐めておるのか? 」
「舐めてなどございません。まぁこんな状況ではあまり長居しないほうがよろしいですね。では用件を手短に」
そう言うと国王ウィリスに対し、ありえない宣言をしはじめる。
「国王様、話というのは我がウィリアム領にて収穫される穀物の物流を停止させていただく旨、了承していただく事です」
突然の宣言に周囲は固まる。それはそうだ、王国内に流通している穀物の半数をウィリアム領から出回っているのだから。
無論そのような暴挙にはいそうですかと言える国王でもなく、ベルーラ卿に対して問い詰める。
「なにを馬鹿な事を申すかベルーラ卿。王国に対し反旗をひるがえしたとでも言うのか」
激昂するウィリスに対し、薄ら笑いを浮かべながら返事をするベルーラ卿。
「いえいえ滅相も無い。ただ、今現在穀物の生産が安定しておりません故のお願いでございます」
「安定してないだと? それはつまり其方の失策ではないか? 」
明らかに喧嘩を売ってるようにしか見えないベルーラに対してホールデンが失策と攻め立てる。
「失策と申されましても仕方ありませんが、色々と理由がございまして」
国王ウィリスは煮え切らない様子で問い詰める。
「申してみよ」
その言葉を待ってたかの如く、ベルーラはその場にいるホールデンや王室の面々に対し大広間にいる諸侯にも聞こえるくらいの大声で演説をはじめた。
「100年にも及ぶ騒乱に終止符を打たれた事は誠にめでたい。だが、その100年の間我ら臣下がどれだけ苦心していたのか国王様は存じておらぬ様子。毎回の出兵で国力がどれだけ弱体化した事か。それでも王国の為を想い、出兵に際して兵糧を供出しつづけてきた。100年間もだ。ようやく戦乱が終息したこの時期に、領地の立て直しを計るは道理であろう。その為のウィリアム領の穀物流通停止だ。苦心の果に願い出た臣下に対し、反旗をひるがえしたと叱責をするのはいかがであろうか? 」
正論であった。100年の長きに渡り戦線を維持し続けていればどんな国家でも疲弊する。相手がラドルア帝国の様な巨大国家なら尚更だ。
戦乱がおさまった今だからこそ本格的に領土を立て直すのは道理。
なればこそ、ベルーラの演説に対し反対する意見が周囲の諸侯からでなかったのだ。
これにはホールデン辺境伯も言葉がでなかった。無論ソフィアもである。
苦虫を噛み締めた心境で国王ウィリスは言葉を述べた。
「ベルーラ侯爵よ、確かに卿の言う通りだ。反旗をひるがえしたなどと口にして申し訳なかった、許せ」
それに対し、まさに勝誇ったかのような態度をみせつつ思っても無い事をベルーラ卿は述べる。
「いえいえ、国王様。卿は一臣下の身、軽々と謝罪を言われませんようお願い申し上げます」
そして踵を返すと、去り際に一言放った。
「それでは私は領地にて立て直しをしなければなりませんので。これで失礼します」
ベルーラを先頭に一団は広間を去って行った、後味の悪さを残して。
◇
その後はなし崩し的に社交界はお開きになった。
それもそのはず、あのような後味の悪い空間で社交界は継続などできないからだ。
社交界の後、ホールデン辺境伯を含めた王室の面々で緊急の会議が開かれていた。
議題は無論消失する半数の穀物の流通についてである。
「ホールデン卿、大変な事になりましたな」
力無く呟く国王ウィリス。本来ならば泣き言などいえる立場ではないが、後見人であるホールデン辺境伯が居る故つい弱音が出てしまう。
「まさかあのような大胆な手段にでてくるとはのう」
ホールデン辺境伯も想像の埒外なベルーラの宣言で衝撃を受けていた。
一層重くなる室内の空気。だが動かねばならない、ここで手をこまねいていたらベルーラ卿に主導権を握られてしまうからだ。
「お父様、小父様申し訳ありません……。私がウィリアム家との婚約を破棄したからこの様な事態に……」
ソフィアが顔を下げながら謝罪する。
そんなソフィアにウィリスは力強く手を握ると、真剣な目を向けながら喋った。
「ソフィア、その様な事を二度と口にするな。お前はお前の幸せだけを考えて未来に進むのだ。よいか? 父との約束だ」
「お父様……」
いつも強気なソフィアであったが事が国家の存続に関わる重大事にて、落ち込まざるを得なかったのだ。
まして自分の行動が直結していよう事に。
励ますようにホールデン辺境伯もソフィアに語り掛けた。
「ソフィよ、お主の父君が言葉にした通りじゃ。二度と悲しい事をいわんでくれ。なぁに穀物の件は儂も早急に対応するじゃて、心配はいらんぞ。それよりもだ、婿殿と仲良く過ごすのだぞ。儂はひ孫の顔がはよう見たくての」
それに続き王太子フレイも続く。
「そうだぞソフィア。お前は腕っぷしは強いが内政の事になるとてんでダメ。不得意な分野で悩むより、婿殿の事だけ考えてろ」
「小父様、お兄様……。ありがとうございます……」
落ち込むソフィアをどうにか元気付けた一行だが、その胸中はこれから来るであろう困難にどう立ち向かっていくかそれぞれ思案で一杯だった。




