宴 その参 はめをはずす時は計画的に
数千人もの住民が港前の広場に集まった。
さすがにこの規模の配膳を考えると億劫なので、横着をしてみた。
一日限定で発動する自動的に満杯になるビールジョッキと、食べても減ったそばから元に戻る料理の皿を用意した。
メニューはハンバーグ・からあげ・サラダ・ふわふわのロールパン・ミートパスタ・デザートのプリン。いわゆるお子様ランチセットみたいなものだ。
子供やお酒の飲めない人を一か所に集めてから果実のジュースが出るジョッキを用意した。
これを全員の手元へ一気に現出させると、どよめきが起こった。
それを見て、辺境伯が音頭を取る。
「夜分の招集に答えてくれて感謝する。今宵集まってもらったのは他でもない、我が親友の孫娘ソフィアと共にエルフらの奪還に尽力してくれたこちらのナイト殿を労う歓迎の宴を催す為じゃ」
「本来儂らが酒を用意し、料理でもてなすのが筋なのじゃが、ナイト殿が神々の食事を用意できる事を知り、好奇心が抑えられぬ儂の我儘を伝えたところ、快く受けてくれたのじゃ」
「今宵の宴は今回限りであり、他言無用である。その味を忘れられぬ者がいるのであれば、味を盗み模倣しても良いとナイト殿は言って下さった」
「今宵の奇跡を皆で分かち合い、共に楽しもうぞ! 」
──おぉ!
「大恩あるナイト殿の出会いに感謝し、ソローの繁栄を願って」
「乾杯」
──乾杯!
こうして街を上げての大宴会がはじまった。
◇
数時間後、すっかり深夜帯なのだが宴はまだまだ続いている。
酔いつぶれた者は地べたに寝転んだり、自宅へと帰っていったのだが、大半はまだ広場で楽しんでいる。
「ナイト殿、本当に感謝するぞぃ。このエールや食べ物はまさしく神々の食事じゃて」
「よろこんでーいただけたらーじゅうぶんっすよー」
「ナイト殿、酔いがまわっておるのか? 大丈夫かの? 」
「らいじょーぶっすよー、なにいってんすかーこれからっすよー」
はい。わたくし良所内人、酔っ払ってます。
自分で用意したビールだけで済ませればこんな事にはならなかった。
俺は決して下戸ではない。接待で鍛えられた元日本のサラリーマンである。
しかし、クレイグさんの提案に乗っかったのがまずかった。
──時は戻り、広場での宴会開始1時間後
「っ、かぁーーーーーーー。やっぱりナイトのにーちゃんが用意してくれるキンキンに冷えたエールは最高だなぁ! 」
グリードさんが本当に美味しそうにビールを飲んでいる。
「これです、これこそが至高の酒。素晴らしい」
クレイグさんも相変わらず熱弁をふるいながらグビグビ飲んでるし。
「フォフォフォ、本当に神々の料理じゃて! この冷えたエール、っくぅ~たまらんの! 」
ホールデン辺境伯もご満悦だ。
この時俺はビールをちびちびやりながら、料理をつまんでいた。
そんな時、不意にクレイグさんが提案してきたんだ。
「ナイト殿、少し相談があるのだが」
「はいはい? どうかされました? 」
「ここに来る前に飲んでいたあの特級の酒。あれを冷やして飲んだら最高だと思いまして」
「ふむふむ」
「もし可能ならお願いできませんか? 」
この提案がすべての元凶だった。
たしかにクラッシュアイスを用意してグラス一杯にしてからあの特級酒を注ぐ。うん、悪くない。
程よく溶けた氷が酒精の強い特級酒を中和してくれるし、なにより冷えててうまいはずだ。
「ん? なんじゃ特級酒の話をしとるのか? それなら何本かもってきとるぞい? 」
タイミングよく辺境伯の言葉が俺の背中を押す。うん、確定だ。
とりあえずここにいる4人分のグラスを新たに出し、クラッシュアイスで満たしてから特級酒を注いだ。
「では頂きましょう」
──グビッグビッグビッ
飲んでから数秒の沈黙が続く。だが皆の感想は間違いなく一致したとおもった。
「「「「うまい」」」」
うますぎたのだ。たかだが砕いた氷を加えただけなのに、まるで別物。
そこからはもう止まる気配はなかった。
──そして今に至る
「ダーッハッハ、ナイトのにーちゃんも酒つええほうだとおもうけどよぉ、ベロンベロンじゃねーか! がっはっは! 」
「うるさいですよーぐりーどさんはー、おれっちはーどーせ酒よわいですよー」
「ガッハッハッハ! みろみろクレイグ、ナイトのにーちゃんおもしれーぞ! 」
「私は今宵の奇跡を忘れない。そう、神々が与えし至高の晩餐。しかも、しかもですよ、あの特級酒と神の氷の出会い。まさに奇跡、ナイト殿が酔うのもうなずける。かくいう私もすでに出来上がってるのですよ。グビグビグビ──あぁ、この時が永遠につづけばよいのだが……イカンイカン、この世の理に反してしまう想像するのは度し難いですね、ならば私は全身全霊をもって──」
「ブハッ、クレイグお前も出来上がってんのかよ! 今夜は珍しい物が立て続けにみれて最高だぜ! 」
「のうグリード、貴様らは本当に得難い出会いをしたのだな」
「あぁ、最高の気分だぜキャプテン・バルバロス」
「儂もじゃ」
「「ダーハッハッハッハッハ! 」」
盛り上がる宴、だがそれに水を差すモノが街に近づいていたのだ。
それは気配を消し、港がある湾内まで迫っていた。
──グギャアアアアアア
咆哮とともに姿を現す異物
首は大木の様に太く長く、そしてそれを支える巨大な体。
一言でいえば首長竜だ。
月の光に照らされたソレをみて誰かが叫んだ
「海竜だ! 海竜がでたぞぉおおおおお! 」
その叫びとともにパニックになる住民達。それを制止するように辺境伯は指示を飛ばす。
「落ち着け! 動けるものは動けない者を介抱しつつ街中まで退避、けっして慌てず行動せよ! 」
とは言うものの、さすがに眼前まで迫られては自身も危うい。
とにかくこの場を離れるのが第一と考えた辺境伯は、ナイト達に離れる様言い渡した。
クレイグ・グリードは戦闘態勢を取り、その場を動こうとはしなかった。
そして良所は──
「ナイト殿、とにかく今はここを離れるのじゃ──」
「いやじゃ」
「な、なにいっとるんだこのよっぱらいめ! 」
「いやじゃとゆーてるのじゃ~」
「目を覚まさんか!ほれ見ろ、そこまで海竜がせまっておるぞ! 」
「かいりゅー? なにそれおいしいのー? 」
「なにをたわけたことを! 敵じゃ、敵がせまっておるのじゃ! 」
「あぁ?敵……だ、と? 」
「そうじゃ、敵じゃ! 」
よっぱらった俺は、どうにか港に迫る巨大ななにかを認識することができた。
「じーさんよー、あの、ヒック。あのでかぶつが敵なのかぁ? 」
「そうじゃといっとろーが! 」
「わかったじーさん、ちょっとまってろ」
敵と言うならば容赦はしない。
俺はコヤに命じていた
俺の膂力に耐えられる大槌をだせと。
コヤは黒々とした巨大な大槌を出し、俺はそれを握りしめながらフラフラと立ち上がった。
そして海竜へ向かって全力で駆け、跳躍する。
海竜の頭上まで飛び上がり、大きく大槌を脳天目掛けて振りかぶった
「酒の席を、邪魔すんなぁあああああ」
──ドッゴーン
海竜の頭は砕け散り、残された長い首が力なく広場に横たわった。
「な」
辺境伯は絶句していた。
砲台十数門を用意し一斉射した後、千人単位の軍団を逐次投入してやっとの事倒せるであろう海竜。
その海竜を酔っ払いが、それもたった一人で倒してしまう光景を見たからだ。
「おー、じーさん、でっかい敵はやっつけたったぞー」
そう告げられた辺境伯は言葉がでない。クレイグ、グリードは只々笑っていた。
──ウワァアアアアアアアア!
勝利宣言した俺の言葉を聞き、撤退しかけていた住民が歓声を上げ、広場に集まってきた。
それに気を良くした俺は言ってやったんだ。
「でっかいやつとったどー! 」
──おぉー!
しばらく歓声は鳴りやまなかった。




