宴 その弐 巡り合わせ
辺境伯専用の妖しげな部屋で宴会が始まろうとしていた。
全員に酒が満たされたコップが行き渡ると、辺境伯は持ちながら起立する。
「我が親友の孫娘ソフィの無事帰還と、将来の婿候補であるナイト殿との出会いを祝して──」
おいおい、すっかり婿候補として扱われてるじゃないか。ここで違いますって言うのも野暮だしどうしたものか
そう考えてる俺を他所に辺境伯は音頭を続ける。
「そして今は亡き親友ウィリアムズ・ヴィクトールの悲願成就を心から祝し──乾杯」
──乾杯
天に顔を上げ、残された右目を瞑り、老齢の辺境伯は静かに杯を傾けた。
それに続いて皆が酒をあおり、喋り、宴会の時間が始まっていった。
婿騒動で頭が一杯だった俺は、少し恥ずかしい気持ちになった。
100年前の悲劇
大切な人を取り返す為に
昼夜とわず尽力し
それでも成しえず、後継に託す他無く
無念の内に旅立っていった先代国王
その心中はいかばかりであったか
それを知るものはここにいる辺境伯と、直に伝えられていたソフィアさんしか居ない
なればこそ、辺境伯は悲願成就の祝杯を上げたかったのだ。
悲願成就を報告するのであれば、孫娘であるソフィアさんが健勝であり
好いた男が出来たのだと、安心して見守ってくれと伝えたかったのだろう。
俺はすっかり浮ついた心を消して、静かに酒を飲み続けた。
異世界に来て様々な人たちと出会い考えさせられる。
日本にいた頃には無かった感情だ。
生きるのに精一杯で、皆に自分の存在を認められたくて
只々走り続けて、そして心が壊れた過去の自分
今の自分と決定的に違う所が解った。
心の余裕、それが有るか、無いかだ。
失敗と拒絶を恐れていた気持ちが
何を望んでどう生きるかと、自分と向き合い前を向く気持ちになっている事が解ったんだ。
重度の対人恐怖症だった俺は、この異世界に来てから徐々に変わってきている。
当初人との接触を拒み、殻に閉じこもってゴブリンを突いていた頃とは大分違う。
女神様との対話すらできなかったもんな。今思えばそれでよく生き残れてるものだと感心する。
そんな昔の思い出を肴に酒をゆっくりとあおっていく。
これまでの出会いに感謝しこれから先を楽しみにしながら。
◇
「なんじゃ、婿殿。酒が進んでおらぬようだが、口にあわなんだか? 」
宴会開始から2時間は過ぎようとしていた時、不意にホールデン辺境伯が話しかけてきた。
「あ、いえ。そんな事はありませんよ。どれも上等なお酒です」
俺の言葉に偽りはなかった。異世界に来て初めて飲む異世界の酒。
当初は期待していなかった。俺が出したビールをガブガブ飲んで称賛していた人々をみての想像である。
だが、ここで振舞われる酒はどれもおいしかった。
感覚的には果実のリキュールに近い味わいだ。ほのかに甘く、それでいて酒精が強い。
常温で飲むからこそ酒の香りが強調される。心地よい果物の香りが広がるのだ。
「フォフォフォそうじゃろうそうじゃろう、ここにある酒はどれもこれも特級品ばかりじゃて。王都でも容易く飲むことができんぞい」
なるほど、入店時に支払った金貨の山。そして辺境伯の話、合点がいった。
それにしても
この人たち、否、この異世界の人間はよく飲み、そして喰う。
漫画ででてくる様な骨付きの肉や、巨大な固いパンをムシャムシャと食い散らかす。
どこに入るんだそれ。胃袋じゃおさまりきらんだろうに。
そんな中、クレイグさんの行動と言動が面白い事に気付いた。
この人も、モシャモシャ食べゴクゴク飲んでいるのだが、他の二人とは違いブツブツとなにやら呟いているのだ。
「特級品の酒は良い、良いのだが、ゴクゴクゴク……ぬるいのが許せない。まぁ致し方ないのだが、ゴクゴクゴク。それにしても、モシャモシャ。この肉のなんて固い事、モシャモシャ。それと、この固くて巨大なパン、モシャモシャモシャ。悲しみしか湧いてこない……い、いや、致し方ないのだ。そもそもナイト殿が用意してくださった食べ物や飲み物は神々の品……あれと比べ愚痴をこぼすなど滑稽でしかあるまい……いや、為ればこそブツブツブツ──」
そんな様子のクレイグさんにホールデン辺境伯もさすがに気づき、話しかける。
「なんじゃクレイグ、いや、聖剣よ。儂のもてなす料理と酒が気に食わんのか? 」
「めっそうもない」
「ならばなぜブツブツと愚痴を巻きながら飲み食いしとるのだ」
「それは……」
クレイグさんがなぜか俺をチラ見してくる。そんな視線をかわしてチビチビと酒を飲む俺。
そんな時、いつも通りのグリードさんが愉快気に笑いながら喋りだす。
「わっはっは、そりゃしょうがないぜキャプテン・バルバロス。なんせクレイグも俺も神々の食事ってのを堪能しちまったからよぉ! 」
「なんじゃと、神々の食事じゃと? わしゃ生まれてからそんな神話や風聞もききやしなかったぞい」
「そりゃ運が良かったとしか言えない巡り合わせだったからよぉ」
「うむむ、海を制し、幾多の冒険に身を費やした儂にすら巡りなんだ事か……くやしいが諦めるしかないのかのぅ」
「そうでもねぇぜ、キャプテン・バルバロス」
「なんじゃと! 」
「実はな、キャプテンはもう巡り合ってるんだよ! 」
そういうと、グリードさんは俺の肩をがっしり掴み辺境伯へ笑顔を見せる。
「まさか、ナイト殿が神々の食事を出したとでもいうのか!? 」
「その通り」
短い返事と笑顔を辺境伯に送るグリードさん。おいおい、まさかと思うが今ここで俺に振るまえとでもいうのか?
「あー、そうなんですが、今回は出せませんよ。なんて言っても主催者はホールデン辺境伯ですし、横槍を入れる趣味は俺にはないですから」
当然の様に拒絶する俺の言葉を聞いて、あからさまに落胆するクレイグ・グリード両名。おい、お前ら。それすごく失礼だぞ。辺境伯の立場になってみろって!
そんな俺の気持ちを無視して、なんと辺境伯自身が身を乗り出し懇願してきた。
「さすがはソフィを恋に落とす程の男よ。筋の通った言動、他への配慮、申し分ない。むしろ婿殿の横槍を儂は望む。いや、この通りだ! 儂は根っからの冒険者での、未知なる経験と言うのは譲ることの出来ない事なのじゃ」
何と言う己の欲望に忠実な爺さんだ。ここまでくると清々しいな。
致し方ない、条件付きで振舞うか。
「主催者である辺境伯がそこまでおっしゃるのなら仕方ありません」
「「「おぉ! 」」」
おい、辺境伯が喜ぶのはまだわかる。なぜクレイグさんとグリードさんまでが嬉々としているのか。
「但、条件があります。今から言う事を守っていただけますか? 」
「とりあえず言うてくれ! 」
条件は3つ
他言しない事
今後を期待しない事
出てくる飲み物や食べ物の模倣はしても良いが、自己責任である事
「破れば二度と俺は姿を見せなくなるでしょう、それでもよろしいですか? 」
「うむ、問題ない。じゃがナイト殿、ひとつ頼み事を聞いてもらっても良いかの? 」
「なんですか? 」
「儂らだけ楽しむには心苦しくての、せめてこの街の連中にも喜びを分けてやりたいのじゃ」
くそっ、なんて優しい爺さんなんだ。自分の我儘だと前面に出しておいて、その実、家族の様な街の皆を喜ばせたいと来たか。
よろしい、その心意気受け取った。
「その提案受けましょう。街の皆さんが集まれるような場所はありますか? 」
「うむうむ、感謝するぞナイト殿。港の広場なら十分に広い。そこに皆を集める準備をするぞい」
そう言うとホールデン辺境伯は店主のデリーを呼び、命令する
「デリー、招集の鐘をならせ!、場所は港前の広場じゃ! 」
「了解キャプテン・バルバロス! 」
──カーンカーンカーンカーン
港町ソローに招集の鐘の音が響き渡り、人々は次々と家や店から飛び出して港前の広場へ向かって行く。
街を上げての壮大な宴になるとは思ってもみなかった俺は、苦笑しつつも皆と一緒に広場へ向かって行った。




