宴 その壱
「ふむ、俄かに信じられぬが……ソフィをはじめグリード、クレイグが申すのなら偽りは無いのであろう」
「は、はぁ」
ここは港町ソローにあるバルバロス・ホールデン辺境伯邸の客間
鋭い眼光を刺すように、俺を睨みつけているのはホールデン辺境伯本人
どうも、きどないとです。
何がどうしてこうなったかわからない。今俺はなぜか尋問されている。
凡説明は出来たので、後は辺境伯の出方次第なのだが
「其方が女神の御使い、それに関係している人物と言うのは分かった」
「はい……」
「だが、それだけではソフィの婿として認めるわけにはいかぬ! 」
「はい!? 」
どういう事だ……おいおいソフィアさん、なぜこんな話になってるんだ?
俺は婚約をした覚えもないし、付き合ってもいないぞ
「小父様、そんな……いきなり結婚とか……話が早すぎますわ……」
おいソフィアさん、なぜ満更でもない素振りで顔を赤らめながらモジモジしている。
「ちょっとまってください、俺はソフィアさんと婚約どころか付き合ってもいませんから」
ここは誤解を解くのが先決だ。嘘偽り無く、断言するのが良いはずだ。
俺の言葉を聞き、ホールデン辺境伯は顔が緩む
「フォフォフォ、あーすまぬ、儂の早とちりだったようじゃな。ナイト殿、それならそうとはよ言ってくれぬか」
いやいや、話そっちのけで勘違いしてたの辺境伯でしょ!
辺境伯とのやり取りを聞いていたソフィアさんが顔色を青くして絶句した。
「なっ……」
なっ、っておいこらソフィア。なにショック受けたような顔になってんだよ! 色々おかしいでしょ?
辺境伯はソフィアさんの様子を見てなにやら察したのか、緩んだ顔を引き締め怒気を強めて口を開いた。
「貴様……我が親友の……孫娘の好意を無碍にすると言うのか……」
「いや、無碍にするとかじゃなくてですね」
この爺、いきなりソフィアさんの肩持ちやがった。孫を溺愛する典型的な馬鹿爺だぞこれ。
グリードさんはゲラゲラ笑いっぱなしだし、クレイグさんは下向いて肩を震わせ笑いを堪えてるし。
ミルレードさんをはじめ、エルフの皆さんは終始「まぁ! まぁまぁ! 」とか言いながら興味深々のご様子。
不味い、飲まれるな俺。ここを乗り切れば何とでもなる。
どう脱出するか思案していた時、辺境伯は大きな声で人を呼んだ。
「おいレティ、レティーシアはおるか! 」
するとスグに扉が開かれ、一人の年増なメイドらしき人物が現れる。
「ご主人様お呼びでしょうか? 」
「うむ、これからソフィの将来の婿候補殿と一緒に街の酒場へ繰り出す。儂が留守の間、ミルレード様とソフィ、エルフの皆様の食事等、世話を頼みたい」
「かしこまりました」
「うむ頼んだぞ」
なにこれなにこれ、将来の婿候補!?洒落にならんですよ、それ。
その言葉を聞いたソフィアさん、すっかり機嫌が良くなってるし
ニコニコしながら俺に喋りかけてきた。
「そうだ、ナイト殿」
「ナンデスカ」
「ホールデン小父様と出かけている間、御使い殿を預からせてはくれないか? 」
コイツ、確信犯だ。シェルを預かる事によって、万が一逃亡する事を未然に防ぐつもりだ。そうはさせん!
「うーん、シェルと俺はいわば家族だからな。一緒にいる事が当たり前なんだ。そんなシェルは俺から離れないと思うけど」
『しぇるいいよ? おるすばんでしょ? おねーちゃんたちいるし! あい! 』
「は? 」
「御使い殿! ありがたい! 」
こいつら、いつの間にか連帯してやがったのか……シェルよ、俺はそんな娘に育てた覚えはありませんよ!
「話は済んだようじゃな。よし、グリード、クレイグ。儂と婿殿に付き合え! 酒場に繰り出すぞ! 」
「おおよ! 」
「わかりました」
グリードさん、クレイグさん。返事早すぎ。まじか……逃げられないな、これ。
半ば強制的に俺達は辺境伯に連れられて、街の酒場へと向かって行った。
◇
すっかり日が落ち、街の灯かりが揺らめく
怪しげな雰囲気を漂わす港町ソロー
街中で出会う人達はもれなく辺境伯へ挨拶をする。
「お頭ぁ今宵もいつもの店ですかい? 」
「おぉよ」
「領主様こんばんわ」
「エカテリーナ、ますます美人になったな! わっはっは」
「まぁお上手ね! 」
「あ! キャプテンだ! みんなキャプテンにけいれい! 」
「おぉ、小僧共。しっかり喰ってるか! 」
「あいあいあー! 」
「大変よろしい! 」
老若男女問わず、出会う人達からもれなく挨拶が飛んで来る。
辺境伯はよほど人望が厚い方なのだと感心した。
そう、誰一人畏怖や畏敬の念が無い、単純に好かれているのだ。
「すごい人気ですね辺境伯」
おもわず口にしてしまった。それほどの事象だったからだ。
「がっはっは、船乗りは皆家族同様だからな。海にでりゃ逃げ場は無い。一心同体にならなきゃ船乗りは出来ねえ」
なるほど、船乗りだからなのか。
しばらく街を歩くと、一際目立つ大きい酒場が目に飛び込んできた。その酒場を指さすと、ご機嫌な辺境伯は声を荒げる。
「おぉあそこだ、今宵は腰が抜けるほど飲むぞ。準備はいいか野郎ども! 」
──おぉ!
俺達3人は元気よく声を上げ酒場へ向かった。
「らっしゃーい! って、お頭じゃねーですか! 」
「おおよデリー。席は空いてるだろうなぁ? 」
「当然ですよお頭、あの席はお頭以外誰も座れませんから! 」
──テメーら、お頭のご来店だ!
デリーって店員さんが威勢よく叫ぶと、またもや歓声が沸き起こる。辺境伯本当にこの街の英雄だな。
「デリー、これで店ン中にいる連中にも振舞ってやってくれ。それから俺のテーブルには飛び切り上等な酒と飯をたらふく運んで来い! 」
──ドサリ
辺境伯は腰に巻き付けていたでかい袋を、一階カウンターに置いた。
袋の上部が開き、眩い黄金色が輝く。
「頭ぁ、いくら何でもこれは多すぎですよ! 」
デリーは尋常じゃない金額に思わず返そうとするが、間髪入れず辺境伯が凄む。
「今夜は良いんだよ。それぐらい大事な客人ってだけだ。デリー、わかったか? 」
「……わかりました辺境伯。上物の酒と飯を提供させていただきます!さぁこちらへ」
短いやり取りで察したのか、デリーは大量の金貨を受け取ると2階へ案内しはじめた。
──
───
────
二階の一番奥にあるなにやら特別仕様な部屋に通されると、驚く光景に出くわした。
若く飛び切り美人な方々が一様に挨拶をしてきたんだ。しかもそれぞれ妖艶なドレスを着こんでいる。
「いらっしゃいませ辺境伯様」
部屋の作りも一階とは別物になっていた。半月状の綿が詰まっているソファらしき席、楕円形のテーブル
高そうな酒瓶が所せましと並んである棚、ぼんやりと輝く蛍石でできた床、ランプの灯かりが怪しさを増すこの光景。
こ、これは。どこかで見覚えがある、あ、そうだ。
キャバクラだ
日本にいた頃に接待で何度か足を運んだ魅惑の世界
まさか異世界に来ておめにかかるとは……
「なにをつったておる婿殿、さぁ席に座らんか」
うながされるままに、席へ着く俺達。
女神様よ、感謝します。
今宵この席に、嫉妬深いお転婆娘と勘違いしているお姫様が居ない事を
今、宴がはじまる




