人間の足掻き
「女王さまぁ、外から不吉な気配を感じますぅ」
「女王様、これはもしや邪な神が。結界をより強固に張り直します! 」
エルフ達が居る地下の隠し部屋に不安を訴える声が響く。
「そうですね……この気配は間違いなく邪神が現世に降りてきたのでしょう。捕らわれの身に落ちてから百年、いよいよですね……」
自身の命数が尽きる予感を感じながら、エルフの女王ミルレードは虚ろ気に答える。
邪神の生贄として重要視されてきたエルフ達。
そのため捕らわれた者は、誰一人欠けることなく生きながらえている。
「女王さまぁ、へるだー元帥がお守りすると誓約してくれたではないですかぁ」
「プニルの言う通りです女王様、諦めるには早すぎます。最期の瞬間まで足掻きましょう」
女王ミルレードの側に仕える2名のエルフが泣き顔になりながらも訴える。
「プニル、それにパムル。貴方たちの言う通りですね、少し心が弱っていたのかもしれません」
ミルレードはそう言うと、二人をそっと抱きしめた。
──後悔があるとすれば
──ヴィクトール、貴方や貴方の子孫を巻き込んでしまった私をお許しください
◇
「ライラのねーちゃんよぉ! 部屋はまだかぁ!? 」
地下道にグリードの声が響き渡る。
「正面に見えます扉を過ぎますと広間にでます。その広間の一角に隠し部屋があります! 」
「わかったぜぇ、んなら扉ぶち破っても問題ねーよなぁ! 」
グリードはそう言うと、扉にむかって跳躍し得物である大槌を振りかぶった。
轟音が響き渡り、扉が破れ四散する。
薄暗かった地下通路とは異なり、意外なほど明るい広間が一同の眼前に広がる。
「随分と明るいじゃねーかライラのねーちゃんよ。それとよ、アイツらねーちゃんの知り合い、か? 」
「この広間が明るいのは蛍石で建造されているからです。それから……」
ライラはグリードとのやり取りをしながら、アイツらと指摘した方へ視線を向け、言葉を飲み込んだ。
その者達をみれば何者なのかはすぐに分かった。わかったのだが、あまりの状態に言葉が出ないのだ。
統一された漆黒の鎧、剣、槍。
間違いなく自分の主人たるヘルダー元帥直属の精鋭たちだ。
だが、すでに人ならざる者に落ちている。
それぞれの顔が土色になり、目が無く、只々異様な雰囲気を纏っている。
そして元精鋭部隊の全員の首に「鎖」が巻き付いているのだ。
一同は自然と異様な鎖の元へと視線を這わせ、蛍石の壁上方の存在に気付く。
執事の様な姿で空中に展開している魔法陣の上に、その者は立ちながらゆっくりと口を開く。
「これはこれは、皆さまようこそいらっしゃいました。」
──ジャラ、ジャラ
右手に束ねた鎖をそのままに一礼し、不気味な笑みを浮かべながら飄々と挨拶をする異物
「申し遅れました、わたくし偉大なる怨鎖の神『アーク』様に仕えし執事、トート、と申しま──」
鋭い一閃が挨拶の終わらぬトート目掛けて放たれる。
聖剣クレイグの一撃だ。
トートは鎖ごと胴体部を横一線に割かれ、宙に舞った。
「さすがだなクレイグ、見事な一閃だ」
見事な一撃にソフィアがそう口にするが、クレイグは珍しく声を大にして叫んだ。
「皆散れ! 」
直後無数の鎖が、鋭い切っ先を輝かせて飛んで来る。
グリードは咄嗟にソフィアを抱えて入口側へ飛び、ライラは壁まで身を引くと防御態勢に。
そんな中、飛んできた無数の鎖をクレイグは次々と叩き切っていく。
太刀筋は見えない。もはや人の領域を超え、剣戟しか聞こえない状態だ。
「挨拶の途中でなんの躊躇もなく命を取りに来るとは、余程躾が悪かったのでしょうねぇ」
胴体を横一線に割かれたはずのトートが、悪態をつきながらニヤリと笑う。
「しかし愚かですねぇ、無限に湧くこの鎖をいつまで叩き続けるのでしょうか? 」
無数に降り注ぐ鎖に対峙するクレイグを、見世物の様に楽しむ悪辣な執事。
一方的な展開に、ソフィア一行は今だ活路は見いだせていないのであった。
◇
──グルゥオオオオオオオオオオ
悲鳴にもにた竜の咆哮が、帝都上空に響く。
──さすがに限界が近いか黒竜
元より人竜一体は、負荷が掛かりすぎるのだ。
邪竜の群れを7・8体粉砕した所で限界が見えてきた。
圧倒的不利なこの状況を変えるにはどうするか。私は冷静に勤めながら思考を巡らした。
──我は民を救いたいのだ、ジークよ
──ジーク、ヘルダー様と共に帝国を守りましょう
不思議なものだ。この状況で昔の思い出が巡るとは。
──兄さまごめんなさい……シャルは……シャルは……
不意に脳裏によぎった少女の顔
全ての切っ掛けとなった悲しい死別
悪名高い男爵家の手によって命を奪われた唯一の肉親
我が妹、シャルロット
弱気になった兄を叱ってくれ
未だ仇を取れないでいる兄を笑ってくれ
こんな所で死ぬ訳にはいかない
この憎悪を力に変えて、全てを薙ぎ払おう──
──グァアアアアア
一匹の狂黒竜は、残る邪竜の群れへと再度突撃していった。
◇
「元帥、外が騒がしくなってきたのう」
「はっ、現在ジークフリード・ライラ両名に帝都及び関係者の防衛に当たらせております」
「足掻き、といった所か」
辛辣な言葉を無表情に告げる一人の老人
ラドルア帝国現皇帝、ディオールド・ラドルアだ。
「ヴィクトールとの戦場を後にして、気でも触れたかと思ったが。よもや邪神降臨とは」
「……」
ヘルダーは皇帝の言葉に無言で返答するしかなかった。
女神の御使い事シェルの存在や、良所内人の存在を晒す訳にはいかなかったからである。
「まぁよい、いずれにしてもこちらはたかが人。神に贖う術は在ろうはずもない」
「陛下……」
「憂いがあるとすれば、予の代で帝国が滅びた事を先祖に詫びねばならぬ事じゃな」
「陛下、人間には人間の矜持があります故、今しばらく足搔かせてください」
「好きにするが良い。元帥、最期まで苦労を掛けすまないな」
「もったいないお言葉。この身を賭して陛下とご家族様をお守り致します」
宮殿までの道に複数の魔物が闊歩していたが、これをヘルダーは一人で殲滅していた。
宮殿内にて皇帝一族の安全を確保するや、その最期の盾となり外敵を屠っていたのだ。
魔物の血に染まり、疲労がたまっていると見えたのだろう、皇帝は労うつもりで言葉を述べていたのだった。
それでもヘルダーは絶望とは無縁であった。
皇帝が嘆く人ならざる邪神には同じく人ならざる女神の御使いが相対しているのだから。




