137話
翌日、訓練はお休みとなった。なので生徒達はそれぞれゆっくりと過ごしている。中にはひたすら寝る生徒もいたほどだ……ただし、拓郎だけは違った。魔法に関係するところ、しない所関係なくジェシカの血によって強化されてしまったため、それを使いこなして今まで通りに動く事が出来るように加減する訓練を行わなければならなかった。
なにせ、今までの感覚で物を持つと握りつぶしてしまったりする。このままでは普通の生活が行えなくなってしまう。なので拓郎は必死に感覚を取り戻すべく体の感覚を調整する。粘土を用意し、力の強弱を馴染ませなおした。無意識に今までと同じぐらいの力の入れ具合が出来なければならない。これだけで一日が潰れてしまう事となった。
「こんな弊害が付いてくるとは……」「でも一日でここまで感覚を取り戻すたっくんは普通にすごいと思うけどなー?」
拓郎の呟きに、付き合っていたクレアが本音をこぼす。クレアは拓郎にほどほどの負荷をかける魔法を用いて、拓郎の体が過剰な力を振るわずに済むように済むように調整するつもりだった。それを一日でジェシカの血を受ける前の感覚を大体取り戻した拓郎の努力と行動には素直に驚きを覚えていた。
「でも、これで大体は今まで通りの生活ができるな。ガラスのコップを持つときとかはまだ慎重にならなければいけないが」「あ、私を抱きしめる時のは加減なんていらないからね? 今のたっくんの力でも余裕で受け止められるだけの力はおねーさんにはあるんだから」
などと雑談も交わされる。クレアが両手を広げて抱きついていいんだよ? とアピールするが……拓郎はどこに人の目があるか分からないんだからやめてくれと手を合わせて勘弁してほしいとアピールする。当然クレアはふくれっ面だ。こういう時にスキンシップをしなくてどうするのと。
「はいはい、お二人さん。晩御飯を持ってきたから食べなさいな」
と、そこにフレーナが入って来た。彼女は拓郎とクレアの夕ご飯を風の魔法で運んでいた。内容はビーフシチューにパン、十分な量のサラダに果実水という組み合わせだった。
「しっかり野菜も食べなさいよ? 若いときに野菜なんかを食べないでいると30歳前後から体が狂うからね」「分かっていますよ、ちゃんとサラダも完食します」
フレーナの一言に拓郎が返す。フレーナがこんなことを口にしたのは、拓郎が自分が見てきた肉ばかり食べてきた子供がその後どうなったのか──彼らと同じ結末を迎えて欲しくないという心からだ。たまにライオンなどを例に挙げて肉だけ食っていても生きていけると言い出す人がいるが……肉を熱すると消えてしまう栄養素なども多くあるため、人間はライオンなどの真似は絶対にできない。
「それならいいわ、肉も野菜も魚もしっかりと食べる。体が健康でない人は魔法使いとしても三流にしかならないから」「そうね、体という土台がしっかりしてないとどうしようもないもの。その点たっくんは好き嫌いなく色々と食べるから安心してみていられるわ」
拓郎の食事を眺めながら、共に一緒に食べているフレーナとクレアが微笑みを浮かべる。しっかりと学び、その学びを活かして訓練し、ちゃんとした食事をして、そして十分な休息をとる。このサイクルこそが人を育てるのである。魔法も、その点は変わりがない。
「今日はクラスメイトや学校の生徒と一切かかわりを持たなかったが……皆はどんな感じだったんだろうか?」「基本的にのんびりね。中にはずっと寝てた人もいたみたいよ。今日はしっかりと疲労を抜くために休む日だという事でしっかりと休息を取っている様子だったわ」
拓郎の言葉にフレーナが返答。クラスメイト達の様子を知った事で拓郎も「そうか、まあ確かにこのタイミングで休んでおかないと後半戦もたないよな」と頷く。そうしてこの日の晩ご飯を食べ終えた。
「さて、私にも今日一日の成果を見せてもらえないかしら?」「了解、では……」
その後、フレーナの言葉に拓郎は応え──地水火風に光と闇、氷に雷の8属性の魔法の球を1cmの大きさにして出現させる。その後その8属性の魔法の球を様々な形で操って、しっかりと制御できている事をアピールした。
「なるほど、魔女の血はもうほぼ馴染んでいると言う訳ね……ジェシカの血を受ける前と比べても、制御がより精密になっている事が分かるわ。これならば後半はもっと厳しい指導をしても良さそうね」
フレーナは拓郎の魔法を見てそう評した。事実、魔法の制御は確実に上昇しており、魔人と比べてもやや劣るぐらいのレベルにまで到達している。むしろこうなった以上、今までの訓練では温いレベルになってしまう。ここが拓郎のゴールではない以上、難易度を上げるのは当然の話である。
「はい、よろしくお願いします」
フレーナの言葉に拓郎は魔法を消し、そして一礼。その後にクレアにも一礼した。こういった所の線引きは拓郎にとって必要な話だ。親しいから、という理由で物を教えてくれている人に対してなれなれしくするのは頂けないと彼は考える。親しき中にも礼儀あり、という言葉もあるのだからと。
「ま、難しく考える必要はないわ。たっくんがきちんと成長できるメニューはちゃんとこっちで用意するから、たっくんは今まで通り真面目に真剣に訓練に挑んでくれればいいわ。そうすれば今年の年末辺りに私の血を受けてもらうだけの準備が整うはずだから」
クレアは軽く口にするが、今後はより厳しくなった訓練メニューが拓郎を待っている。もっとも、拓郎にとっては望む処と言った感じではあるが。
「じゃ、今日は風呂に入って休むことにするよ」「うん、しっかり寝ておいてね。じゃあまた明日」
拓郎の言葉を聞いたクレアとフレーナは拓郎を送り出す。その後拓郎は風呂場でゆっくりと風呂に入るのだが──拓郎がクレア達の済んでいる家から出てきたところは何人もの生徒に見られていた。当然それに対しての質問が飛んでくるのだが──
「あ、悪いが期待しているようなものは何もないぞ? ひたすら魔法の制御(と体の調整)を見てもらっていただけだからな」
と言いながら、先ほどフレーナの前で見せた8属性の魔法玉を作って動かして見せた。8つの魔法玉がばらばらに動き回りながらも制御が外れないことに何人もの生徒が絶句している。
「マジかよ……」「半分でも俺は無理だぞ? 絶対魔法の球がどこかにふっ飛んでいく」「そもそもあそこまで小さくきれいに魔法で出来た球を作るって時点で凄いんだが」「──無理だ、この大きさにしかならねえ」「どうしても20センチぐらいの大きさになるよなぁ……これ以上小さくすると爆発しそうだ」
拓郎の魔法玉を見て、挑戦する男子生徒も数名いたのだが残念ながら20センチ前後のサイズにしかならなかった。制御を失った魔法の球はその後どうなるか分からない。静かに消える事もあれば爆発する事もある。意図的に炎の玉を爆発させるのが有名な『ファイアボール』の魔法である。
「まあ、こんな感じでひたすら訓練、訓練ってだけ。色っぽい話なんか欠片もなかったぞ?」「そりゃないだろ、こんなことをやってれば」「あれこれ説明されるより納得できたわ」「こういう場所でも道を踏み外さねえってだけで尊敬するわ」
この後はたわいのない雑談を少しした後に風呂から上がって就寝。明日からはさらなる訓練が待っている事に覚悟を決めながら、拓郎は静かに目を閉じた。




