131話
翌日から、拓郎は個人訓練へと移行した。家を完成させる班も現れ始め、拓郎のサポートは必要なくなったからである。とはいえ、まだまだクレアたち魔女チームは手が離せない。なので拓郎は去年の夏、最後に行った海上を走る訓練を再開した。そしてそこで、己のレベルアップの効果を噛みしめる事となる。
(去年は10歩ぐらいだったか? だが今は──地上を走る感覚にかなり近いイメージで走れる。このまま走り続けて、どこまで行けるかを確かめてみるのも悪くない)
そう考えた拓郎は、大体400メートルを一周とするトラックを走るイメージでひたすら海上を走り続ける。去年出来なかった事が今はできる……その事実が楽しかったという事もあって、拓郎はひたすら午前中海上を走り続けていた。当然その姿は他の生徒や教師陣にも目撃されていて──お昼休み中、当然その事について聞かれた。
「訓練の一環だ。色々な魔法の複合訓練になっているんだよ」「訓練の一言で片づけられる内容じゃねえと思うんだが」「普通人間は水上を走れるようにはできてないんだよなぁ」
拓郎の訓練の一環でしかない、という言葉にはいろいろと呆れられたり引かれたりもした。しかし、そこにクレアが口を挟む。
「あー、その海上を走るってのはみんなもやってもらうからね?」「「「「ええええ!?」」」」
自分達もやるの!? あの非常識な事を!? と生徒達は大混乱。が、その後にジェシカが「最後の1週間で挑戦してもらいます。上手くいかなくてもやるだけの価値がありますので」と補足が入る。それでも生徒達は自分達が出来るようになる姿をイメージできないようで、不安げな表情を浮かべる。
「大丈夫よ、ちゃんと段階を踏んで鍛えるから。最後の1週間になった時には、皆理解できていると思うわ。たっくんはひたすら前半は基礎を磨きなおして、後半は厳しめに行くからね? とにかく今日はさっきと同じように走り続けて頂戴」
クレアの言葉に、全員が「「「「はい!」」」」と元気よく答える。いきなりやれと言う訳ではなく、できるように鍛えるというのであれば信じようと生徒達の思考も変わる。事実、自分達のレベルをここまで引き上げてきた訓練を今まで行ってきたという実績がクレア達にはある。そのクレアが段階を踏んで教えるというのであれば、それは信じるに値するというのが生徒達の共通認識だ。
昼休憩を終えてから日がかなり落ちるまでの間、拓郎はひたすら海上を走り続けた。家が完成していない生徒達は必死に自分の家を作るべく奮闘し、完成させてクレア達から合格を貰った生徒達は完成していない生徒達へと手を貸した。こうしてあっという間に3日目の訓練が終わり、晩御飯となる。この日はバーベキューが用意された。
魔法を使って空腹となった生徒達ががっつかない訳がなく、ものすごい勢いでバーベキューの串に刺さった食材が消えてゆく。拓郎も食べるのはそこそこに、焼きに回らなければならなかった。
「まじでうまい、めっちゃうまい」「食べても食べても物足りねえ、魔法を使いまくった影響で、俺の腹が食い物を求めている!」「普段絶対こんなに食べないのに、今日はダメ。食欲が抑えられない」
なんて言葉が飛び交い、性別など関係なくひたすらに皆が食べ続ける。結局全員の食事が終わるまでに1時間半を必要とした……それほどまでに、今日の生徒達は全ての家の完成のために魔法を使っていたからエネルギーとなる食糧に飢えていたのだ。が、その甲斐あって、今日からはテントではなく家の中でゆっくりと寝る事が出来るのだが。
食休みを20分ほど取った後は、誰もが風呂へと向かった。腹が満たされたとたん、誰もが汗を流してさっぱりしたくなったのだ。体を洗って湯船に入り、ゆっくりと体を伸ばして大きく一息をつけば緊張もほぐれてくる。
「家も立ったし、明日から本格的な訓練が始まるんだなー」「というか、ログハウスが3日で建つとか……加工されていない木材からだぜ? この3日間だけで、俺達は絶対魔法の腕を大きく上げたよな」「ああ、今まで以上に魔法の制御が上手くいくようになったって感じるからな。制御がきちんとできないと木材の加工ができないんだから、嫌でもうまくならないといけなかったというだけなんだが」
興奮とある意味で諦観が入り混じった会話が生徒の間で交わされる。確実に魔法の使いからがこの3日で良くなったという事を実感する反面、うまくならなきゃ終わらないという事実もあったのだから無理もない話ではあるのだが。
「まあ、俺も去年やらされてその辺の事は経験したから分かるが」「拓郎でもすらそうだったのかよ……」「なお、俺の時は最初から最後まで一人で作らされたからなぁ。今年のみんなより完成までに時間がかかったぞ」「マジかよ」
と、更に拓郎の言葉を聞いて渋い顔をする生徒もちらほら。一方で拓郎よりも早く家を作る事が出来たという事を知って内心でガッツポーズしている生徒もいる。
「でも、去年の夏が終わった後に俺は大幅に魔法に関するあれこれが上達したからな……きつい内容が多くなると思うが、本気で頑張れば絶対見返りがある。そういう夏だから」
という拓郎の言葉に、テンションを上げる生徒達。明日からもっと頑張るぜ、とかこの夏で絶対俺は強くなると気合を入れなおす。実はこの拓郎の発言はエサである……クレア達からそれとなく、やる気を出すような言葉を言っておいて欲しいと頼まれていたのだ。最初の3日間、順調だったせいとばかりではない。
むしろ、苦戦した生徒の方が圧倒的に多い。だからこそ拓郎の言葉で気分を上げてもらって明日からの訓練につなぎたい。時間が限られている夏の時間を無駄にはできないでしょ? というクレアの言葉に同意した拓郎だからこそ、先ほどのような言葉を継げたのだ。事実も多分に入っているからこそ、説得力も増している。
「拓郎、去年のお前はどんな訓練をしたんだ?」「うーん、教える必要はないと思っている。今日、最後の1週間で海上歩行をやってもらうと宣言していたから……おそらく去年の俺と同じようなメニューになるだろうな。でも確かに今思い出せば、最後の海上歩行に向けて段階的に訓練内容を上げられていたな、とは思った」
と、拓郎の言葉を聞くたびに最初の3日間でうまくいかなかった生徒達の心も次第に希望を持てるようになっていく。さらにこの夏でステップアップするためにここまで来たはずだろう、夏が終わった時に大きくレベルアップしたいという一念でテストで上位を目指したんだろうという事も思い出してゆく。
「じゃあ拓郎、俺達でも海上歩行ができるようになる可能性はあるって事でいいのか? もちろん拓郎のように走れるとは思ってないが、1歩、2歩ぐらいならいけるようになるか?」「可能性はあるぞ、というか俺も最初は一歩踏み出すことだってできなかった。今日走れたのだって、去年の経験と訓練があってこそだからな。去年の訓練が無かったら、俺も海上歩行なんて無理だ」
この会話が決定的となり、明日から気分を一新して頑張ろうという気持ちに誰もがなっていた。なお女性の風呂の方では、この拓郎の役をジェシカが担当した。こうして浴場から出た生徒達は男女ともにやる気に満ちた表情を浮かべてそれぞれの家へと帰っていく。本格的な夏の訓練が、いよいよ始まろうとしていた。




