驚かせるつもりだったのに、こっちの方が心臓がドキドキしているのはどうして
無理
驚かせるつもりだったのに、こっちの方が心臓がドクドク言ってるんだが
旅行の最終日。
朝の光がホテルのカーテン越しに差し込み、三人の部屋を淡く照らしていた。
スーツケースのファスナーを閉める音が、なんだか寂しさを強調する。
「あーあ……ついに帰る時間か……」
せなは肩を落とし、名残惜しそうに呟いた。
楽しかった日々の余韻がまだ身体に残っている。
「まぁまぁ。しょうがないっしょ」
しゅいは軽く笑って言うけれど、
その目の奥には同じ寂しさが滲んでいた。
そして三人は新幹線に乗り込み、
窓の外を流れていく景色をぼんやり眺めながら帰路についた。
そして――4時間後。
夕方の柔らかい光が街を包む頃、三人は家の前に立っていた。
「ふぅ……疲れた……」
せなはその場に倒れ込みそうになり、
旅行の疲れが一気に押し寄せてくる。
「もう家直前だからここで倒れるなよ」
なぎとは呆れたように言うが、
声にはどこか優しさが混じっていた。
「分かってるって〜」
せなは苦笑しながら玄関を開ける。
「ただいま〜今帰った〜」
いつもなら、
リビングから「おかえりー!」と声が返ってくるはずだった。
しかし――
家の中は妙に静かだった。
せなはリビングに向かう。
夕方の光がカーテンの隙間から差し込み、
テーブルの上に柔らかい影を落としている。
でも、人の気配はない。
「あ、れ……?」
せなは部屋の隅々まで見渡すが、
ソファにも、ダイニングにも誰もいない。
「え……?」
胸の奥がざわつく。
いつもと違う静けさが、逆に不安を煽った。
せなはリビングを何度も回り、
キッチンまで覗き込む。
「みんなー?」
返事はない。
2階に上がり、
みんなの部屋をひとつずつ開けていく。
でも、どの部屋も空っぽだった。
(どこ行ったの……?)
そして、3階へ向かう階段を上がったその時――
「わっ!」
「な、何!?!?」
突然背後から声がして、
せなは驚きすぎて足を滑らせ、前に倒れ込んだ。
しかし――
背中に温かい腕が回り、
ふわっと身体が支えられる。
「っ……だ、大丈夫……?」
耳元で聞こえた声は、
聞き慣れた、でも少し震えた声だった。
「だ、誰……?」
恐る恐る振り返ると――
そこには、あおばがいた。
「……あおば……?」
「あ、えっと……驚かそうとしたんだけど……なんかごめん」
あおばは少し残念そうに眉を下げたが、
すぐにいつもの調子に戻る。
「でもさ、驚いたっしょ?」
「は? 当たり前じゃん」
「いや、ちゃんと驚いたって認めろって……え? 驚いた?」
「うん。だから、驚いたって。後ろから誰かの声したらみんな驚くよ。当たり前じゃん」
せなは呆れたように言う。
「え〜、せなつまんない……」
あおばはそう言いながら、
せなの顔を覗き込む。
そして――
自分が今、せなを抱きしめている状態だと気づいた。
「っ……!? ど、どゆこと!?」
あおばは慌てて手を離そうとする。
でも、せなはその手をぎゅっと握った。
「離しちゃうの?」
「あ、当たり前……だろ……!」
あおばは手を離そうとするが、
手が震えていて、うまく離れない。
「は、はなせって……!」
顔は真っ赤。
耳まで赤い。
「え〜? やだ」
「は……は!? な、なんでだよ……!」
「だって、あおばが先にやってきたんだから離すか離さないかは私が決める」
「いや、どういう理屈だよ……!」
「……ダメ……?」
せなが上目遣いで見つめると、
あおばの肩がびくっと震えた。
でも、必死に強がる。
「そ、そんな可愛い顔したって無理!」
「え〜?」
「いいから離せって!」
「分かったよ〜」
せなは手を離す。
あおばは胸を押さえながら、
息を整えるように深呼吸した。
「本当……お前ずるい……」
「えー? ずるいよりずる賢いって言って欲しいんだけど〜」
「別にどっちでもいいだろ……!」
あおばはそう言い捨てて、
顔を真っ赤にしたまま自分の部屋へ戻っていった。
その背中を見送りながら、
せなは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(あおば……可愛かったな……
一生眺めていられる……
てか……やばい……
あおば……かっこいいっていうか……
可愛いっていうか……
なんか……反則……)
そして――
(あおば一人じゃ私を照れさせられないって言っちゃったけど……
あんなことされたら……
普通に照れちゃうよ……)
せなは顔を真っ赤にしながら、
そっと自分の部屋へ戻っていった。
無理




