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第一幕 1ー2

◇◇◇


 今回の任務の指揮を任されている騎士が、町長に到着と、町に近づく魔物を退けたことを報告し、一団は警備兵の詰所へと向かった。

 イェルゴー貴族領。王都から遠く離れた東に位置する貴族領であり、山岳や岩場を有し、農地としては適さない土地が多い貴族領である。その代わり、この土地の山岳地帯で採れる希少性の高い果実はこの王国では知らない者はいないだろう。だが、昨今の事情と言えば、冷害や獣害に加え、魔物による被害により領地の財政事情は逼迫している。それが今回の任務地であるこの町を管轄する貴族領だった。

 この町はイェルゴー貴族領の中の町のひとつであるが、領主の住まいがある都市ではなく、貴族の持つ私兵はほとんどこの町に常駐はしていない。この町に常駐する警備兵は、現地民が大部分を占めており、訓練を受けた貴族の私兵は、せいぜい警備兵の隊長と以下数名ほどだという。現地民の兵士の中には、冒険者上がりの腕利きも数名いるという話であったが、軍人として正式な訓練を受けた兵士とは話が違う。彼らも、普通の魔物相手ならば、そう簡単に遅れはとらないだろう。……それが、ただの烏合の衆のような魔物であれば。

 まるで人間の軍隊のように統率がとれていて、それでいて人外の魔法の力を有する知性があるかのような獣たち。要は――個々の能力が異様に高く、軍隊としても強い。兵士単位で見ても、軍単位で見ても相当な水準にあるのだ。

 兵士として強いだけならば、まだいい。それだけならば、魔王や一部の魔族が相手でない限り、戦い方次第で冒険者あがりのような者でも十分に勝機があるだろう。彼らの戦技は実戦で磨かれたものなのだから、相手によっては五分以上に渡り合えるだろう。

ただ軍隊として強いだけであるなら――個々の能力がそれほど高くなかったのであれば、一対一での戦いに持ち込めば、これも勝機があるだろう。

だが、魔王軍とされる魔物たちは、それが一つの生物であるかのような連携を見せるのだ。そう、まるで何者かに操られてでもいるかのような。

 意志ある相手であれば、心の機微がある。ゆえに、その連携を崩すことも不可能ではないが、個の意志を感じぬ相手たちでは、連携を崩すことは容易ではない。

 軍隊がまるで一つの生物のように、頭から発せられる命令が末端まで違わず行き届く一団であるのであれば、これほど強いものはない。だが、それは同時に弱点にもなりえる。個々に自らの考えがないのであれば、頭を潰してしまえばその統率はあっという間に失われる。

 そして、この魔物たちの一団の頭はほぼ間違いなく魔族が務めているのだろう。“頭”の魔族の力がどれほどかは未知数だが、この頭を潰すのはやはり、現地民で構成された警備兵には荷が重いといったところか。弱点が見いだせないわけではないが、そこに至るには一歩も二歩も及ばない。

 当然、貴族領には領主たる貴族の私兵が存在するが、その練度や人員は各貴族領の事情によって異なる。貴族領に存在するすべての村や町に兵を置く余裕などない貴族領は多い。ゆえに、今回王都の直轄領以外の魔王軍討滅に、ノエルたち騎士が駆り出されることとなったのだ。魔族が相手であるなら、なおさらだ。

 警備兵の詰所として使用されている建物は、お世辞にも綺麗とは言い難いものだった。なんというか、雑多な印象なのだ。普段、警備兵が使用しているのだろう武器や防具が、あまり手入れもされないまま、整頓されずに無造作に置かれている。多分、それほどまでに余裕がないのだろう。

 ノエルが詰所の一室を、視線だけでぐるりと見まわしている間に、今回の任務の隊長を務める騎士が、周辺の地図を机に広げている。

「前置きはなしで行こう。――それで、この町を狙う魔族について、わかっていることを教えてくれ」

 隊長が、警備兵の隊長であろう男を見据えて、簡潔に述べる。警備隊長は、頭痛を堪えるような、あるいは苦虫でも嚙み潰したような面持ちで、小さく嘆息したあと、口を開いた。

「“魔族”についてはわかっていることは少ない。なにせ、“魔族”は俺たちの前には姿を現さないんだ。よっぽど慎重な性格なのか……。奴らは陽の高いうちに“斥候”として中型の魔物を送り込んでくるんだ。ついでに、食えそうなやつらを食って、ある程度食ったら引き上げていく。だが、町のやつらを一度に喰うようなことはしない……まるで、奴らに都合のいい食糧庫みたいな、」

 そこまで述べて、警備隊長は唇を嚙みしめて床に目を落とした。その顔に浮かぶ色は悔恨……あるいは悲哀だろうか。

「頭が出てくるのは、陽が落ち切った頃だ。夜中でも当たり前に襲撃してきやがる。闇夜にうまく紛れてくるもんだから、夜番として立たせている警備兵が、朝には忽然といなくなっているなんてのも珍しくない。見つかるのは血の跡だけだ」

 壮年の警備隊長は、眉間に皺を深く刻んで、沈痛な面持ちで告げる。胸の前で固く組まれた腕に、力が入っているようだった。

「となると、潜伏場所の目星もついていない、か……」

 隊長の騎士が、ふむ、と顎を撫でて広げた地図に目を落とす。この辺りは潜伏場所の候補が多い。周辺は森に囲まれ、あまり平坦な土地ではない。町から少し離れれば岩場のような地形もあり、慣れていない者であれば寂れた街道から少し逸れてしまうと途端に方向を失ってしまう。隊長の騎士が考え込んで、押し黙ったところで、後ろでやり取りを聞いていたリュファスが――普段の様子から比べると、遠慮がちに――片手をあげて、口を開いた。

「あの、別に打って出る必要もないんじゃ?」

 警備兵の隊長と、騎士の隊長が振り返って、さらにやり取りを聞いていた残りの騎士たちもリュファスを見る。急にリュファスに注目が集まったものだから、リュファスが委縮したように肩を竦める。口元に締まりのない笑みを浮かべて「なんか、そんな変なこと言ってますかね」と呟いた。

 騎士隊長が「それで」と続きを促すと、リュファスは頷いて続ける。

「向こうから来てくれるってんなら、迎え撃てばいいじゃないですか。どうせ、潜伏場所の目星もないわけだし……、この人数で闇雲に探し回っても、すぐに見つかるわけでもないし。探索範囲を広げるなら、この六人を分けなきゃなんないっスよね? 仮に、見つけられたとしても、その場で戦闘になったら、不利なのはこっちですよ」

 たしかに、ノエルも同意見である。それに、この町の警備兵には毎回、魔族と魔物の襲撃で被害が出ている。少しずつ戦力を削られているのだ。騎士たちが全員出払った間に、別動隊の襲撃があったなら、また誰かが犠牲になることは容易に想像できる。

「だが、迎え撃つなんて……また、町の者が犠牲になったら、」

「俺たちがいればそんなことはさせないっスよ。ねえ?」

 リュファスが自信ありげに笑いながら、警備隊長の言葉を遮って、さらに部屋の後ろの方で黙って聞いていた騎士たちに同意を求める。

 騎士の一人が「ああ、まあ。そうだな」と適当に相槌を打って返す。たしかに、先ほど魔物たちの襲撃にも騎士たちだけで対処ができたことを思えば、大見得をきっているわけでもないだろう。

「……長引けば、私たちも消耗するばかりで勝機を失うだろう。迎え撃つのならば、長期戦はなしだ。――やれるか?」

 騎士隊長は眉間に皺を寄せたまま、ノエルを含めた騎士たちの顔をぐるりと見まわす。覚悟を問われている。それに対し、騎士たちは一も二もなく頷き返してみせた。

 その様子に警備隊長はぐしゃりと自身の前髪をかき混ぜて、細く息を吐いて見せた。やや沈黙があってから顔を上げて見せた。その顔には深く疲労が刻まれているものの、目には力が戻っているようだった。

「あんたたちにばかり命を張らせるわけにはいかない。俺たちにできることは?」

「もちろん、初めからあなた方の力も当てにしている。私たちだけではどうにも人数が足りない」

 今更、ノエルたち騎士の覚悟を問う意味がないことは、わかりきっている。多分これは、この意気消沈していた警備隊長を奮い立たせるための振る舞いなのだろう。彼の本心がどうであれ、作戦に参加する気になったのなら、その振る舞いは成功だったと言えるだろう。

 人を奮い立たせる行動というものは、こういうやり方もあるものなのか、などと他人事のように考えながら、ノエルは騎士隊長と警備隊長のやり取りを眺めているのだった。


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