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第一幕 1ー1

  1


 ノエル・バランドは王都から遠く離れた森の中にいた。

 ひゅん、と剣が空気を切る音が響き、細身の刀身に付着した血液が地面に散る。目の前には魔物の死体。時間が経てば、剣に付着した魔物の血液も、彼らの死体と同じように塵となって消えるだろう。

 今や、子供と言える年齢ではなくなったノエルは、一度目の人生と同じように騎士となっていた。騎士の仕事と言えば、魔王が台頭する以前は外諸国との戦争の前線を張ることだったというが、魔王軍という共通の敵が現れた今、その仕事は魔族や魔物を相手取ることにすり替わっていた。魔王の本拠地である魔王城が、フランシス王国の領土の奥深くにある以上、他国も国を挙げておいそれと首を突っ込める情勢にはないらしい。他国との協同が難しい以上、必然、フランシス王国の防衛力は魔王軍への対応へと投入されるわけだ。

 幸いにして、フランシス王国の背後を取ろうという動きはない。戦力の全てを魔族への対処に注ぎ込めることは救いでもある。フランシス王国が陥落すれば、次にその牙を向けられるのは自国であることを、周辺諸国も理解しているのだろう。だが、共闘するには至っていない。周辺諸国にも魔族の散発的な攻撃はあるようだが、やはり軍勢の多くはフランシス王国に集中している。魔族の目が自国に向けられていない現状では、自国の戦力を悪戯に消耗したくない、というのが本音なのだろう。周辺各国の情勢は、一度目の人生と同じであった。

 そんな政治的な情勢はあれど、今のノエルは隣国との関係を左右できるような立場ではない。いや、一度目の人生で騎士団長に据えられたときでさえも、そんな力はなかっただろう。たしかに軍事の頂点ともいえる立場ではあるが、その地位に据えられた意図を思えば、そのような影響力はなかっただろう。そして、今はその地位すらもなく、騎士団の一団員に過ぎない。今、ノエルにできるのは鍛えた剣技と魔法を以て、魔族を一体でも多く屠ることだけだ。――今は、まだ。

 腰に提げた鞘に剣を収めたところで、背後から足音がやってくる。

「おーい、そっちは終わったか?」

 振り向いて、木々の隙間から姿を現した幼馴染――リュファスの姿を確認して、軽く頷いてみせた。

「ああ。こっちは問題ない」

 騎士団の同じ部隊に配属されているリュファスとは、成長した今ではこうして任務を共にすることも多い。

「ったく、魔族のヤツらも懲りねえな。倒しても倒しても湧いてきやがる」

 リュファスはうんざりしたように頭を振って、肩を竦めてみせた。リュファスやノエルが騎士団に入隊してから、屠った魔族の数は、もう両手の指をすべて使って数えても超えるほどだ。入隊してすぐのうちは、ノエルに張り合っていたのか、リュファスはその日の任務で倒した魔物や魔族の数を、律儀に報告してきていたが、途中で数えるのをやめたようだった。

 今回は、王都から離れた町の近辺で、統率された魔物の襲撃が確認されたため、これを殲滅すべしとの任務だ。ちょうどノエルたちの部隊が町に到着した頃、魔物の一群が近づいているとの報告があり、そのまま打って出たところであった。

「こいつらはたぶん、斥候部隊だ。私たちが派兵されてきたものだから、様子を伺いにきたのだろう。そちらは取りこぼしていないだろうな」

「取りこぼしはないと思うぜ。それにしたって、こいつら獣にしか見えねえけど、斥候なんかできるのかよ」

「……実際のところはどうだか知らないが、今までの動きを見れば、できるのだろうな。魔族(やつら)は魔法に長けているし、お誂え向きの魔法があるんだろう」

 魔王軍は、知性を持たない魔物が八割以上、残りは知性を持つ魔族が占めている。その殆どが知性を持たないはずなのに、統率を持った動きをしているのだ。

「一体一体はそれほど脅威でもないが、群れで来られると厄介だからな。まして、種類の違う魔物が群れてくるとなると……手がつけられない。けれど、魔物(こいつら)自身に知性はないから、やはり操っている存在がいるのだろう。今回も魔族との戦闘になるな」

 先ほど倒した魔物の死体にちらりと目をやりながら、ノエルが言う。魔物の死体は影が綻びていくように、ぐずぐずとその形を崩し始めていた。ノエルが相手取った魔物は、狼のような姿をしているものと、鳥のような姿をしているものの二体だった。それぞれ、それほど大きな体躯ではないし、相手取るには然程脅威ではない魔物だ。

 けれど、姿形の違う魔物が協力することなんて、本来はありえないのだ。彼らが協力して狩りをすることはないはずなのだ。それこそ、彼らを操る上位の存在がいない限りは。

 ノエルの言葉に、リュファスがはあ、と大きくため息をつく。

「キツい仕事だなあ。無事に帰れるやら……」

 魔族との戦闘は熾烈を極めるだろう。幸い、ノエルが入隊してからの1年、ノエルの隊では戦死者は出ていない。だが、それもいつまで続くかはわからない。

「今回は魔族がどこに潜伏しているか、それも突き止めなければならないからな」

 うんざりするリュファスに、ノエルが追い打ちをかける。戦闘だけではなく、周辺の探索から始めなければならない。今回派兵された騎士団はノエルやリュファスを含め、6人だ。情報の少ない中での探索を含めるとなると、やや心もとない人数に思うが、大部隊の相手でもない限り、人員を多く割けないというのも事実だろう。リュファスがうえ、と心底うんざりしたように舌を出して見せたところで、目の前の魔物の死体が完全に消え去った。追撃はないようだった。

「一旦、町に戻ろう。警備兵から少しでも情報を聞いた方がいいだろうな」


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