6歳1月(5)
6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。
『劇場版 いうこときかない黒姫の失敗 ~探検テテの町~』
6歳1月(5)
あれでもない、これでもないとお土産を迷いながら市場を歩いている私たちに、突然声がかかる。
「坊主たち。くじを引いていかないか? 1等が当たればこの伝説の宝剣、“シャムシール・エ・ゾモロドネガル”はお前たちのものだ!」
話しかけてきたのはだぶついた黒い外套を着た魔法使いの様なお爺さん。
屋台の上には雑多に並べられた細かい景品たち。そしてお爺さんの後ろに飾られているのは金色に輝く曲刀。大胆な柄飾りと、宝石のように煌めく小さな緑色の石がいくつも埋め込まれている。
「ねえ! アディルにいさん、格好良い剣があるよ! えっと、しゃむしゃむ・えろ・もろ・どーぞがるる?」
「全然違う! ソロモン王の宝剣がひとつ、シャムシール・エ・ゾモロドネガルだ。鋼鉄の悪魔を切り裂き、全ての魅了の魔法を跳ね返す伝説の剣だ。」
「すごいすごいっ! 魔法の剣なのね! お爺ちゃんは魔法使いなのにここは武器屋なの?」
「いかにも! ワシは偉大なる魔法使い。そしてここは景品くじ屋だ。ここに沢山くじが入っているだろ? 当たりが出たらあの伝説の剣や豪華な景品が貰えるんだ。1回くじを引くのは安いから、坊主たちのお小遣いでも1回くらいはくじを引けるだろう。ワシは運命に導かれし剣の持ち主を探しているんだ。どうだ! 挑戦してみないか? もしも1等を引けたら、坊主たちが主役になる英雄伝説の始まりだぞ!」
突きだされた大きな箱を覗いてみると、小さな木札が沢山入っている。木札の大きさと箱の大きさから考えて、ざっと3~400個ほどもあるだろうか。
「何回でもくじを引いていいの? 持ってきたお小遣い全部使ったら、くじを沢山引けちゃうよ?」
「何回でも良いとも! むむっ! どうやらお嬢ちゃんには見どころがあるな! 運命に導かれし英雄はお嬢ちゃんかもしれん。ならば特別だ! これを見ろ!」
魔法使いは小さな木札を1枚、こちらに突き出してきた。
その木札に記された記号は“I”ローマ文字で数字の1だ。
「これが宝剣の当たり札だ。元々この箱の中にも1枚入っているが、お嬢ちゃんには特別にさらにもう1枚、当たり札を入れてやろう。よーく見ておけよ!」
魔法使いは当たりの木札を持ったまま箱に手を突っ込み、大きくがちゃがちゃと混ぜるとその手を抜き、さらに両手で箱を振って中の木札を念入りに撹拌する。
「さあ! これで大当たりの確率は2倍だ! 好きなだけくじを引くが良い。今日はワシにとって最高の日だ。英雄生まれ、伝説が始まる瞬間を見れるんだからな! お小遣いを全部出してみろ、何回くじを引けるか計算してやろう。」
くじが400個あるとして、当たりが2個ね。
この魔法使いは私のお小遣いを甘く見ているわ。お小遣いを全部使えばくじの半分以上を買い占めることができるはず。これでほぼ確実にあの宝剣は私の物だわ! 今回の探検の記念として最高に相応しいお土産。それはリルカ英雄伝説の始まり! お父様や他の人へのお土産は外れの適当な景品を渡せばOKね。完璧! 完璧な計算だわ!
「みゃはは! 私のお小遣いを見て驚かないでよ!」
「おおぉ! なんと! これは参ったな! これではほとんど全部買われてしまうではないか。でも良い。英雄が誕生する記念すべき日だ。とんでもなくオマケして、このお金全部で350個、くじを引かせてやろう。さあ、そのお金を渡すが良い。」
400個中の350個。しかも当たり札は2枚も入っている。勝ったわ! 完全勝利よ!
魔法の剣を持つ英雄リルカの伝説はここに始まるのよ!
え……?
私が手に乗っていたお金の入った袋を魔法使いに渡そうとする前に、デデが急に横から現れて奪ってしまった。
「あぁ! デデにぃに、何するの? 私があの宝剣を手に入れるためのお金だよ!?」
デデはお金の入った袋を胸に抱きしめて、後退りながら必死にこちらを見て首を振っている。口が波打つように閉じられて、うるんだ目で上目遣いに私を見ている。可愛い。
いやいや可愛いじゃなくてお金を返してよ。
「デデ、どうしたんだ? あの宝剣を手に入れる大チャンスなのに、なんで邪魔するんだ?」
アディルも血相を変えて詰め寄るが、デデはさらに後退してしまう。
「おやおや、仲間割れかい。この坊主はお嬢ちゃんが英雄になるのに嫉妬して、邪魔しようというのだな。ならばそれも運命かもしれぬな。どうするお嬢ちゃん、いますぐ奪い返さぬならこの話は無しだ。明日にはこの町から旅立ってしまうから、もう二度とお嬢ちゃんが英雄になるチャンスは無いな。」
「ちがうもん! デデにぃには、そんなこと考えない! きっとデデは分かってくれる。すぐにお金を返してくれるわ。」
私は魔法使いをキッと睨んでからデデに向き直る。
「いまからゆっくり近づくから、こっそり理由を教えて。デデにぃに、大丈夫、信じているから。」
デデはいつもピンチを助けてくれている。今回もきっと理由があるはず。でもデデは大きな声では喋ってくれない。耳を近づけて聞かなきゃ。
デデをジッと見るけど、デデは上目遣いのままピクリとも動かない。
私は僅かな動きも見逃さないように瞬きするのも忘れてその姿を見つめながらゆっくり、一歩一歩近づいていく。
あと3歩。
あと2歩。
あと1歩。
「おっとー! 捕まえちゃったよーん! お兄ちゃーん、横取りはいけないな。このお金は妹ちゃんのものだろー?」
突如デデの後ろから現れた長身の男はデデをがっしりと後ろから抱え、その胸元に手を突っ込んで大切に抱えていたお金の入った袋を強引にもぎ取った。
「妹さんが注意を引いていてくれたから、簡単に取り返せたよー。さすがだねー。」
気の抜けたような声を出すその男は、面長な頭にターバンにちょび髭。へらへら笑った顔で暴れるデデを片手で抑え、お金の入った袋を私に突き出してくる。私は咄嗟に袋を取り返してちょっと安心してから、改めてその男の顔を見る。
「あなたに取り返してなんて頼んでないわ! 私はデデの話を聞こうとしただけ! 私がデデを騙そうとしたような言い方しないでよ!」
「分ーかってる、分かってるってー。」
「全然分かってない! 私とデデを仲違いさせようとして、何が目的なの!? まずデデを放しなさいよ!」
私が男に突っかかろうとすると、デデは緩んだ男の腕をするりと抜けて、私たちに背を向けて逃げ出してしまった。
「デデにぃに! どこいくの? アディルにいさん、追いかけて!」
「ダメだ! 俺はリルカの護衛だ! 行くなら一緒に!」
「まあ、待ちなよー。あのお兄ちゃんも後ろめたいことがあるんだろうさー。頭を冷やす時間が必要なんだって、すぐに戻ってくるよー。それより宝剣だよー! やあ、魔法使い。面白そうな事やってるじゃーん。仲間に入れてよー。」
「き、貴様はラムズィ! なんだ? ワシの商売を邪魔する気か!?」
「おおー。僕の名前を知っているなんて光栄だねー。邪魔なんてしないよー。楽しそうだから僕にも買わせてよー。そうだなー。この妹ちゃんが買って引いた後、箱に残ったくじを全部買うよー。だからさー、その宝剣も屋台の上の景品も丸ごと全部こっちによこしてよー。いいよねー? 箱の中には間違いなく当たりが入っているんだからさー。いちいち木札を引くのは面倒くさいんだよねー。景品はこっちで妹さんと2人で分けるからさー。」
「だ、ダメだダメだ!木札はその箱で全てではないぞ!まだこんなにある!」
魔法使いは焦ったように屋台の下から大きな袋を出してきて、袋の口を開く。
袋の中には箱の10倍もありそうな数の木札で溢れかえっていた。
「箱の中の木札を追加しないとはワシは言っておらん! 10枚木札を引く毎に新しい木札を追加だ! この袋の中身を全部買うほどの金はあるまい!」
なんですって? あんなに木札があったら私が350枚程度買ったところで焼け石に水じゃない。
私は騙されていたの?
いや、それでもずっと400枚中の2枚なんだから、350回引けばそれなりの確率で当たりを引けるはずだわ!
お小遣い全部と引き換えにそれなりの確率で英雄伝説のはじまり。悪くない勝負なはず。
「僕はその袋も全部買ってもいいんだよー? でもちゃんと当たりの木札が入っていればねー? 本当に当たり札がこの中に入っているのかなー?」
「何を言う! ワシが先ほど1枚追加で入れたから2枚も入っておるわ!」
「本当かなー?」
ラムズィと呼ばれた男は徐に左手で魔法使いの右手首を掴んで持ち上げる。
「な、何をする! 離せ! ワシに乱暴する気か!?」
「あれー。なんだろうこれー。」
ラムズィはとぼけた声を上げながら、素早く右手で魔法使いのだぶだぶした袖の下に手を突っ込むと、小さな木札を1枚、つまみ出した。
「あー! これは“I”って書いてあるぞ! 当たり札だー。箱に入れたはずの当たり札がどうしてここにあるのかなー。」
「そ、それはたまたま引っかかって袖に入ってしまっただけだろう!」
「さすが魔法使いだねー。いや、手品師って呼んだ方が良いのかなー? もう1枚の当たり札は果たして本当に入っているのかなー?」
ラムズィの顔が魔法使いの顔に近づき、その語尾の音程がグッと下がる。とぼけた声が威圧に変わる。
腰の引けた魔法使いは手首を掴まれたまま震えている。
手品師ですって? 当たりの木札を入れてかき混ぜた振りをして、実は袖の中に隠していた。だとしたら、もう1枚が本当に入っているなんて言葉はもう信じられない。
事実、追い詰められた魔法使いは反論の言葉に迷っている。
何を言っても証明にはならないということだわ。
ここに至って、やっとハッキリ分かった。私は騙されていたんだ!
お小遣いを全部渡して、350枚のくじを引いても一切当たる確率はなかったんだ。
デデはどこかでこの手品に気が付いて、私を止めようとしてくれたのね。
ごめんなさい! デデ!
「いや、信じるよー! この中に間違いなく当たり札が入っているに決まってるよねー。商人は信用第一、人を騙す商売なんてできるわけないさー。」
ええ!? この期に及んで信じちゃうの? ラムズィが何言っているのか分からないわ!
「そ、そうだとも! ワシは正直者だ! この中に間違いなく当たり札が入っている! 人を騙したことなど一度も無い!」
自信を取り戻したかのように、口を滑らせる魔法使いが癇に障る。
「だよねー。じゃあ全部買うよー。箱の中身も、その袋の中身も、まだまだどこかに隠し持っているだろう木札も全部ねー。だって、あの宝剣は魔法の剣だものねー。それだけの価値があるに決まっているよー。でもさー。冗談じゃ済まない金額になるんだー。あの剣が本物かどうか確かめさせてもらうよー。」
「やめろ! 何をする! ワシの宝剣を返せ!」
ずかずかと屋台の中に入り込んだラムズィは魔法使いの抵抗も片手で抑え、宝剣を手に取った。
「鋼鉄の悪魔を切り裂けるんだってねー。試し切りで僕のナイフをぶった切ってみるよー。」
「ひっ! ひいぃ!」
ラムズィが腰から鉈のように刃の厚いナイフを抜いて魔法使いに向けると、魔法使いは腰を抜かして尻餅をついてしまう。
「金ピカなのに、すっごい軽いねー。さすが魔法の剣だー。これならきっと僕の剣なんてモロコシのように切れてしまうさー。せーのー!」
「やめろ! ワシの――」
ラムズィは右手で宝剣を振りかぶると、躊躇う素振りも見せず左手で持つナイフの刃へと鋭く打ち合わせた。
「ワシの商売道具をー!」
宝剣は軽い音を立てて刃の中程で2つに別れた。
「あれー? これは木製の剣だったのかー。これじゃ鋼鉄は切れないなー。壊しちゃってごめんねー。」
ラムズィは宝剣だった物を地面にへたり込んでいる魔法使いの前へ転がすと、へらへらとした笑い顔から悪戯っ子のような妖しい笑顔に変わり、ドスの効いた声で更に追い込みをかける。
「でもこれはきっと防犯用の偽物なんだよねー? 本物の宝剣はどこだーい?」
魔法使いは口から鼻から、むしろ全身から絶望色した空気を垂れ流す。
そして、それを見ていた私もまた口から流れ出す空気は絶望の色をしているのだろう。
あぁ。なんという事だろう。
私はそもそもの始まりから騙されていた。
何もかも、1から10まで全て騙されていた。
宝剣は無かった。英雄は現れない。伝説なんて始まらないのよ。
それなのに浮かれて、欲に塗れて、デデを傷つけたわ。
早くデデを探して謝らないと!
6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。
2018年1/1の0時から、2時間毎に1話更新予定です。




